第26話 祝福されなかった理由
奇跡は、起きなかった。
それ以上でも、
それ以下でもない。
だが――
それを受け入れられない者が、
必ず出てくる。
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「……信仰が、足りなかったのです」
巡察使は、
震える声で言った。
「皆が、
心から祈らなかった」
その瞬間、
空気が完全に冷えた。
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「俺たちのせいか?」
年配の男が、
低い声で言う。
「三日断食した」
「夜も祈った」
「畑も休んだ」
村人たちは、
黙ってはいなかった。
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「それでも、
神は応えなかった」
巡察使は、
必死に言葉を探す。
「つまり――」
誰かが言った。
「最初から、
祝福なんてなかったってことだろ」
その一言で、
すべてが崩れた。
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「違います!」
巡察使は、
声を荒げる。
「祝福は、
確かにありました!」
「では、
どこに?」
問いに、
答えは出ない。
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視線が、
自然と俺に集まる。
だが――
以前のような期待ではない。
確認の目だ。
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「……レオン」
村長が、
静かに言う。
「お前は、
どう思う」
俺は、
一拍置いて答えた。
「祝福は、
なかったと思います」
巡察使が、
息を呑む。
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「この村は」
俺は、
村人たちを見る。
「準備していた。
話し合っていた。
無理をしなかった」
「だから、
壊れなかった」
「それだけです」
誰も、
反論しなかった。
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「……そんな」
巡察使の声が、
かすれる。
「では、
我々は……」
「間違えた」
ミレイアが、
はっきり言った。
「人の暮らしを、
“奇跡の証明”に
使った」
巡察使は、
顔を青くする。
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「教団は」
村長が、
低い声で言う。
「この村を、
混乱させた」
「儀式で、
体調を崩した者もいる」
「これ以上、
留まられる理由はない」
宣告だった。
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その日の午後。
教団本部から、
急使が到着した。
若い助祭ではない。
明らかに、
“回収役”だ。
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「……巡察使殿」
本部の男は、
冷たい声で言った。
「今回の件、
すでに報告は受けている」
「ですが――」
「結論は出ている」
書簡が、
突きつけられる。
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《巡察失敗》
《教団の信用を損ねた》
《独断による越権行為》
《即時、職務解除》
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「……そんな」
巡察使は、
膝をついた。
「私は、
教団のために……」
「教団のため?」
本部の男は、
鼻で笑った。
「奇跡が起きなかった時点で、
お前の価値はない」
容赦のない言葉。
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村人たちは、
静かに見ていた。
誰も、
助けなかった。
助ける理由が、
なかったからだ。
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夕方。
巡察使は、
一人で村を出ていった。
祝福も、
信者も、
象徴も、
何一つ得られずに。
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「……分かりやすいざまぁね」
ミレイアが、
小さく言った。
「はい」
「今回は、
ちゃんと“人”だった」
「必要でした」
抽象的な敵だけでは、
読者も、
村も、
納得しない。
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視界の端に、
文字が浮かぶ。
《宗教勢力:撤退》
《辺境評価:変化なし》
《局所安定:継続》
(……よし)
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夜。
村は、
いつもの静けさを
取り戻していた。
断食は終わり、
祈りもない。
ただ、
普通の食事と、
普通の会話。
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「ねえ、レオン」
ミレイアが言う。
「今回、
何した?」
「何も」
「本当に?」
「奇跡が起きない場所で、
奇跡を待たなかっただけです」
彼女は、
少し笑った。
「……最悪ね」
「よく言われます」
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焚き火の火が、
静かに揺れる。
祝福されなかった理由。
それは、
神がいなかったからでも、
信仰が足りなかったからでもない。
最初から、
必要なかったからだ。
そしてそれを、
一番理解していなかったのが――
奇跡を売ろうとした者たちだった。
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