第24話 救われるべき場所
それは、
商会の使者が去ってから
三日後のことだった。
---
「……今度は、
見た目からして
面倒そうね」
ミレイアが、
村の入口を見て言った。
白を基調とした装束。
過剰ではないが、
意図的に“清潔”を強調している。
宗教関係者だ。
---
「失礼します」
先頭の男が、
穏やかな声で言った。
「我々は、
《光導教団》の巡察使です」
村の空気が、
わずかに揺れる。
この国で、
最も信者数の多い宗教。
王国とも、
深く結びついている。
---
「巡察、ですか」
村長が応じる。
「ええ」
男は、
胸に手を当てて微笑む。
「最近、
この周辺で
不思議な話を多く耳にしまして」
「不思議?」
「ええ」
男は、
あたりを見渡す。
「事故が少ない。
争いが起きない。
飢えも、疫病もない」
それを、
“祝福”と呼ばずに
何と呼ぶのか。
---
「……つまり?」
ミレイアが、
少し刺のある声で言う。
「この村は、
光に守られている」
男は、
断言した。
「選ばれた土地、
なのです」
その瞬間、
村の中に
ざわめきが走る。
---
祝福。
選ばれた。
それは、
希望であり、
同時に
呪いだ。
---
「我々は」
巡察使は続ける。
「この祝福を、
正式に確認し、
正しく導きたい」
「導く?」
「ええ」
穏やかな声。
「祝福は、
管理されなければ
なりません」
――来た。
---
視界の端が、
ゆっくりと歪む。
《接触者:宗教勢力》
《主張:祝福・選民》
《危険度:高》
(……商会より、厄介だ)
---
「具体的には?」
村長が聞く。
「簡単です」
巡察使は、
当たり前のように言う。
「この村を、
聖地候補として登録する」
「巡礼路を整備し、
教団の管理下に置く」
「そして――」
一拍置く。
「“祝福の象徴”を
立てる」
---
「象徴?」
誰かが、
小さく呟く。
「はい」
男の視線が、
村人たちをなぞり――
そして、
俺のところで止まる。
「奇跡は、
人を通して現れます」
静かな断言。
「この村には、
そういう方が
いらっしゃる」
ミレイアが、
低く唸った。
「……ああ、
最悪だ」
---
「誤解です」
俺は、
はっきり言った。
全員の視線が、
一斉に集まる。
「ここでは、
奇跡は起きていません」
「事故が起きないのは、
準備しているからです」
「争いが起きないのは、
話し合っているからです」
巡察使は、
微笑みを崩さない。
「それこそが、
祝福なのです」
論理が、
完全に噛み合っていない。
---
「祝福は、
人々を救います」
男は、
やさしく言う。
「だが、
救われるには
形が必要だ」
「信じる対象。
従う指針。
代表者」
視線が、
再び俺に向く。
「あなたは、
その役に
ふさわしい」
---
村の空気が、
重くなる。
誰かが、
期待と不安の混じった
目で俺を見る。
――それが、
一番危険だった。
---
俺は、
ゆっくり息を吐いた。
「……質問があります」
「どうぞ」
「もし、
この村で
事故が起きたら?」
「それは、
信仰が足りないからです」
「病人が出たら?」
「試練でしょう」
「死者が出たら?」
男は、
即答した。
「神の御意志です」
その瞬間、
村の誰かが
はっきりと顔を歪めた。
---
「それは」
俺は、
静かに言った。
「責任を、
神に投げているだけです」
巡察使の笑みが、
わずかに固まる。
---
「我々は」
男は、
声を整える。
「多くの人を
救ってきました」
「はい」
「この村も、
救われるべきです」
「……違います」
俺は、
首を振った。
「ここは、
“救われていない”だけで、
“困っていない”」
沈黙。
---
「今日は、
結論を求めません」
巡察使は、
そう言って
一歩下がった。
「数日、
滞在させていただく」
「祝福を、
確かめるために」
それは、
宣言だった。
---
彼らが去った後、
ミレイアが
低い声で言う。
「来たわね、
本命」
「はい」
「どうする?」
俺は、
村を見る。
いつも通りの人々。
いつも通りの準備。
そして――
いつも通りの、
壊れない日常。
「……何もしません」
「だと思った」
彼女は、
苦笑した。
---
視界の端に、
新しい表示が浮かぶ。
《予測》
《宗教的検証:開始》
《結論:失敗予定》
(……失敗する)
だが、
それは
こちらが仕掛ける
ざまぁではない。
祝福を欲しがった側が、
自分で壊れるだけだ。
ここは、
救われる場所ではない。
救われる必要が、
最初から
なかったのだから。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




