第23話 選ばせる側の論理
その旅人は、
村の入口で立ち止まった。
急がず、
焦らず、
だが周囲をよく観察している。
――慣れている。
「失礼」
穏やかな声だった。
「ここが、“問題の起きない村”で
間違いないかな?」
その言葉だけで、
空気が一段、静まった。
---
「問題、ですか?」
村長が、あくまで自然に聞き返す。
「ええ」
旅人は、にこやかに笑う。
「普通、辺境では
何かしら起きるものですから」
“普通”。
その言葉に、
俺は小さく息を吐いた。
(来たな)
---
「私は、商会の者です」
男は名刺代わりの証文を差し出す。
「正式には、
中央流通連盟・調整部」
村の中で、
ざわめきが起きる。
大商会だ。
王国とも、
教会とも、
強く繋がっている。
「視察、という名目です」
男は続ける。
「最近、
この周辺だけ
物流事故が異様に少ない」
「それで?」
村長は、
警戒を解かない。
「原因を知りたい」
男の視線が、
ゆっくりと村をなぞる。
「そして――」
一瞬だけ、
俺の方を見る。
「可能であれば、
“再現”したい」
---
ミレイアが、
小さく舌打ちした。
「出たわね」
「はい」
「“仕組み”を、
持っていこうとするやつ」
視界の端が、
わずかに揺れる。
《接触者:商会》
《要求:構造抽出》
《危険度:中》
(中、か)
油断できない。
---
「再現、とは?」
村長が聞く。
「簡単です」
男は、
まるで善意のように言った。
「この村を、
“モデルケース”にしたい」
「人を、
増やすのか?」
「いえ」
即答だった。
「管理者を置く」
その言葉で、
全員が理解する。
管理。
評価。
責任。
「もちろん、
報酬は支払います」
男は続ける。
「税の免除。
流通の優先権。
王都との直通契約」
条件は、
破格だった。
---
村の中に、
揺らぎが生まれる。
「……悪くない」
「守られるなら」
「楽になるかも」
それは、
自然な反応だ。
壊れない仕組みほど、
外から見ると
“非効率”に見える。
だから、
管理したくなる。
---
「一つ、
質問があります」
俺は、
静かに口を開いた。
全員の視線が、
こちらに向く。
「どうぞ」
男は、
丁寧に応じる。
「管理者は、
何を基準に
判断しますか」
「成果です」
即答だった。
「事故件数。
流通量。
利益率」
聞き覚えがある。
(……同じだ)
---
「もし」
俺は、
続ける。
「数値が悪化した場合は?」
「改善を求めます」
「改善できなければ?」
男は、
少しだけ間を置いた。
「……配置転換、
または解任です」
空気が、
冷えた。
---
「つまり」
俺は、
結論を口にする。
「今、
この村が壊れない理由は
消えます」
男は、
微笑んだままだ。
「そうは思いません」
「なぜですか」
「有能な人間が
いるからです」
視線が、
再び俺に向く。
「あなたのような」
ミレイアが、
低く呟いた。
「……最悪」
---
「有能な人間が
責任を負えば、
仕組みは安定する」
男は、
自信満々に言う。
「それが、
我々の論理です」
俺は、
はっきりと言った。
「それは、
壊れる論理です」
男の笑みが、
初めて揺れた。
---
「この村は、
誰も
“選ばれない”ことで
成り立っています」
俺は、
一人一人を見る。
「誰かを
特別にした瞬間、
他が黙ります」
「責任が集中し、
判断が遅れ、
最悪を想定しなくなる」
それは、
俺が
一度壊した世界だ。
---
「……答えは?」
商会の男が聞く。
村長が、
ゆっくり立ち上がった。
「我々は、
選ばれない」
短く、
はっきりと。
「特別にも、
ならない」
男は、
深く息を吐いた。
「……理解しました」
だが、
その目は言っている。
次は、
別の論理を
持ってくる。
---
男が去った後、
ミレイアが言った。
「ねえ、レオン」
「はい」
「これ、
続くわよ」
「分かっています」
「次は?」
「宗教か、
他国です」
視界の端に、
淡い文字が浮かぶ。
《次接触予測:高》
《論理種別:価値・信仰》
(……一番、厄介だ)
壊れない場所は、
必ず
“意味づけ”
されに来る。
それを拒み続けることが、
どれほど難しいか。
俺は、
もう知っていた。
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