第21話 何も起きない場所で
辺境の朝は、相変わらず静かだった。
鳥の声。
遠くで木を切る音。
畑を耕す鍬の規則的なリズム。
誰も叫ばず、
誰も走らない。
――問題が、起きていない。
「……ねえ、レオン」
ミレイアが、干し草を束ねながら言った。
「はい」
「ここに来て、一週間」
「そうですね」
「事件、ゼロ」
彼女は、わざと強調した。
「魔物被害、ゼロ。
争い、ゼロ。
トラブル、ほぼゼロ」
「良いことでは?」
「物語的には、最悪よ」
ため息。
「普通、
辺境ってもっと荒れるでしょ」
俺は、少し考えた。
「荒れる前に、
手を打っているからです」
「誰が?」
「全員が」
それが、この場所の特徴だった。
---
この集落は、
人口三百に満たない小さな村だ。
だが――
決まり事が、異様に多い。
・夜明け前に外に出ない
・異変があれば即共有
・判断は三人以上で行う
・無理をしない
英雄はいない。
責任者も、いない。
その代わり、
一人に背負わせない仕組みがある。
「……この村さ」
ミレイアが、低い声で言う。
「王国より、
よっぽど“組織”してるわよね」
「はい」
それが、
壊れない理由だ。
---
昼過ぎ。
村の集会所で、
簡単な相談が開かれた。
「北の林で、
獣の数が増えてる」
「まだ、危険域じゃない」
「でも、
来月には越えるかもな」
誰かが、俺を見る。
「……どう思う?」
一瞬、視線が集まる。
(……評価が、寄り始めてる)
視界の端が、
わずかに歪む。
《注意》
《役割集中:兆候》
俺は、すぐに口を開いた。
「僕の意見は、
参考程度にしてください」
「それでいい」
村長が頷く。
「決めるのは、
ここにいる全員だ」
この村は、
“聞く”が、
“任せる”にならない。
それが、
一番大事な線だった。
---
「林の手前に、
罠を二段階で張る」
「子どもは、
しばらく近づけない」
「異変があれば、
夜でも鐘を鳴らす」
判断は、
十分で、
過剰ではない。
俺は、
それ以上、何も言わなかった。
《破綻予測:低》
《介入不要》
(……完璧だ)
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夜。
焚き火のそばで、
ミレイアが言った。
「ねえ」
「はい」
「ここなら、
あんたも壊れないんじゃない?」
俺は、少し考える。
「壊れにくい、
とは思います」
「言い切らないのね」
「環境が良くても、
油断すると壊れますから」
彼女は、苦笑した。
「ほんと、
信用しない男」
「経験則です」
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星空は、
王都よりずっと多かった。
光が少なく、
闇が自然だ。
視界の端に、
淡い表示が浮かぶ。
《局所安定:継続》
《外部干渉:低》
(……今は、これでいい)
世界は、
まだ壊れていく。
王国も、
仕組みも。
だが――
ここでは、
壊れない日常が続いている。
何も起きない。
それは、
物語としては退屈で、
生きるには最適だ。
俺は、
この場所で、
しばらく何もしない。
――それが、
今の世界にとって、
一番危険な選択だとしても。
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