第20話 受けなかった、その意味
辺境の朝は、王都よりずっと遅い。
日が昇り、霧が晴れ、
人々がようやく動き出す。
英雄の号令も、
鐘の音もない。
だが、
誰も困っていなかった。
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「……来たわね」
ミレイアが、丘の上から街道を見下ろす。
遠く、砂埃。
馬の数は三。
王国の使者だ。
「追いかけてくるの、好きね」
「仕事なのでしょう」
俺は、特に慌てなかった。
ここに来ることは、
分かっていた。
“受けなかった”選択には、
必ず、確認が入る。
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「レオン・グレイ殿」
先頭の男は、
以前とは違う表情をしていた。
余裕がない。
「今回は、
正式な要請です」
「前回は?」
「……あれは、誘いでした」
違いは、はっきりしている。
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「王都で、
補給線が破綻しました」
使者は、単刀直入だった。
「地方への支援が遅れ、
各地で小規模な混乱が起きています」
「勇者がいないから?」
「それもありますが……」
言葉を濁す。
「“代わり”を、
見つけられなかった」
ミレイアが、鼻で笑った。
「当然でしょ」
「王国は、
あなたの協力が必要です」
使者の視線が、
俺に向く。
「今度は、
権限も責任も、
あなたに委ねます」
条件が、変わった。
だが――
遅い。
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視界の端に、
淡い表示が浮かぶ。
《最終選択:再提示》
《成功者側への完全復帰》
《敗者補正:消失確定》
(……全部、持っていかれる)
見えるようになったもの。
気づけるようになった歪み。
それらは、
“内側”に戻れば、消える。
「……答えは、同じです」
俺は、静かに言った。
「協力しません」
使者の顔が、強張る。
「理由を、
聞かせてもらえますか」
「理由は、
もう提示しました」
少しだけ、言葉を足す。
「王国は、
“壊れない仕組み”を
作ろうとしていません」
「……」
「英雄がいればいい。
誰かが何とかすればいい。
そう考えている限り――」
俺は、使者を見る。
「次も、
同じことが起きます」
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「では……」
使者は、苦い顔で言った。
「あなたは、
王国の敵になり得る」
「敵ではありません」
首を振る。
「ただ、
内側に戻らないだけです」
その違いは、
王国には理解できない。
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使者たちは、
それ以上何も言えず、
引き返していった。
丘の上に、
静寂が戻る。
「……完全に、切ったわね」
ミレイアが言う。
「はい」
「後悔は?」
「ありません」
即答だった。
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その日の夜。
辺境の町では、
小さな宴が開かれていた。
橋の修理が終わった。
作物が無事だった。
それだけの理由だ。
だが、
誰もが笑っている。
「ねえ、レオン」
酒を手に、
ミレイアが言う。
「王都は、
今ごろ大変でしょうね」
「そうでしょう」
「それでいいの?」
俺は、焚き火を見る。
「……いいえ」
正直な答え。
「でも、
それは僕が引き起こした
問題ではありません」
火が、静かに揺れる。
「自分で切った仕組みが、
自分たちに返ってきただけです」
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遠く。
王都では、
会議が紛糾していた。
「なぜ、戻らない!」
「なぜ、従わない!」
「誰か、代わりを!」
だが、
代わりはいない。
なぜなら――
“見えない仕事”は、
育ててこなかったからだ。
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辺境の夜は、
今日も静かだった。
英雄はいない。
勇者もいない。
だが、
壊れない日常は続く。
俺は、空を見上げる。
(……これでいい)
世界を救う必要はない。
ただ、
壊れない場所に、
立ち続けるだけでいい。
それが、
“受けなかった”という
選択の意味だ。
そして世界は、
ようやく理解し始める。
――
何もしない者ほど、
仕組みを壊す存在になり得るのだと。
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