第2話 役に立ってないらしい
街の門をくぐった瞬間、ざわめきが耳に入った。
「勇者様が帰ってきたぞ!」
「今回は灰角熊を倒したんだって!」
「やっぱりすごいなぁ……」
歓声の中心にいるのは、当然アルディオだ。
剣を肩に担ぎ、余裕の笑みで手を振っている。
その一歩後ろを、戦士ガルドと聖女セシリア、魔術師リリアが続く。
そして、さらに半歩後ろに俺――レオン。
……まあ、いつもの並びだ。
(ギルドに着いたら、まず素材の査定。角と牙は別枠で売った方がいい。毛皮は解体場直行だな)
頭の中では、すでに次の仕事が始まっている。
冒険者ギルドは、今日も騒がしかった。
酒の匂い、汗の匂い、金の匂いが混ざり合って、独特の熱気を作っている。
「アルディオ! 無事だったか!」
ギルド職員が駆け寄り、真っ先に勇者へ声をかけた。
「もちろんだ。任務完了だよ」
「さすがです! では報告を――」
いつも通りの流れ。
そして、いつも通り俺は少し離れた場所で荷を下ろす。
「レオン」
呼ばれて振り返ると、セシリアがいた。
「さっきは回復薬、ありがとう。助かったわ」
「いえ。必要だったので」
「……それだけ?」
首をかしげる彼女に、俺は一瞬だけ考えてから言った。
「無理をしないでください。次の遠征に響きます」
「ふふ、心配性ね」
そう言って、彼女はアルディオの方へ戻っていった。
(心配性、か)
まあ、そう見えるならそれでいい。
査定台の前。
「灰角熊か……状態、いいな」
職員が感心した声を出す。
「解体が丁寧だ。誰がやった?」
アルディオが即答した。
「俺だ」
……うん、まあ、いい。
否定する気はない。
結果が出ているなら、過程は誰のものでもいい。
「報酬はいつも通り、パーティ口座に入れとくぞ」
「助かる」
アルディオが頷く。
俺はその横で、報酬額を暗算しながら、修理費と補充費を引いていく。
(……少し足りないな。次は依頼を選ばないと)
報告が終わり、ひと息ついたところで、ガルドが豪快に笑った。
「いやー、今回も楽勝だったな!」
「ええ。正直、灰角熊程度ならもう脅威じゃないわね」
リリアが腕を組む。
「私たち、確実に強くなってる」
その言葉に、アルディオが満足そうに頷いた。
「だろ? このパーティなら、どんな依頼でもいける」
俺はその会話を、少し離れた場所で聞いていた。
(……楽勝、か)
実際、死にかけた場面は三回あった。
ただ、それが表に出なかっただけだ。
「なあ、レオン」
突然、ガルドがこちらを向いた。
「お前、今回何してた?」
一瞬、周囲の視線が集まる。
「何って……いつも通りです」
「ほら、具体的にだよ。戦ってたか?」
「戦闘支援と、後方管理を」
「つまり、前には出てないんだな?」
ガルドは悪気なく、確認するように言う。
「まあな。派手なことはしてない」
「だよなぁ」
ガルドは納得したように頷いた。
「正直さ、最近お前、存在感薄くね?」
――来た。
空気が、ほんの少しだけ変わる。
アルディオも、リリアも、セシリアも、
否定しない。ただ、黙っている。
「いや、悪い意味じゃないぞ?」
ガルドは慌てて付け足す。
「たださ、俺たち、強くなったじゃん?
だから、前ほどサポート要らなくなったっていうか……」
リリアが頷く。
「確かに。最近は私の魔法も安定してるし」
「回復も、余裕がありますし……」
セシリアの声は控えめだが、流れは同じだ。
アルディオが腕を組み、俺を見る。
「レオン。お前、自分でも思わないか?」
「……何をですか?」
「お前、正直いなくても回ってるんじゃないかって」
はっきり言われた。
だが、予想していなかったわけじゃない。
俺は少し考えてから、正直に答えた。
「そう見えるなら、そうなんでしょう」
「え?」
「僕の仕事は、問題が起きないようにすることですから。
問題が起きていないなら、目立たないのは当然です」
一瞬、沈黙。
リリアが小さく笑った。
「……つまり、成果が分かりにくいってこと?」
「そうですね」
「それってさ」
ガルドが首をかしげる。
「評価しづらくね?」
その言葉に、全員が「なるほど」という顔をした。
俺は、内心で静かに息を吐く。
(ああ、そういう話か)
評価しづらい。
つまり、評価しない。
アルディオが場を締めるように言った。
「まあ、今日は疲れてるし、この話はまた今度だ。
とりあえず、解散しよう」
それぞれが頷き、立ち上がる。
俺は荷物をまとめながら、妙に冷えた感覚を覚えていた。
(……次は、ちゃんと話をする流れだな)
街は平和で、パーティは順調で、依頼は成功続き。
それなのに、足元だけが、少しずつ崩れ始めている。
ギルドを出ると、夕方の風が頬を撫でた。
アルディオたちは笑いながら酒場へ向かう。
俺は反対方向、装備屋へ足を向けた。
(修理の依頼、今日中に出さないと)
やることは、まだある。
ただ、それを必要としている人間が、
どんどん減っているだけだ。
背中に、言葉にならない視線を感じながら、
俺はいつも通り、地味な仕事へ向かった。
――この時点で、
もう歯車は、静かに外れ始めていた。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




