第19話 歪みは、静かに広がる
辺境の町は、静かだった。
人は少なく、情報は遅い。
噂が届く頃には、だいたい「もう手遅れ」になっている。
それが、今の俺たちには都合がよかった。
「……この町、変じゃない?」
ミレイアが、干し肉を噛みながら言った。
「何がですか」
「問題が起きてない」
「それは、良いことでは?」
「そういう話じゃなくて」
彼女は周囲を見回す。
「人手不足。物資不足。
普通なら、どこかが破綻してるはずなのに」
俺は、視界の端を見る。
淡い、半透明の表示。
《局所安定:発生》
《要因:過剰修正》
(……やっぱりか)
「理由は、分かります」
「聞かせて」
「誰も、“成功前提”で動いていません」
ミレイアは、目を瞬いた。
「どういうこと?」
「この町の人たちは、
失敗を前提に段取りを組んでいます」
井戸が枯れたら。
獣が出たら。
道が崩れたら。
最初から、“最悪”を想定している。
「だから、壊れない」
ミレイアは、しばらく黙ってから言った。
「……それ、王都と真逆ね」
「はい」
王都は、
うまくいく前提で作られている。
英雄がいて、
勇者がいて、
誰かが何とかしてくれる前提。
だから――
誰かが欠けた瞬間、
一気に壊れる。
---
その日の夕方。
町の外れで、小さな騒ぎがあった。
「橋が、壊れそうだ!」
「今夜の雨で、持たない!」
人が集まる。
怒鳴り声はない。
誰も、責任を押し付けない。
「じゃあ、通行止めだな」
「荷は、明日回そう」
「予備の丸太、出すぞ」
判断が、早い。
俺は、何も言わなかった。
ただ、
“ここが危険になる未来”が
見えなかっただけだ。
《破綻予測:低》
《介入不要》
(……助言すら、要らない)
世界は、
人の数ではなく、
考え方で安定する。
それを、
この町は自然にやっている。
---
一方。
王都では、
逆の現象が起きていた。
勇者という象徴が消え、
次に期待されたのは――
“代替の成功者”だった。
「補給が回らない?」
「責任者は?」
「……まだ、決まっていません」
会議は、空回りする。
誰も、“最悪”を口にしない。
口にした瞬間、
責任を負わされるからだ。
「大丈夫だろ」
「前も、何とかなった」
「誰かが、調整するはずだ」
――その“誰か”は、
もう、いない。
---
夜。
宿の屋根裏部屋で、
ミレイアが言った。
「ねえ、レオン」
「はい」
「世界さ」
「はい」
「壊れ始めてない?」
俺は、少し考えた。
「正確には、
“壊れやすい部分が、
隠れなくなった”だけです」
「……最悪ね」
「はい」
視界の端に、
新しい表示が浮かぶ。
《観測範囲:拡大》
《認識負荷:上昇》
(……見えすぎる)
敗者補正は、
優しい力じゃない。
壊れる可能性を、
否応なく見せ続ける。
「ねえ」
ミレイアが、少し真剣な声で言う。
「この先、
あんたが“見なきゃいけないもの”、
増えるでしょ」
「……はい」
「逃げない?」
「逃げますよ」
即答だった。
「ただし」
一拍置く。
「壊れそうな場所からは、
目を逸らしません」
ミレイアは、苦笑した。
「……面倒な男」
「よく言われます」
「今日、二回目よ」
少しだけ、空気が和らぐ。
---
窓の外。
辺境の夜は、
驚くほど静かだった。
英雄もいない。
勇者もいない。
だが――
壊れない日常は、
ここにあった。
世界を救う必要はない。
ただ、
壊れる前に気づく人間が、
一人いるだけでいい。
それが、
どれほど厄介か。
世界は、
まだ気づいていない。
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