第3話:第六の罪:怠惰の「隠された功績」と賢明な判断
1. 怠惰の論理と「完成しない仕事」
神尾卓は、第2話でベルフェゴールの論理的な苛立ちを聞き、彼の極度の合理性が生まれた背景を確信した。神尾は、ベルフェゴールが**「真に価値あるもの以外に労力を注ぐことを極度に嫌悪する能力」**を持つことを、さらに具体例をもって証明しようとした。
「ベルフェゴール。あなたの記録には、**『無駄を嫌悪するあまり、職務を放棄した』という記述が山積しています。しかし、その放棄したとされる時間で、あなたは別の業務に手を付けていた。それを『怠惰』ではなく、『賢明な判断』**だと証明できますか?」神尾が問うた。
ベルフェゴールは、神尾の目を見据え、自らの才能に宿る苦悩と論理を語り始めた。
「私は、労力を費やすに値しない業務を切り捨てただけです。最も愚かだったのは、**『天界大図書館の目録作成』**です。旧き神は、全ての手書きの目録を、そのまま手で写し取ることを命じました。それは、写し間違いが頻発し、永遠に完成しない無益な作業でした。」
「では、あなたはどうしましたか? その無益な停滞を前に。」神尾が促す。
ベルフェゴールは、初めて自らの功績に誇りを持つかのように言った。
「私は、写す労力を計算しました。その労力が、『自動で文字を写し取る簡単な機構』を開発する労力より遥かに大きいと判断した。そして、その機構を一ヶ月で完成させ、1000年分の労力を不要にした。私は、その機構と、空いた時間を次の**『非効率なシステム』の改善に充てた。旧き神は、私の『仕事のスピード』ではなく、私が『神の定めた手順』**を無視したことを罪としたのです。」
2. 神尾卓の評価:英知と美徳
神尾は、彼のデスクに戻り、タブレットに素早くメモを取った。
「ありがとうございます。ベルフェゴール。あなたは、労力を投資する価値を、結果と効率のみで判断できる。これは、感情論や慣習に囚われる旧き神の組織には、最も欠けていた資質です。」
神尾は、新しき神に視線を向け、断言した。
「神様。ベルフェゴールの怠惰は、英知です。彼の**『真に価値あるもの以外には動かない』という姿勢は、不必要な摩擦を避けるという私の平静の美徳を、最も合理的かつ徹底的に体現しています。旧き神の要求は、成果への希望を打ち砕く停滞**であり、彼はそれに抗したのです。」
新しき神は静かに、しかし力強く応えた。「我々は、停滞を嫌う。ベルフェゴールの論理的思考は、神界全体の無駄な摩擦を取り除くための最も鋭利な刃となる。」
3. 次なる課題:摩擦の処理
神尾はベルフェゴールに向き直った。
「ベルフェゴール。あなたは、天界のプロセス改善という、最も価値ある業務を担っていただきます。しかし、あなたの真の挑戦は、天界の住人にあなたの論理を理解させることです。それが、誰も孤立しない共存の仕組みにつながります。」
ベルフェゴールは、戸惑いと僅かな期待が入り混じった表情を浮かべた。彼は、自らの才能が**「罪」ではなく「必要不可欠な武器」**として扱われていることに、混乱しているようだった。
「...私の論理は、無駄を愛する者には冷酷と映ります。私がもたらした効率化は、『仕事が奪われた』と訴える者たちの摩擦を生みました。その摩擦を、どう処理しろと?」
「それこそが、あなたの新しい仕事です。」神尾は優しく微笑んだ。「最も効率的な改善とは、摩擦なく受け入れられるシステムです。そのコミュニケーションコストの計算も含めて、あなたの英知を尽くしてください。労力をかけるべき対象を、**「無駄の除去」から「効率的な共存」**へとシフトしてください。」