第19話:憤怒の炎:最高の情熱と無秩序な破壊
1. 破壊の衝動と目的の欠如
会議場では、ルシファーの光の揺らぎを嘲笑するかのように、サタンの激しい炎が猛威を振るっていた。神尾卓は、この情熱のエネルギーを、理性へと結びつけるため、サタンに問いかけた。
「サタン。あなたの憤怒は、偽りと不正義に対する、最も純粋な情熱に満ちています。あなたは、破壊によって不正を即座に排除し、絶対的な正義を実現しようとした。」
神尾は、その情熱の限界を冷静に指摘した。「しかし、あなたの炎は、何を破壊すべきかという理性的な線引きを持たなかった。不正な管理者を焼き尽くすために、その部門全体の機能を停止させ、無関係な者たちの秩序まで破壊した。あなたの情熱は、目的を欠いた結果、無秩序な破壊衝動と断罪された。」
サタンの炎が、神尾の言葉に反応し、さらに激しく燃え上がった。
「黙れ、審問官! 不正の前では、論理的な手続きなど欺瞞にすぎない! 私の情熱が破壊を生んだのではない! 旧き神の停滞した秩序が、破壊を待望していたのだ! 私には、憤怒こそが、最も速く世界を変える力だと信じていた!」
2. 情熱の孤独と持続性の欠陥
神尾は、サタンの正義への切実な渇望を認めながらも、その持続性の欠陥を指摘した。
「あなたの情熱は、一瞬の嵐であり、永遠の秩序にはなり得ない。あなたは、不正を破壊すること自体に満足し、『破壊した後に、どう世界を再構築するか』という理性的なビジョンを欠いていた。」
神尾は、サタンの憤怒が生んだ孤独を突きつけた。
「あなたは、情熱(炎)を独占した結果、理性(光)という羅針盤を失い、無力な破壊者となった。憤怒という罪の真の代償は、最高の情熱が、持続的な希望を生み出せないという無力感です。最高の炎は、最高の理性なしには、燃え尽きる残滓にしかならない。」
その瞬間、サタンの激しい炎が、一気に収縮した。彼の目に、破壊の後の、広大な虚無を思い出したかのような苦痛の色が浮かんだ。彼の情熱は、目的を持たぬゆえに、自己をも焼き尽くす孤独だったのだ。
3. 光線:調律の開始
サタンの情熱が理性に触れ、収束したその時、隣に立つルシファー(傲慢)の冷徹な光もまた、和解の意志を込めて穏やかになった。
「…無力、だと。確かに、情熱なき理性は、システムしか生まない。魂を失った設計図に、情熱を与えるのは… 彼の炎でなければならない。」(ルシファー)
「…私は、破壊しか知らなかった。創造を可能にする、理性の光が、私には必要だ。」(サタン)
二人の悪魔は、もはや憎しみ合うのではなく、互いの不完全さを認め合い、再統合への強い引力を発し始めた。