6話-ソフィア視点-
※年月が飛びます。わかりにくいのはすみません!
季節は巡り巡って気付けばハクアが卒業と爵位継承を目前にした年。
新聞一面の記事に載った『ルイズ皇太子、初外交公務』にソフィアが反応を示す事はない。
ソフィアが睨めっこしているのはランド家の帳簿だ。
――見事な赤色ね
この1年何をどうしても赤文字で埋め尽くされた帳簿に危機感を募らせていた。
――まずい
セバスの予想は当たった。
あれだけあった資産もソフィアの家具まで売っても、お金が足りない。
既に借金まみれだ。
義父はこの3年本当に色々やってくれた。
今年の冬は、ギャンブルで聞いた危ない儲け話に乗って別荘が何件も買える借金を作った。
家に借金取りが押しかけてくるのはもうしょっちゅうの話だ。
そんな義父に義母は遂に金が無くなったと判断したようで離婚手続きをあっというまにすまし、新しい70近い平民の商人と今は隣国にいる。
今となれば立派なのは家だけ。
今日のご飯も悩む貧乏生活にソフィアは慣れざるを追えなくなった。
「おっソフィア出かけんの?」
「アシタ!何度言ったら分かるの⁈ソフィア様でしょ!」
良かったこともある。
徐々にゆっくりと,この家に居着くようになったアシタとコマのやりとりはもはや日常だ。
「コマさんおはよう。少し出掛けるわ」
「俺は無視か?」
出掛けるというソフィアになんか奢れよと言いながら当たり前についてくるアシタ。
用心棒みたいな役割をするアシタは元々面倒見が良い性格らしい。
そんなアシタにトマは全くもう、と言いながらも嬉しそうだ。
「大変でしたねぇ」
散々いつかなかったアシタは帰ってくると怪我をしていたり病気の子を連れて帰って来たり色々あって、少しずつ居着くようになった。
今も自由で、2.3日帰らないなんてザラだが最後はちゃんと帰って来てくれる。
野良猫みたいだとソフィアは考えている。
「何食べに行く?」
馬車など既にない。
アシタを警備に、二人で気楽に街を歩く。
目的の本屋に入り、アシタが持っていてくれた本を店主に差し出した。
「相変わらず綺麗な字ですな」
「当然だわ」
さすが先生だと言われてソフィアは気分が良くなる。
――皇城仕込みだもの
勉強は得意なソフィアは幼い頃の教育で7ヶ国語ほど出来る。
それは皇女として当たり前だと思っていたソフィアだが、どうやら当たり前ではなかったらしい。
最初はセバスに頼まれた簡単な翻訳で、いつの間にか、仕事として頼まれるようになった。
ソフィアの直筆本は高位貴族の取り合いらしく、店主の金払いもすこぶる良い。
「確かに」
アシタの金を数える速さは養父仕込みだ。
次の仕事である本を受け取り、二人でお気に入りの店に食事しに行く。
チキンを手で食べる事にも慣れたソフィアに気付くものはいない。
「建国祭って来週なの?」
店の飾りを見て,アシタに聞けば呆れた顔をされる。
「しっかりしろよ」
皇女だろと小さい声で言ったアシタを軽くはたきながら外に出る。
――もうそんな時期なのね
祭も今のソフィアには興味がない。
あるのは、この1年をどう乗り切るかだ。
「また新しい借金取り来てたらしいぞ」
「懲りない方ね」
義父はソフィア皇女の名を語って大金を得ては泣きつくの繰り返しだ。
追い詰められたセバスが皆がいる前でアシタに人って殺せますかね…と聞いた程である。
そんな義父は、先月裏カジノで待ち構えた借金取り達に見せしめにされたらしい。
おかげで、今は大人しく病院におりソフィアも見舞いに行った。
「アシタ、貴方何をしたの?」
「だから俺はなんもしてねえって」
義父はアシタをみて失禁した。
「睨むなって」
笑うアシタは悪い顔をしている。
――相変わらずね
昔から手癖と目つきが悪かったアシタが、家に帰ってくる時は大抵怪我をしていた。
そのおかげか、アシタと下町を歩いてもソフィアが絡まれる事はない。
花屋の前で立ち止まったソフィアに、アシタが買ってやろうか?と揶揄うが無視だ。
――今年は
建国祭では好きな男女に花や宝石を贈って告白するのが名物だ。
恋人同士や家族間は互いに花や宝石を贈り合う風習があり、ソフィアも去年はトマさんと互いに育てた花を交換した。
ハクアには毎年、自分の持ち物から宝石を送っていてハクアからも返ってはくる。
「アシタ」
「なんだよ」
「男性が好む花は薔薇が多いの?」
聞いてみたが,花が好きな男なんていねえよと不機嫌なアシタに引っ張られて店から離れる。
「帰るぞ」
ハクアの話になると不機嫌になるのはアシタだけではない。
不機嫌だと自分が示す方法が、セバスに似てきたとソフィアはため息をつきながらも心が温かくなるのを感じる。
この三年間、ハクアからの返信は相変わらず、というか少なくなった。
代わりに、トマさんやセバス、悪ガキだったアシタとは距離がかなり縮まった。
雇われでないアシタはソフィアの初めての同年代で唯一の友人だ。
トマさん達は住み込みで働いてるので帰る家も同じだから,友人よりも家族に近い。
「ほらよ」
進んだ先は近くの靴屋。
アシタは、注文していた上等めな靴をソフィアに渡す。
「もう少し外出ろ」
プレゼントに慣れてないのかぶっきらぼうに言うアシタに嬉しくなって頷く。
――可愛いわ
周りから見れば随分と落ちつぶれたように見えるだろう。
実際,落ちつぶれた。
着飾ることもなく古ぼけたローブを着て歩くソフィアは貴族にすら見えない。
それでも、ハグで迎えてくれるトマさんがいる家は、遠くに聳え立つ城なんかよりずっと気持ちの良いものだった。