5話-ソフィア視点-
*アシタ視点から入ります
(飛ばすと読みづらいです)
雨が降る6月アシタはいつもの溜まり場にいた。
「アシタ帰らなくていいのかよ?」
「いいの、いいの」
みんなへの手土産にソフィアから渡された菓子は来る途中に会った小さいガキ達にやった。
今ある手土産はソフィアの持ち物を盗って買ったワインやチーズ。
手土産のおかげか歓迎されたアシタは騒がしい溜まり場で遊びながらも気分はあまり乗らない。
――変なヤツ
アシタは貧しいのが嫌いだったがそれ以上に貴族が嫌いだった。
厳しい冬の中,流行病が流行ったのも最初の段階で貴族はこぞって医者を屋敷に囲い込んだからだ。
仲間が倒れていく中で下位貴族の男がアシタに教えたのは皇女の婚約先の家。
仮に捕まったとしても今までの様にボスが上手いことやってくれると考えていたのは間違いだった。
だが、皇女様は面白がって、犯罪者を示す焼ゴテを身体に付けられる代わりに使用人の養子になるという証書にサインをさせられた。
『ありがたく思うように』
浴びせられた冷たい視線の男が養父だと言うが、最初からタダ働きさせる気が満載だった。治って直ぐやらされたのは薪割りだから間違いない。
アシタは薪と一緒にソフィアの部屋から盗ったものを持っていつものアジトに行き裏ルートでまた売って遊ぶ生活をしたが,直ぐ金がなくなりソフィアの部屋に木を伝って窓から忍び込んだ。
『一番上の引き出しはやめて』
寝ていると思ったソフィアは起きていて、それだけ言って布団をかぶり直した。
アシタは心臓が止まるかと思ったが皇女様の言う通り2番目の引き出しから盗って――何度か繰り返して昼間に堂々と盗っても何も言われなかった。
話しかければ自慢話をしてくる皇女様は苛立つけれど良いカモではあった為、話を上手く誘導して高い物を聞き出す。
『あなた本物を見ないから高そうな物ばかり盗って見る目がないのね、可哀想』
目の端を上げて笑う皇女に内心イラつきながらも皇女というのは変な生き物なんだなと思う。
暮らし自体はかなり質素で、宝石より本とトマさんとのお茶の時間を大事にしている。
『確かに働くなら給与は必要かもしれないわね。相談してみるわ』
よく分からないが皇女様は思っていたより話が分かるみたいで思っている事をつい言ってしまっても怒る事は殆どない。
――この前はやらかしたけど
婚約者から花の種をもらったことを自慢してきた皇女につい魔がさして「そんなロマンチックなことを考えたのは誰かの入れ知恵だ,女だな」と話してしまった。
怒るかと思っていたら無言で紅茶を飲んでいたが飲む手が震えていて初めて,少し反省した。
『これは話していた方々へのお土産。1週間ほど帰らなくて良いわ』
そう告げられ今ここに居るアシタだが理由はなんとなく察している。
自分がいてはまずいのだ。
――今頃婚約者様が帰って来てんのかな
モヤモヤする気持ちをワインで飲み込んだ。
『女だな、やり手の女』
ソフィアはアシタの言葉を聞かなかったフリをしたし、傷つく必要などないと自分に言い聞かせた。
それよりも大事なのは今日だ。
ハクアが久々に何日か滞在する予定との手紙が来てからはそれはもう大変だった。
万全の体制でハクアを迎える為に、残り少ない宝石をセバスに渡し臨時の使用人を沢山雇って屋敷をピカピカにして新しいドレスも買った。
義両親の居場所を突き止め、お金を渡しながら絶対に帰ってくるようにと話して迎えた日。
「お帰りなさいハクア」
「戻りました。出迎えありがとうございます」
約2年ぶりに会う許婚。
背が伸びて、さらにかっこよくなってる気がする。
色素の薄い切れ長の目は嬉しくはなさそうだがソフィアはこの日を待ち望んでいた。
すっかり屋敷の生活にもなれたソフィアは、得意げに、あまり話さないハクアに対して話し続ける。
昼からマシンガントークをしていたソフィアは夕方になりようやく落ち着いた。
というよりは、服を新しく揃えさせた義両親が帰ってきて、なんだかんだ嬉しそうに話し始めたハクアの邪魔をしたくなかったからだ。
楽しそうな会話に何故か胸が痛くなって話すのをやめた。
「外に食べに行きましょう」
甘えた声を出すお義母様にハクアは頷き,後ろを振り返ってソフィアを見る。
――行きたくない
貴族が行く食事の店は大体決まっている。
義母が予約しているという店は、ソフィアも知っている高級店。
この時期なら第二皇女の誕生会の話で持ちきりだ。
「私は行かないわ」
聞かれる前に行かないと告げるソフィアに、ハクアは今日初めて顔を緩めた。
隠しきれない安堵の表情。
ソフィアは何も言うことがなくなり、顔を逸らす。
――また間違えた
勝手に、少しは好かれていると思ってた。
ハクアが帰ってきたのは、家族に会いたかったからで自分ではなかったことを痛感する。
トマや周囲を巻き込んでセバスにも散々無理を言って色々準備をしていたソフィアは、目の前が真っ暗になっていく感覚を味わった。
「皇女様、無理なさらないでください」
張り切って作ってもらった4人分の晩餐をトマさんが止めるのも無視して、料理を吐くまで食べた。
泣いて顔はぐちゃぐちゃで、部屋で吐いていたソフィアはノックの音にトマさんかと開けた。
「大丈夫ですか⁈」
ハクアの驚いた顔を虚ろな目で見上げたソフィアは、何もかもが嫌になった。
「誰の部屋に入っているの⁈」
突き飛ばし、怒鳴ってハクアを部屋から追い出す。
「どうしたのハクア、皇女様と喧嘩したの?」
「おいハクアやめてくれよ。皇女様のおかげでお前は学校にも入れたんだからな」
扉が薄いせいで話す声が聞こえてしまう。
「分かっています」
ハクアの冷たい声にもう枯れてしまったと思っていた涙がまた溢れた。
――分かっていたわ
この人達が、自分を受け入れたわけじゃない。
ただお金が欲しくて引き取った。
金がなくった時しか会いにこない義両親に、寮から全く帰ってこない許婚。
分かっていたくせに,知らないふりをしていたのは自分だ。
――馬鹿みたい
目についたハクアが送ってくれた鉢植えが目に入って、窓から放り投げる。
ガシャン!と物凄い音に、なんだと下に降りていく足音がしてソフィアは窓とカーテンを閉めてそのまま寝た。
次の日、ソフィアの機嫌を損ねてしまったことを理由にハクアが友人の家に滞在する事になったと使用人から聞いた。
「…そう」
ソフィアはハクアが寮に戻る際に、挨拶に来たが見送りはしなかった。
怒ってることを伝えたいというよりは、恥ずかしくて会えなかった。
――なんて事を
あの日、自分の感情のまま、当たり散らし人も物も傷つける様子はまるで自分の母親だった。
『本当に可愛くないのよ、あの子』
嫌な思い出が蘇って来てソフィアは苦しい呼吸の中でこれまでのハクアの手紙を何度も読む。
――謝ろう
お金目当てだとしても、本当は嫌われているとしても、ソフィア自身はハクアが好きだ。
自分に初めて手紙をくれて贈り物をしてくれる、たまに優しい笑顔を見せる許婚。
少しずつ、二人で長い年月をかけて関係を気づいていけたらいい。
――トマとセバスにも謝らないと
久々に部屋を出て、まだ少し暖かい紅茶に目頭が熱くなる。
散々無理を言って、当たり散らした使用人達はハクアが帰る前に消えていた。
残ったのはいつものトマとセバスだ。
ソフィアは今まで使用人には一度も謝った事はない。
だからいざ目の前にすると何も言えなくなるのだが、それでも謝りの手紙を2人に渡した。
「良いんですよ」
膝を折り曲げ、ソフィアと同じ目線にたったトマは泣き腫らした顔の皇女様を見て思わず手が動いた。
「皇女様」
ゆっくり抱きしめられたソフィアは、抵抗せず小さく悪かったわと謝れた。
「お茶を淹れますね」
どうやって皇女様を励まそうかと一晩考えていたセバスは、妻に感謝しながら紅茶を淹れる。
「御一緒しても宜しいでしょうか」
紅茶を淹れたセバスは、目線をあちこちに移し何か言いたそうな皇女に声をかけてみる。
「…えぇ」
ソフィアの目が一瞬大きく開いて、下を向きながら小さく頷く顔は赤い。
「まぁなんて名誉なことでしょう!私ずっと皇女様とお茶を飲んでみたかったんです!」
「…そう」
トマの言葉に媚びなど感じない。
ソフィアの穴が空いた心は、トマの優しさにポカポカと温かくなる。
「美味しいわ」
声は少し震えていたけれど,セバスもトマも何も言わなかった。
ソフィアは少しずつ成長している。