間話-ソフィアの白昼夢-
ソフィアはよくできた子どもだった。
「素晴らしい、実に素晴らしい。この歳で此処まで難しい話が理解出来るとは」
外国からの使者に、ありがとうございますと丁寧に頭を下げる。
――なんとかなったわ
使者の訪問は、試験と称してルイズとソフィアに投げられた。
北の訛りが強く、古い言葉を使う使者は横に居るルイズを無視してソフィアと話し込む。
噂通りの気難しい方の訪問は今日が最終日。
名残惜しそうに,また会いたいと言って使者は帰って行った。
「2人ともお疲れ様」
見送りの際には来た父に深く頭を下げる。
「おや、お姫様はお眠かな?」
眠かったソフィアは優しい声に顔を上げれば、父がとろけるような笑顔を見せながら腕に妹を抱っこして去って行った。
――そうよね
ズキンと痛んだのは胸ではなく、母から三日前ぐらいに物を投げつけられ青アザになった肩。
投げつけられた理由は呼んだらすぐに来なかったとかなんとかだ。
――冬で良かった
吐く息は白くてもう冬かと顔を上げる。
次の授業の時間まで少し時間があったソフィアが向かった先は与えられている自習部屋。
人払いできる部屋で、ソフィアは隠してあった色鉛筆と画用紙を取り出した。
『絵をプレゼントするのはどうですか?ソフィア皇女様はとてもお上手ですから喜んで貰えますよ』
もうすぐ父の誕生日パーティーがある。
今までは誰かに渡されたものをそのまま渡していたが、去年の誕生日に妹が陛下にプレゼントした何かを描いたであろうと思える絵。
自分なら、と思ったソフィアは絵をプレゼントすることにした。
――それなりね
授業の合間をぬって完成させた絵は、そこそこの出来だ。
これ以上絵に時間は割けないと、ソフィアは勉強に戻った。手から滲む血に手袋をしてひたすら勉学に打ち込む。
勉強は時間を忘れるから好きだった。
「お母様は?」
あっという間にやってきたパーティー。
母は、新しいお気に入りの男性を侍らせて闇夜に消える。
――身勝手ね
いつもの事だが最近隠そうともしなくなってきた母の行動が目立っている。
「新しい飲み物お持ちいたしましょうか?」
「えぇ」
話すのが苦手なソフィアは二階へ避難した。
――来たわ
暫くすれば、陛下達がやってきた。
遅れてやってきた陛下はおめかしされた可愛い妹に夢中だ。
「カナリア良い子にしているんだよ。すぐに終わらせてくるからね」
「ん……」
立ち上がりお辞儀をしたソフィアは無視して、ソフィアが座っていた椅子にカナリアは降ろされた。
妹は眠いのか、横に座ったルイズの膝を枕にしてウトウトして始める。
「まぁ可愛らしい」
第二妃の可愛らしい容姿と陛下の髪と目を引き継いだ兄妹は誰の目から見ても美しい。
ソファのスペースはまだ空いているが、居心地悪く座れはしない。
場所を無くしたソフィアは仕方なく下に戻って時間が過ぎるのを待つ。
――何が楽しいのかしら
一階の、自分の特等席となっている豪華な椅子に座りソフィアは考える。
誰も話しかけて来ないくせに視線を感じる。
また時間が経ちルイズが降りてくれば人の視線も会話も弟に集まるので楽だが、疲れるのに変わりはない。
――綺麗だわ
降りてきて囲まれるルイズは父の幼い頃にそっくりらしい。
グラスに映る自分の茶色い髪も茶色の目が歪んで見えた。
男遊びが激しい母の子どもだから、ソフィア皇女様はもしかして別の子ではないか?という噂が囁かれているのは知っている。
「ソフィア皇女様」
話しかけてきたのは語学の先生だった。
「陛下の所に挨拶に行かないといけません。紹介して貰えますか?」
「はい」
優しい先生は隣の隣の国の人だ。
位など関係ない先生は、降りて来た陛下にソフィアを褒める事がすごく嬉しい。
「皇女様はとっても凄い子ですね。陛下が羨ましくて仕方ないです」
「そうですね、自慢の娘です」
父に自慢の娘と言われれば無意識で顔が赤くなり下を向いてしまう。
先生はソフィアが描いていると知っていた絵を渡す様に促して、恥ずかしかったがソフィアはなんとか渡せた。
「上手だね」
笑う父は外向き用の顔だが構わない。
陛下の意向で早めに切り上げられたパーティーの締めに母は来なかった。
自室で盛り上がっているとすれば帰っても良い顔をされない。
ソフィアはみんなが帰った2階で綺麗に掃除する人達を見ながらお茶を楽しんでいた。
「皇女様、明日はお祖父様が来られますから早めにお休み下さい」
明日は引退した祖父母が来るらしい。
「関係ないわ」
祖父母2人は優秀な息子に瓜二つのルイズをとても可愛がっている。
だからソフィアには関係ない。
「これ忘れ物ですかね?絵?」
「知らないな。保管部に届けようか」
ふと、後ろからの声に振りむくと慌てて頭を下げられる。
ソフィアの目が忘れ物に向いてるのを見ると皇女様のですか?と確認され頷いた。
「えぇ私のよ」
かなり描き直して結局恥を偲んで先生にも手伝ってもらった絵。だがこうして見るとやっぱり荒が目立って見える。
――下手くそな絵だわ
忘れてくれてよかった。
楽しかった思い出が萎んでいくのを感じながらソフィアは部屋に戻る気になれず、暗い中庭を散歩する。
妖精の言い伝えを思い出して、噴水の中に絵は捨てた。
次の日、誰かが噴水を汚したと噂を聞いたがソフィアは無視をして扉を開ける。
「お久しぶりですお祖父様、お祖母様」
「えぇ久しぶりねソフィア」
「相変わらず美しい礼だ」
いつも通り褒めてもらったソフィアだが、2人の目線がルイズにあることはわかっている。
「まぁルイズ大きくなって」
「父にそっくりだな」
2人の話はどうしてもルイズに向けられる。
気まずくなるソフィアは呼びにきた部下に内心喜びつつ、それではと席を立つ。
「ソフィア、また話しましょう」
嬉しそうな祖母の顔が一瞬見えて、ソフィアは扉を閉めた。
――もう呼ばないで良いのに
平等に接さなければならないのはわかるが、自分は皇太子を推すとはっきり言ってくれた方がありがたい。
そもそも政略結婚だろうと、隣国の母と結婚させたのはお祖父様とお祖母様だ。
第二妃を卑しい血だと嫌ってはいるが、産んだ子が男の子で、容姿が可愛い息子そっくりとなれば可愛くて仕方ないのだろう。
そう自分に言い聞かせながらも、じゃあどうしてという気持ちがあるのも事実。
「申し訳ございません。陛下は政務が長引いておりまして緊急でしたら私が伺います」
「緊急では、ないわ」
分かっていたソフィアは父にと手紙を渡す。
――忙しいもの
ソフィアが父に軽んじられているのは周知の事実だ。
母の国から来た侍女達も、母がソフィアを嫌うので頼りにはならない。
――良い天気ね
この前ルイズが城下町に行ったと噂で聞いた。
城を出たことがないソフィアは、許可を得ようとしても父が会ってくれない。
手紙も贈り物も、臣下によって決まったお返しの品が送られる。
次の授業が休みになったと告げられて、ソフィアは人払いをして中庭に出た。
来たのはお気に入りの場所。
生垣に挟まれた原っぱは、最近見つけた誰にも教えていないソフィアの小さな秘密基地。
食欲がない事を心配され、陛下からですと騎士から無理矢理渡されたお菓子。
まだ暖かい焼き菓子を食べながら本を読む小さな違反行為。
小さな反抗に自分なりに満足していたソフィアは、複数人の足音が聞こえてきて慌てて身を潜める。
「あー緊張した!ルイズ様全然話されないし俺等に興味無しって感じだったよな」
「馬鹿は嫌いなんだろ」
「はぁ⁈」
会話と、こんな裏庭に来る様子からしてルイズの学友候補だろう。理解出来たソフィアは身をひそめた。
「にしてもカナリア皇女様可愛かったなぁ、陛下が大切にされる気持ちわかったわ」
「陛下が迎えに来るとは思わなかったけどな」
どうやら近くに座り込んだらしい男子達の会話に、ソフィアは弟と妹の話を聞く事にした。
「本当うちの妹と取り替えてやりたいよ!あぁルイズ様が羨ましい」
通り過ぎていく男の子達の会話にソフィアは本に目を落とす。
――羨ましい、ね
ソフィアも妹が羨ましい。
真面目を絵に描いたようなソフィアは、悪戯っ子で失敗ばかりのカナリアを理解出来ない。
「羨ましいわ」
誰にも言わないけれどソフィアも、本当はカナリアを羨ましいと思っている。
自分がカナリアの立場だったらと目を瞑って想像したソフィアは、日頃の寝不足のせいかそのまま夢の中の世界に入っていった。
――何
目を開けたソフィアは見慣れた父の補佐官に一瞬身体が固まる。
「おはようございます皇女様。熱があるとお聞きしましたが具合は悪くありませんか?」
気遣う言葉だが声は無機質で父の代わりにお見舞いに来たという雰囲気では無い。
熱が上がったのか分からないが確かに言われると寝起きの時点で自分の体が熱いのは分かる。
「陛下が来るようにと仰っています」
「…そう」
父に呼ばれてるとあっては熱など関係ない。
急いで支度し早歩きで父が待つ政務室に入る。
「失礼します」
入った瞬間ジロリと睨まれ返事はない。
――怒っているわ
昨日昼寝をしてしまったのが悪かったのか。
あんな場所でお菓子と本を読んだのがダメだったのか。
それとも盗み聞きがバレたのか。
いろんなダメだったことを考えながら目線で促された場所に立つ。
「カナリアを叩いたそうだな」
その言葉に顔を上げたソフィアの、視界がぐらりと揺れ身体が絨毯に叩きつけられる。
――血が
口から出てくる血とグラグラ揺れる頭。
待たれているのを察して,ふらつく体を無理やり起き上がらせる。
「申し訳ございません」
叩いた記憶は全くない。
だが、自分が何を言ったところで父は聞く耳を持たないことは身をもって知っている。
目の前に立った父の靴が見え顔を上げたソフィアはなんとか笑おうと口の端を上げた。
「気味が悪い」
冷たい目にソフィアは目線を下げる。
「申し訳ございません」
血の味がする口の中とぐらつく身体。
足を捻ったかもしれないと思いながら、それでもなんとか礼をする。
再び振りかざされた手にぎゅっと目を瞑ったが
父の側近が止めてくれた。
「ソフィア皇女様も高熱で意識が朦朧としていたのでしょう」
今にも倒れそうなソフィアに、記憶すらなさそうなのは明白だ。
陛下と側近の話を聞いていれば、どうやら中庭で眠った自分を見つけたカナリアに勢いよく揺すられて思わず払ったらしい。
それがたまたま頬に当たって、幼いカナリアが驚きのあまり泣いてしまったという話だった。
「余計に問題だろう」
だが、まだ陛下の怒りは収まらない。
体を固定され、側近が命じた数だけ膝に鞭を打っていく。
終わった時には父は居らず、椅子に座らされ手当を受けるソフィアはぼんやりと外を眺める。
――無くなるのかしら
自分が見つけたお気に入りの場所。
あそこは自分だけの小さな秘密基地。
無くならなくても,カナリアに見つかったならもう行くことはないだろう。
「皇女様、支えましょうか」
何時間経っていたのか。
気付けば、眠っていたソフィアが目を開けるともう夕方だった。
支えるとはなんの話かと足を見れば、右足に包帯が巻かれてある。
捻っているからと説明され、半ば強制的に騎士に抱っこされて部屋のベッドに降ろされる。
「身体を労わるようにと、陛下から伝言を預かっております」
嘘だとわかる言葉に、同情されてるのかと苛々するが怒ったところで自分が罰を受けるだけなので何もしない。
「こちらは陛下からです」
用意されたフルーツと贈り物を鼻で笑う。
どうせ側近が用意したもの。
いつの間にやら来たのか、近づいてきた母に差し上げますと笑顔を作る。
「そう?」
母がわざわざ自分の様子を見に来る訳がない。分かっているのに、良い子ねと頬にキスする母の手を取ろうとする自分が情けない。
「…お母様、その」
ようやく絞り出した掠れた声は、入ってきた騎士の元へ甘い声を出す母自身に遮られた。
「しっかり治しなさい」
優しい母の声に頷いて苦い薬を飲む。
飲み終わった頃には母はいない。
見張りを命じられているのか出て行かない側近に看病され、目線に困ったソフィアはすっかり暗くなった外を見る。
「今夜は満月です」
無感情な声が側近から発されたと知り,暫くその意味を考える。
「満月に願い事を紙に書いて枕元に挟むと叶うと言い伝えがあります」
続けた側近は、無表情なまま紙とペンを渡し、それではと部屋を後にした。
――願い事
よくわからないが,側近が渡してきたということは何が意味があるのかもしれない。
よく考えた結果、良い皇女になると書いて枕元に挟んだ。
――寝れない
昼間たくさん寝たせいか,全く眠くない。
体を起こすと窓から見える満月に、思わず窓を開けた。
「寒い」
思ったより寒かったが気持ちは良い。
「お父様に挨拶を返されますように」
綺麗な満月に小さな願いを言ってみる。
「お母様に朝のキスされますように」
欲張りかな?と思いつつ2つ目のお願いを言ったところで扉が開いた。
「皇女様?」
入ってきた側近に、ほんの少し落胆した。
――まぁ冗談よね
身体が弱ってらしくないことをしたとソフィアは窓を閉める。
部屋が寒くなったせいか,暖炉の近くに案内されたソフィアは温かい蜂蜜を解いた甘い紅茶に
お母様にも渡すようにと命じた。
側近の顔が少し顰めたので、陛下とは違う男の人と楽しんでいるのだろう。
「何かお願いはされましたか?」
眠くなり,うとうとするソフィアは側近の言葉に小さく頷いた。
「左様ですか」
少しだけ優しさが含まれた声を聞きながら眠りにつく。
その夜は,父に頭を撫でられ母からキスをもらう夢を見た。




