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10話-ハクア視点-



『貴方が好きだったのよ、ハクア』


目に涙を溜めながら笑う皇女の言葉に、自分の心臓が大きくなった。


『ハクア』


最近、聞けていなかった声。

仕事に追われて記憶がない半年程。

うっすらある家の記憶は毎回、夜中に帰っても聞こえた声。

聞こえなくなったのは、いつからだったかハクアは覚えてすらいなかった。


――こんなに軽いのか


寝てしまったソフィアを起こさないよう、そっと抱っこし、その軽さに怖くなる。

城から来た頃のソフィア皇女は、大事に育てられたのを示すかのように年相応かそれ以上の丸さがあった。


ふわふわのお姫様が着るような絹とレースがあしらわれたドレス。

宝石がついた靴。

肌も髪もツヤツヤで、その瞳に貧相な格好の自分が映るのが恥ずかしかった。


靴下すら最高級のシルクとレースで作られた一点物を纏うお姫様。

眩しい太陽に目を細める姿すら優雅で、目線1つで人を動かす生まれついての別世界の人間。


ここの暮らしなど耐えられずに喚き散らすか、出て行き親類の公爵等の元に身を寄せるか、自分の存在を無かったことにして下級の貴族たちと遊ぶのだろうと思い、深く関わるのはやめようと思った。


享楽にふける父と母、嘆くだけの祖母と、唾を吐いて出ていく領民。

裏切りや嫉妬や侮蔑を幼い頃から浴びてきたハクアは、誰かに頼ることなく自分だけを信じて生きてきた。


自分を律し、努力すれば手に入れられないものはないと思っていた幼い自分。

だが初めて生まれついての高貴な皇女を見て、自分にはなれないと悟った。

つま先から頭まで宝石がついた、この方を養っていがなければならない。

その覚悟が出来ず、逃げた結果がこれ()だ。


「好きだった、か」


過去形の言葉にハクアの胸がちくりと痛む。

正直、皇女の気持ちに気づかなかったわけではない。


愛情とは言わないが好意は感じていた。

長文の手紙に、惜しげもなく送ってきた高価な贈り物。

あの皇女様からすれば端金だと暗い気持ちを隠すように受け取り続けた。


皇女の顔を見れなくなって避けて、いっそのこと我が家なんて捨てて欲しいと考える夜が何度あったかわからない。


跡目争いに負けたとはいえ皇女だ。

余程上の貴族でなければ、媚を売る者たちは山程いる。

自分がいなかった間、そういった貴族達と遊んでいるかと思っていた。


そんな者達も、余裕もない事を知ったのは城に勤めてから。

引っ越してから家でみるソフィアの服は綿の動きやすい下級貴族の服だ。

髪飾りも宝石などなく化粧もしてない。

それでも不満1つも言わないソフィアが怖かった。


「……ん」


寒いのか震えるソフィアに暖炉を見るが薪が入っておらず、思わず寝ている皇女を睨みつけた。


「だから人を雇えと言っているんですよ」


残業だけはしているおかげで給与はかなりあるはずなのに、皇女様は人を雇いたがらないし贅沢もされない。


考えてくれば段々腹が立ってきた。

自分は、皇帝の気まぐれに近い決定だとはいえ皇女と結婚する人生計画を立てている。

それなのに、いきなり離縁。

仲を深められてはいないが、仕事が落ち着けば溜まった有給で旅行も計画している。


――指輪も用意して


トマにも協力して貰ったのに、泣くほど離縁したくないはずなのに意地っ張りにも程がある。

赤い目にキスをしてもすやすや眠る皇女に自分も眠くなる。


――借りるか


キスをしてしまったせいか、酔いのせいか。

皇女様の為に買った広いベッドに入り、抱きしめてみると柔らかい身体とふんわりと香る身体に心臓が煩くなる。


――ベッドは1つで良かったな


明日にでも処分したくなるような抱き心地にハクアは目を瞑った。




――――――――――――










「ん…なん、だ……」


目を覚ますと、太陽が出ていた。

目を擦りながらもぞもぞ動く腕の中の生き物に一瞬身体が固まるが、暫くするとすーすーと聞こえるあからさまな寝息。

笑いが込み上げてくる。


「おはようございますソフィア」


許婚らしく額に朝のキスをすれば、ソフィアは動かなくなった。


「ソフィア起きていますよね?ソフィア?」


固まったまま背中を向く皇女に髪に朝のキスをする。


「起きていますよね?」


いつまでも背中を向けて寝ようとする皇女を起こそうとして――髪から見え隠れする首に触れてしまったのは不可抗力だ。


「びぃっ」


触れた瞬間、意味のわからない小さい悲鳴と同時に身体が跳ねた。


「――ソフィア?」


笑ってはダメだと思いながら、顔を覆うソフィアの手を優しく掴む。


「ソフィア」

「寝てるわ!私は寝てるの!」


初めてに等しい大声に、ハクアは目をパチクリさせる。


「……眠いの間違いでは?」


じわじわと込み上げてくる笑いを必死に抑えていると、観念したのか向かい合ったソフィアの耳は真っ赤だ。

潤んだ目でじっと睨まれて、今度は心臓が跳ねた。


「揶揄いました、すみません」


謝るとさらに猫のような目から涙が落ちる。


「私が悪かったですから…すみません」


顔を隠す皇女に慌ててタオルを渡した。


「使って下さい」

「…要らないわ」


泣いていると認めたくないのか、否定するソフィアの顔は赤い。また、ポロリと溢れた涙に心臓が動く音がする。


「――可愛い」


思わず呟いた心の声に、今度は自分の手で口を覆ったがしっかり聞こえたらしい。

パチリと目があった瞬間、みるみる顔が赤くなっていくソフィア皇女に、ハクアの心臓が激しくなりだした。


――なんだ


好意を持たれるのは時々ある。

だが、あくまで遊びだと前提された誘い。


「――その」


高なる心臓を誤魔化すかのように、触れようとして避けた皇女の細腕をしっかり掴む。


「ソフィア、話を」


しよう、と言う声はバタン!と扉が開く音に遮られた。


「如何されましたソフィア様⁈ソフィア様大丈夫ですか⁈」


セバスの乱入により無理矢理引き離されたハクアはジロリと睨まれ呆然とする。


「な、何もしてない」


あまりの殺気に、訳もわからず謝った。


「大丈夫ですかソフィア様」


まるで娘の親かのように睨んでくるセバスの服がソフィアに捕まれた。


「可哀想にソフィア様、私がついておりますから。もう大丈夫ですからね」


静かに涙を流すソフィアは、未だに困惑していていた。


昨日の自分はおかしくて、泣いてよく分からない告白をしてしまった挙句、起きたらハクアの顔があったのだ。

それだけでもうソフィアの頭はパンク寸前で、やってきてくれたセバスに抱きつく。


「行かないで、セバス」


半泣きで行かないでと言われたセバスは、内心娘のように可愛がっているソフィアの言葉にハクアへの怒りを忘れてそっと抱きしめる。


――おい


驚いたのはハクアだ。

昨日は、好きと言ったくせに自分を嫌がるソフィアは今父親でもない男に抱きついている。

2人の世界だといった感じの光景に、ハクアは存在していない。


「顔が熱いですね。お医者様を呼びましょう」


そう言ったセバスにソフィアは首を振る。


「…居て」


あまりに小さな声に、ハクアとセバスの心臓が掴まれた。


「勿論ですよ。坊ちゃんは仕事ですから出ていくそうです,トマの元に行きましょう」


勝手に出ていくことを決められたハクアは、1人ソフィアの部屋に残された。


――なんなんだ


縋るのは普通許婚である自分の元ではないか。

ため息をつきながら寮の習慣で、ベッドを直していると硬い物に当たる感触がした。 


「なん…だ……」


出てきたのは、色鮮やかな宝石が使用された豪華な護身用の小刀。

一般的に貴族女性が護身用に持つ物なので、あることに違和感はない。

やけに豪華な刀もソフィアが皇城から持ってきた物だと思えば納得がいく。


――違う


ハクアは周りを見渡した。

ソフィアの部屋の中には相変わらず文官の自分が資料程度にパラパラと見る難しそうな本がずらりと並んでいる。


そこに宝石やアクセサリーはない。

今の服装やアクセサリーからしても豪華過ぎる小刀はソフィアの趣味ではない。


ついでに言えば,デザインも今の流行りを取り入れてある。

皇室家の者しか入れることが出来ない紋章。

一体誰がと考えたところで、一番あり得ない顔が思い浮かんだ。


――まさかな


最近、皇太子がお忍びで有名な宝石店に通っていおり、恋人ができたのではと城内で話題になっていた。

その店は護身用の刀も有名な老舗だ。


――あり得ないな


皇太子はソフィアを嫌っているはずだ。

嫌っているなら、こんな高い物を買って贈る必要がない。

自身に言い聞かせるハクアは、バタバタと階段を上がる音に、咄嗟に刀をしまう。


「あら坊ちゃんまだソフィア様のお部屋にいたんですね!よかったです,ソフィア様どうやら熱が出たみたいで少し見ててもらえます?」

「分かった」


すぐに頷いたハクアに、トマは縋るソフィアを容赦なく引き剥がして部屋から出ていく。

置いていかれた瞬間に顔から毛布をかぶって出てこない。


「ソフィア、暑いでしょう」


無視をされてもニヤニヤしてしまう自分に、自分でも驚いている。


「そばによっても?」


聞こえない返事。

3回聞いて、無視のソフィアに痺れを切らして布団ごしに触れてみるが無言。

あまりに反応がないので,棚にある読めない本を持ってパラパラ捲る。


「これ全て読まれたのですか?」


聞いてみると、布団ごしに動く生き物がようやく姿を現した。


「…貰い物よ」


数分後に,ようやく発言したソフィアに内心首を傾げる。


「お金を勝手に使ったりしてないわ」


また数分かけて、発したソフィアの言葉に衝撃を受けた。


「いやお金は好きなだけ使って、待って下さい、これ全部貰い物、ですか?」


こくんと頷く、ソフィアにもう一度部屋を見渡す。

自分も文官の端くれで読書は好きだ。

だから部屋に囲まれている本の価値はそれなりに分かっているつもりだった。

宝石や服を買わない分,この本たちに使っているのだろうと勝手に思い込んで安心していた。


「使ってないわ、本当よ」


何故か言い訳をするようなソフィアに、ハクアは暫く考えて発言する。


「私の給与は、貯金しているんですか」


今までの詫びを含めて給与は殆ど全額家に入れていたはずだ。

確信に近かったが頷かれた。


「まさかトマ達の給与も?生活費もですか?」


戸惑う自分の声に,ソフィアも戸惑いながら頷かれ頭を抱えた。


「何故ですか」


そこそこだが、贅沢出来るだけの給与は稼いでいるはずだ。

好きに使っていいと渡した銀行に全額残っているとしたらかなりの額になる。


「貯金したいって、ハクアが…言ったのよ」

「言いはしましたけどそこまでしろとは、」


言いかけて思い出す。


『お金が貯まったら結婚しましょう』


卒業して,爵位も継承したら普通は結婚する。だが仕事がもう始まりそうで,時間もなく結婚に必要な伺い書も返ってこなかった。


だから、結婚を延期して形だけの婚約にした。

そのまま、返事が返ってくる事なく仕事が忙しすぎて忘れていた。

自分がことごとく嫌になる。


「明日も休みをもらいますから体調が良くなれば一緒に遊びにいきませんか。ソフィアの服も見に行きましょう」


布団に逃げられないよう,さっと取り上げて話をすれば赤い顔が首を横に振る。


「無理しなくていいわ」

「無理なんてしていませんよ」


膝を折って,避けようとするソフィアの顔が見やすいとこに膝を落とす。


「一緒に行きましょう。新婚には三週間の休暇が義務付けられていますから、旅行の行き先を考えていて下さい」


俯くソフィアの手を握れば、少し震えてる。

泣いてはないから寒いのかと上着をかけると、信じられないという顔がこちらをみる。


「ハクア、あなた熱でもあるの?」

「熱があるのはソフィアですよ」


ソフィアは答えない。

また考え込んで口を開く。


「陛下に何か言われたの?」


不安そうな表情に、ハクアは自分を殴りたくなった。


――どうして


目の前の許婚は自分が信じられないのだ。

それだけ酷い事をした自覚がハクアにもある。


「何も言われていません。私がソフィアと結婚したいと思っています」


ハクアも言葉にはなれていない。

取り上げた布団をソフィアに渡して寝るように促す。


「結婚しても支度金はきっと貰えないわ。母は他国の人間だから余っている爵位もないのよ」


自分に背を向けながら言うソフィアに、低い声が出た。


「要りません」


ソフィアの中の自分は、強欲で皇女を道具程度だと思っている最悪の人間なのか。

ソフィアにではなく自分に怒りが湧いた。


「熱があるならゆっくり休んで下さい」


長期休みで実家に戻るたび、ソフィアは両親がいると体調が悪いと顔を見せなかった。

気位が高い皇女の事だからと、様子を見にいく事もなく遊んで寮に帰った過去。

両親が居ない雨の日には傘をさして馬車を待ってくれていたのに、会話もないまま自分は同級生と遊ぶためを出た。


「…出て行ったんじゃ」

「薬湯を作っていたんです」


皇女は自分に期待はもうしていない。

出て行ったと思ったのか、1階に降りてきたソフィアはハクアが薬湯を出してきたことで、気まずそうに椅子に座った。


「薬湯なんて作れたのね」

「授業で学びました」


自律を掲げる厳しい名門校で学んだハクアは、薬学も多少の知識がある。

好きな教科だった薬学に関して勝手に喋っていたハクアはじっとこちらを見るソフィアに喋り過ぎたかと謝った。


「喋り過ぎてはいないわ。ハクアは薬学が好きなのね」

「…はい」


ハクアが薬学が好きだという新しい情報にソフィアは少し嬉しくなり無意識に頬が緩む。

一方、ハクアはソフィアの表情に今まで自分が格好付けたことしか話していなかったことを痛感した。


――何をやっているんだ俺は


ソフィアに書いていた手紙や会話は全て良い婚約者であろうとする良い自分だった。

良いところばかりを話そうとして、そんな自分に疲れて話さなかった。


目の前の皇女は全てにおいて自分より圧倒的にできた人で、そんな人に自分の話は全て意味がないだろうと無意識に感じていたのだ。


「ハクアは薬学が好きなのね」


新しい発見をしたとばかりに言い直す婚約者はこんなに自分を想ってくれていたのに、ハクアは自身のプライドを優先させていた。


「ハクア?」


横に座ったハクアにソフィアは混乱する。


「離縁の件ですが、もう少し互いを知ってからにしませんか」


勢いのあまりぐいと顔を近づけられたソフィアは避けようと顔を背ける。


「ハクア」

「許可を下されば離れます」


決して万全の手入れとは言えない髪を触られたソフィアは混乱しながら必死に頷いたのにハクアは近づいてきた。


「――良いですか?」


優しく顔を掴まれて懇願するような目がこちらに向けられている。

頷くと同時にされたようなキスに、ソフィアは変な薬でも入っていたのかと内心考えたほどに体が熱くなった。


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