9話-ソフィア視点-
告白タイムです。
ハクアが働いてしばらく経って、今。
ソフィアの周りでは不思議なことが起きていた。
「短剣?」
「はい、素晴らしい品ではありますが意図が理解できません」
ソフィアは悩んだ末に、第二皇女に手紙を送らないで下さいと返事を書いた。
その数週間後、暫く来なかった騎士が突然贈り物を持って来た。
ルイズ皇太子からです、受け取ってくださらないと死にます!とただならない様子に居留守をやめて騎士に顔を見せると泣かれた。
――何、何なの?
押し付けられた、ずっしりと重たい箱の中に入っていたのは短剣だ。
――どういう事?
自分がした事はカナリア皇女にもう手紙を送らないで欲しいと返事をしただけ。
訳がわからなかった。
「素晴らしい品ですね。これ1つで馬車ぐらいなら余裕で買えますよ」
感心するセバスから短剣を貰い、枕元に置く。
身軽な短剣はベットに置いて襲われたらこれで戦うというのが本来の用途だ。
だが今は違う意味の方が強い。
「襲われたら自害する意味もあるわ」
貴族は婚約前に処女を無くすのは価値が無くなるのと同じだと教えを受ける。
平民や盗賊に襲われたりした場合、家の名誉のために持たされた短剣で自害をするのが一般的だ。
「…まさか」
「そのまさかかもしれないわね」
青い顔をするセバスは短剣を窓から捨てようとしたがソフィアが止め事なきを得た。
「ハクアには言わないでおきましょう」
相変わらず目にクマを作って帰るハクアは最近少しだけ帰る頻度が高くなってきたが、相変わらず疲れているのか寝てるだけだ。
――まだ話ができてない
もう1つ,郵便で送られて来た手紙。
ハクアの職場名が書かれた書類は赤色ですぐに開封をと書かれていたので,セバスが無断で開れば、婚約破棄書類だった。
「もしかしたら本気なのかもしれないわ」
職場から届いた婚約破棄の書類。
渡された短剣。
――帰る場所はないという意味よね
悩んで、悩んで、覚悟を決めた。
とても小さい字でサインした書類はまだハクアに渡していない。
「養子に入りますか、ウチの」
ボソリと呟いたセバスに笑うと本気なんですがと怒られた。
「アシタの妹は嫌よ」
笑うのは無理だと分かっているからだ。
腐っても皇女の身分。
勿論、ソフィアは婚約破棄されたからといって王城に戻るつもりなど全くない。
だが皇太子はどう考えているか分からないし、破棄されたら間違いなく城には行かなければならない。
――そんなに嫌わなくても
もしかしたらカナリアに手紙を送ったのがバレて、今更ながら姉の存在が悪影響と思ったのかもしれない。
とりあえず短剣を枕の下にしまい、もうすぐ終わる翻訳作業に戻る。
没頭していると、トマの呼ぶ声に下に降りた。
「ただいま戻りました」
ハクアの声に愛想笑いする。
――何を考えているのかしら
相変わらずハクアも無表情。
だが最近は毎週末帰ってくる。
理由はわからない。
トマの食事が美味しいからだと自慢げにいうセバスを思い出して、クスリと笑った。
「坊ちゃん?何かソフィア様に用ですか?」
セバスの声に横を振り返ると、ハクアは慌ててさらに目線を落とす。
――分からないわ
ハクアは今日も疲れてそうだ。
決まりごとのように買ってくる花束はトマが飾ってくれている。
食事も終わり,翻訳作業に戻ったソフィアはノックの音に扉を開ける。
「話しがあると、セバスから聞きました」
気まずそうなハクアを部屋に入れた。
まるでケンカ中か別居中の夫婦だが,ソフィアは気にしない。
「待って下さい。先に、これを」
紙袋を渡され、開くと髪飾りだった。
「似合うと思います」
そう言うハクアと目は合わない。
「使うわ」
ソフィアもため息をつきながら答える。
――また
最近、帰るたびに花束と一緒に買ってくる小さなプレゼントは引き出しに仕舞う。
「気に入りませんでしたか?」
開けもしないソフィアは、少し戸惑った様子のハクアを無視して書類を渡す。
「職場から送られて来たわ」
開いたハクアの目が、驚きを隠せない様子でこちらを見る。
「サインがしてありますが?」
少し怒ったような声を出したハクアは、黙ったままのソフィアを見て、紙をぐしゃぐしゃに丸めた。
「な、何するの」
てっきり受け取られると思っていた椅子に座っていたソフィアは、いきなり近づいて来たハクアに動けなくなった。
「これは私が送ったものではありません。大体、何故サインして私に渡すんですか?」
静かに怒るハクアに分からないのはソフィアだ。
「何故ってハクアは、私を…あまり好きではないでしょう」
冷静に言ったつもりだが、声は小さくなる。
「仕事も私が原因で苦労してるのでしょう。いいのよ、婚約なんて陛下の気まぐれで決まったようなものだし別れてもみんなすぐ忘れるわ」
早口にしゃべったソフィアは、目の前に立つハクアの顔を見れなくて床に視線を落とす。
「だから?別れたいと?」
冷たい声に、首を縦に動かす。
「別れたいのですか?本当に?」
頷いて、目の前に立つ足をぼんやり眺める。
――大丈夫よ
散々考えたし悩んだ。
でも、もうとっくに諦めがついていると自分に言い聞かせる。
親に疎まれて、この家に捨てられた。
次は婚約者に捨てられるだけだ。
以前、酔ったハクアを看病した際に女性物の香水の香りがした。
その時、感じたのは怒りでも悲しみでもなく、やっぱりかという諦めの気持ち。
買ってきてくれた花は流石に見たくなくて裏庭に捨てた。その時に、結局ハクアの好きな花を知らないままだと自嘲した。
――やっぱり無理なのよ
自分は好きな人の特別になんてなれない。
それ以来、ハクアに自分から話しかけたり、近づくのを止めている。
持参金には遠く及ばないが翻訳の仕事で貯金も少しはあり、教会への寄付金としてギリギリ申し分ない程度にはある。
分かっていたことだった。
「ソフィア皇女」
すぐ傍まで近くづいたハクアの冷たい声に顔を少し上げたソフィアは、そばにあるハクアの顔にそらそうとした顔を掴まれた。
「…どうして」
困惑した顔をする許婚の、目の前にある顔が滲んでいく。
自分でもなぜ泣いているかなんて説明出来ない。でも確かなのは、自分には帰る場所はないし結局上手くいかなかったという事実だけ。
「貴方が…好きだったのよ、ハクア」
もう最後だと思えば意外とすんなり口に出来た言葉。
「貴方は私が嫌いでしょう。いいの、分かっているわ。仕事でも私のせいで迷惑をかけているみたいだし、別れた方が貴方のためにも良いのよ。私は社交界にも出ていないから離縁したところで誰も覚えてないわ」
無口な自分にしては、早口に喋った。
こんな状況が、今までで一番ハクアとの距離が近いなんて泣いてるのに、笑えてくる。
「ソフィア」
「馬鹿みたいよね、えぇ馬鹿よ。ちょっと貴方に笑いかけられたぐらいで期待したの。もしかしたらって、本当、馬鹿よ私は……」
止まらない涙がハクアの指で拭われたと同時に目元に柔らかい何かが当たる。
「やっ」
避けたソフィアの身体は,ハクアの腕に囲われた。
「離し」「離しません」
食い気味に断られたハクアの腕は強くて逃れられない。
「離して…」
赤子のように背中をさすられ、涙が止まったところで水で薄めたウイスキーを渡された。
「飲んで、落ち着いたら今日は寝ましょう。明日は休みを取りますから、2人でゆっくり話をしましょう」
渡された薄めのウイスキーを飲んだ後、かけられた毛布にウトウトするソフィアは、自然な顔で笑ったハクアの顔を初めて見れたような気がした。




