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間話-皇太子視点-

間話と言いつつ普通に話が進むというトラップがあります。

**ルイズ視点から入ります**


ガチャリと鍵を閉める音。


「見せろ」


低い声に体格が立派なはずの騎士は、背中から汗を流しながら、ルイズ皇太子にソフィア直筆の手紙を手渡した。


――お姉様の字だ


教科書の手本のような美しい字。

開いた手紙を慎重に読み進めていく政務室には,凍えるような冷気が漂う。


「あ、あの……」


手紙を届けた騎士は無言で手紙を見つめる皇太子に、退室を命じられず1時間。

ずっと立ちっぱなしだ。

冷える空気に耐え切れず声を発したが、ルイズの氷点下の目線に一瞬で後悔する。


「どの様な様子だった?」

「そ、その、佇まいから品が感じられる…思っていたよりは地味な…」


正直に答えた若い騎士は、氷点下以下の皇太子の目に、喋れなくなる。


「地味とは?何が地味だった?」

「まだお若いのにシンプルな紺のワンピースを着てらっしゃったのです。それが地味な印象を与えたのでしょう。ですが、亜麻色の髪と瞳で間違いはありません」


幼い頃の皇女を知っている騎士長が助け舟を出した。


「はっはい!間違いありません!ハクアもソフィアと呼ん…」


ハクアの学校の先輩でもある若い騎士の発言にに、騎士長はこめかみを抑える。


「今なんて言った?」


普段冷静な皇太子の持つ分厚い辞書が、若い騎士の元に飛んできた。


「ハクアがなんと呼んでいたと聞いている!」


怒りが爆発したルイズが投げた辞書は若い騎士の顔に直撃する前に騎士長が受け止めた。


「殿下、彼は素直な若者なだけですよ」


続き扉からやって来た横の補佐官長は、にっこり微笑み半泣きの騎士を逃した。


「落ち着かれてください、殿下」


幼い頃からルイズもソフィアも知っている補佐官長には怒れない。


「…頭を冷やしてくる」


手紙を持ったままルイズは政務室を出て自分の部屋に向かう。


――皇太子殿下か


手紙に自分の名前は、皇太子殿下としか出てこない。


『陛下と皇太子殿下が心配されるので――』


カナリアに向けて書かれてある手紙には恨みも悲しみも喜びもない。

ただ、淡々と自分と関わらない方が良いと説明された手紙。


『姉は居ない者と考えて健やかに――』


宛て名にはカナリア皇女殿下と書かれていて、ソフィアの名前がなければ侍女からの手紙かと思うほどに他人行儀な手紙だ。


――当然だ


まともな会話すらなく、記憶の中での姉は自分なんて見ていない。

根が優しい姉は、同じ授業で自分が叱られそうになると先生の注意を引いてくれたり、ノートの端に答えを書いてくれたりした。


『ルイズには馬鹿でいてもらわないと困るもの』


先生に咎められると、平然と言い放つ姉に周囲は性格が歪んでいると言っていたが、ルイズを庇う発言だと本当は分かっていたはずだ。


――何度も助けて貰ったのに


正妃である皇后に呼ばれたら、立場が弱い自分は逆らえず理不尽な暴力が待っているとしても行くしかなかった。

だが、そんな時は必ず姉がやって来た。


『お母様、側妃の子なんて同じ空間にいるだけで汚れてしまうわ』


周囲が姉を最低だと罵りながら、利用していたのを知っていた。

それなのに、姉が辛い時に周囲を気にして声すらかけられなかった。


――人の目など気にせず話しかければ違った未来があったかもしれないのに


ルイズは姉からの美しい字を何度も読み返しながら眠りについた。



*****


次の日、カナリアに手紙を渡そうと部屋に行ったルイズは舌打ちをする。


「お兄様!」


相変わらず体が弱いカナリアは少し前から微熱が下がらない。


「カナリア走ったら危ないよ」


優しい声で話しかける陛下は、冷め切った目で見るルイズなど気にしない。

父にとって可愛いのは病弱で最愛だった母似のカナリアだけ。

ルイズは跡継ぎとして必要だから置かれてあるに過ぎない駒だ。


「えーまたこの苦い薬?」

「カナリア文句を言ってはいけないよ。その薬はよく効くからね」

「そうですよ皇女様、きちんとお薬を飲んでくれぐれも安静になさって下さいね」


見慣れた、優しい光景が今日は余計に歪んで見える。

カナリアが可愛くないわけじゃない、むしろ大好きで大事な存在だ。

病弱なカナリアが周りに心配かけまいといつも笑顔なのも知っているし、自分のせいで父と兄から母親を奪ってしまったのかと気にしているのも知っている。


「お兄様?大丈夫?私より酷い顔してるよ?ちゃんと寝てる?先生、重病患者がいます!」


抱きつかれたカナリアの体は熱い。


「そうだね。ルイズ疲れているなら無理してはいけない。部屋で診てもらうといい」


人当たりの良い笑顔で、カナリアの部屋から自分を追い出す父は自分の心配などしていない。

政務室には陛下が放り出したであろう仕事が回って来ていて、うんざりする。


『皇女様なら出来ていましたのにな』


皮肉な事に姉が皇城から去って、自分がいかに姉に助けられたか実感した。


後で知ったのだが、ルイズとソフィアに出される課題は出来ない事を前提としたものだった。厳しすぎる教育にルイズは何度泣いて、逃げ出したか分からない。

授業が嫌で喉に手を突っ込み無理矢理吐いた日もあるし、幼いから暴れた時もある。


『落ち着きなさい、ルイズ』


答えがわからず恐怖のあまり漏らしてしまったルイズに、姉は先生にやり過ぎだと注意してくれた。ルイズの机に捨てた皇女のノートには大抵分かりやすく答えが書いてあった。

父が放り出した外国からのお客様の相手は姉が通訳してくれたおかげで事なきを得た。

素晴らしい皇太子だと、周囲が褒めたてていたのは姉の助けがあったからだ。


――会いたい


ルイズは姉が大好きだった。

会いに行く勇気が持てなかったのは、拒否されるのが怖いからだ。

姉の肖像画を内緒で持ち歩くくらいには尊敬しているが、使用人抜きでの会話は無かった。

何を話せば良いのかすら分からない。


「失礼いたします」


入って来たのが補佐官長は、手をつけていない書類より手紙を気にするルイズに微笑んだ。


「お会いになれば誤解も解けます」


騎士も胃に穴が開かなくてすみますよと言われ下を向く。


「…きっと嫌われてる」

「お互いにそう思い込んでいるだけですよ」


補佐官の言葉に返せずにいたルイズは、悩んだ末に幾つかの指示を補佐官に出し、苦笑いされた。

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