8話-ハクア視点-
夏になり周囲が休暇を取り始めてもハクアの日常は変わらなかった。
――頭が痛い
申請したまとまった休暇はことごとく却下され裏で誰が動いてるかすぐ分かる。
「悪いね……」
「いえ……」
上司も皇太子様の我儘に以前はこんな事無かったんだけど、と頭を悩ませているぐらいだった。
仕事が少なくなる夏でさえ、資料のまとめを作ってくれなどいらない作業ばかり。
イライラと疲労はピークまできていた。
――祝うつもりだったのに
この前、誕生日に贈り物をしなかったハクアはセバスにブチギレられた。
買いに行くのが遅くなり、用意していた髪飾りが間に合わなかったのだが疲れ過ぎて伝え忘れていたらしい。
――今日は此処か
最近のハクアの悩みはもう1つある。
職場に届く招待状。
爵位を継承したとはいえ、お披露目すらしておらず家もそこまで位が高いわけではない。
だが、何故か招待され続けるパーティ。
断り続けるのもと行けば、招待側はハクアを見て嫌な顔をする。
『皇女様はいらっしゃらないのか』
相手の目当てはソフィア皇女様。
誘ったんですが,と一応言い訳をしても冷たい目線を送られる。
この前は、酒を飲まされ吐きまくって貴婦人に介抱されるという不始末だ。
――なんとか来てもらわないと
パーティに招待され始めてから,ソフィアが行きやすいように色々注文した。
――届いてるはずだが
だが一向に反応はない。
手紙を送っても返事がきていなかった。
「ハァ」
仕事を始めてから何もかもうまくいかない。
この前帰れば元盗人の異国民が堂々とハクアの席で食事をしながら、ソフィアと話していた。
衝撃だったのはソフィアが楽しそうだった事。
――そんな柔らかい表情も出来たのか
言いかけた言葉は、自分を見たソフィアの硬く困惑した表情を見てやめた。
花を買って来たのに、飾られる様子はない。
――好きじゃなかったのかもしれない
どの花が好きなのか聞いておけばよかった。
周囲が許婚や婚約者には花を贈ると聞いたのだが、花屋から相手の好きな花を聞かれ答えられなかった。
先輩に聞いたらそれすら知らないのかと久々に冷たい目をされた。
『お前もう愛想尽かされてるだろ』
答えられず仕事に戻った。
――今週は帰ろう
仕事が多過ぎて、寮にすら帰っていない。
やっと出来上がった資料を頭痛薬を飲んでから政務室に持っていく。
「お前か」
相変わらず皇太子にははまるで親の仇かのように睨まれる。
ここまで嫌われる理由が分からない。
年配の補佐官が受け取りゆっくりと見ていく。
「ここは60ではないですか?」
「そんな簡単なミスをしてるのか?本当に無能だな」
「申し訳ございません」
どれだけ理不尽でも相手は皇太子殿下だ。
クビになる訳にはいかないハクアは謝るしかない。
「下がれ」
今日も機嫌が悪いらしい。
作った書類を投げられ命令する皇太子殿下に書類を拾って戻る。
「――疲れた」
心の声が思わず出てしまうほど疲れている。
部署に戻ると元ルームメイトのクウルが嬉しそうにボーナスの紙を見せて来た。
「飲みに行こう!」
「行けたらな」
机にはまだ仕事の書類。
それから新しく届いている招待状。
「おい、ハクア立て!」
ため息を吐いていると先輩に立たされる。
――あぁ
皆が一斉に立ち、暫くすると入って来たのは陛下だ。
「みんなお疲れ様」
ニコッと笑みを浮かべる皇帝陛下の隣に立つのは気難しいと有名な大臣。
――勘弁してくれ
招待して来たくせに、行けば皇女様は?としか聞いてこない大臣だ。
「陛下」
その大臣が自分を見て陛下に何が話している。
「あぁそうだった」
思い出したかのように近づいてきた陛下は汚いままのハクアの机を見て笑う。
「息子が荒れているみたいで悪いね」
そんな簡単な問題ではないのだが、ハクアにいう権利はない。
何があれば言うようにとみんなを見渡して陛下は戻っていく。
「次は皇女様にお会いしたい」
気難しい大臣は、陛下が去ったあとに無表情のまま袖から招待状を取り出された。
「分かってるな?」
そんなこと言われても,と言えたらどれだけ良いだろう。
大臣が帰れば、周囲から一斉に何を話していたんだと取り囲まれる。
「ハクアそれ大臣の手書きじゃないか?凄いじゃないか」
「私宛じゃないです」
宛名を見ると不思議そうな顔をされるが、自分にだって分からない。
――とにかく帰ろう
ハクアは再び仕事に戻った。
*****
――なんだ
馬車から降りてみればやけに立派な馬車があった。
客かと中に入れば、騎士に敬礼された。
「皇女様は御在宅でしょうか?」
皇帝騎士団の象徴である赤いマントをきた数人の騎士には、セバスが対応していた。
「ですから、皇女様は出掛けております」
出掛けていたのかとハクアが思うより先にこちらの方を見るので慌てて首を振る。
「…よろしくお伝え願えますか」
仕方なしと言った表情で出された手紙に目をみはる。
カナリア皇女様からの自筆の手紙だった。
「どうか宜しくお願いいたします」
丁寧に頭を下げた騎士達がマントを片付けて去っていく。
「困った方々ですねぇ」
お茶を片付けるトマはハクアを見て坊ちゃんお帰りですよ!と何故か2階に声を掛けた。
――まさか
しばらくして、出掛けたはずのソフィアがお帰りなさいと出迎えた。
セバスが手紙を渡すと、ソフィアはまたかという顔をして机に置く。
「手紙は,宜しいのですか?」
思わず声を掛けた。
「手紙?あぁ良いの」
「カナリア皇女様からですよ。妹君では?」
大体居留守を使うなんてと少し怒るがソフィアは無視して本を取ると部屋に戻っていく。
――大事な手紙なのに
皇太子殿下も陛下もソフィアを嫌っていると有名だし、実際に被害に遭っている。
唯一の手立てかもしれないと、ハクアはソフィアを追いかけ手紙を渡した。
「何?」
「読まないんですか?」
嫌そうなソフィアに、そんなんだからと言いたくなる気持ちを必死に抑えて読むのを促す。
「読めばよいのね」
溜息をついて手紙を読むソフィアは、すぐに閉じた。
「いつもの手紙ね」
「いつも?」
そう言えばセバスもあの騎士達もやけに慣れた対応だった。
ハクアが問うと、月に1回は手紙がくると話される。
同封されているのは皇族のみが送れる金の招待状だ。
「返信は?どうしてされないのですか?」
また黙ったソフィアに痛む頭を抑えた。
――なんなんだ
ハクアは段々いらついてきた。
自分が皇太子に八つ当たりされてるのは誰のせいだと考えている、とは言えないがどうして返事を書かないのか。
「返事を書いてして下さい」
冷たい目で見るソフィアに苛々が増す。
「相手はカナリア皇女殿下です。礼儀は守って下さい。手紙は書かれたらすぐに返事を書く、常識でしょう」
溜息を吐きながら言ったハクアを、ソフィアは変わらない冷たい目で見てゆっくりと話す。
「ハクアはカナリアが好きなの?」
「は、い?」
は?と言い掛けて慌てて、言い直す。
「恋愛的な意味だとしたら答えはNoです。人としてなら好きだとは思いますけど、そこまで皇女様を知りません」
笑顔で挨拶して来た可愛らしい皇女様を思い出して,無意識にほんの少し顔が緩む。
「そう」
話は終わっていないのに、ソフィアは部屋に戻ろうとするので思わず腕を掴んだ。
「ソフィア、まだ話は終わってません」
「…返事を書けと?」
静かに怒っているのが伝わる声に,少し気まずくなったハクアは腕を離す。
「手紙を書くのは好きでしょう。私に頻繁に送ってくださったじゃないですか」
宥めるように言ったハクアに、今度はソフィアが溜息を吐いた。
「悪かったと思ってるわ。私からの手紙は迷惑だったんでしょう」
「…そんな事は」
ない、とは言えない事をしているハクアは黙るしかない。
「返信が来たら期待するでしょう。また返信して、その後は?送らなかったらより傷ついてしまうわ。それなら最初から返信せずに相手に期待を持たせてはいけないの。私も学んだのよ」
呆然とするハクアに、ソフィアは部屋の扉を閉めた。
――期待
していたのか、と聞けない。
ハクアの好きな花を教えて欲しいという手紙に返事を書かなかったのは自分だ。
――因果応報だな、まさに
何も言えずに1階へと向きを変えれば,全てを見ていたのだろう。無表情のセバスが、紅茶を持ってソフィアの部屋をノックする。
小さく開いた扉からソフィアは見えない。
「ハクアは1階に降りた?頭が痛むみたいだから蜂蜜入りの御茶を淹れてあげて」
聞こえたさっきまでとは違う優しい声に胸が締め付けられる。
――最低だな
期待してくれていたのだろう。
返事も待ってくれてたのかもしれない。
忙しいとか勉強を理由に後回しにしていた礼儀知らずの心配をする皇女は、散々遊んだ自分を責めることはなかった。
自身の言動が酷く浅ましいと恥ずかしくなる。
ハクアは謝りの手紙を書いて、家を出た。




