間話-皇太子視点-
実は、って話です。
**ルイズ(回想)**
「少しやり過ぎでは?」
書類にサインをしていた皇太子のルイズは、侍従長の言葉に顔をあげた。
「緩いの間違いだろう」
あんな男、早くやめてしまえばいい。
それかとんでもないミスをしでかしてくれればいいのだ。
そうすれば、それを理由に爵位を取り上げて姉を迎えに行く。
会いに行く理由が出来る。
ルイズは鍵付きの本棚を開けながら、一冊の本をパラパラとめくって溜息を吐く。
「他のはまだ手に入らないのか?」
「写しならあるのですが、皆様中々譲っていただけないのです」
睨むと、頼みに行けば良いのですと穏やかに笑われる。それが出来たらこんな苦労はしていないと言葉を飲み込んだ。
『皇女様にはお気をつけください』
『気を許してはいけませんよ』
『皇女様はやり切りましたよ。負けてはなりません』
ルイズは産まれた時から、ずっとソフィア皇女という1つ上の優秀な姉と比較され続けた。
物心ついた時には母親はカナリアを産んで病気がちになり、カナリア自身も病弱。
父である王は政務以外2人に付きっきり。
大人に囲まれたルイズは、同じく大人に囲まれた姉に興味を持っていた。
――まただ
陛下が優秀な方に継がせると発言した事で2人は、同じ授業を受けることも多かった。
1つ上の姉に勝てたのは楽器ぐらいだ。
勉強面では勝負にすらならなかった。
「先生、次の授業があるので失礼しても良いでしょうか」
新しい授業でも、姉のノートはいつも真っ黒で自分に忖度をしない先生は大概姉にかかりきりだった。
「皇女様、その顔は如何されました?」
先生達はよく怪我をする姉を心配していた。
「大丈夫です先生。それより、授業を」
姉と視線が合うことは殆どない。
常に先生と、教科書と前を見ている姉を自分の周りは警戒していたけれど姉は相手にすらしていなかった。
――何考えているんだろう
大抵は先に課題を終わらせ、窓の景色をずっと見る姉は何を考えているのか分からない。
勇気を出して話しかけると、自分ではなく自分の周りに目線をうつして逸らす姉は、どうしてか寂しそうに見えた。
「皇女様、その髪飾り素敵ですね」
「お父様から頂いたんです」
少し弾んだ声に、厳しい先生の顔も緩む。
誰かに髪飾りやドレスを褒められると決まってお父様かお母様からだと話す姉に、違和感を抱いたのはいつだったか。
「お父様にご挨拶申し上げます」
たまに授業を見にくる父は完璧な礼をする姉を無視して自分の様子を先生に聞く。
あからさまな贔屓に、周囲は姉から少しずつ離れていった。
「流石ルイズ様ですね」
姉を褒めちぎる先生達は次第に減り、同じ授業も段々となくなった。
「お姉様は?」
「別の授業で遅れるそうです」
姉は絵や音楽の授業には不真面目だったが、先生達は怒らなかった。
「起こさないように」
姉は授業中に寝ていても怒られない。
「惜しかったですが皇女様の歳なら出来過ぎなぐらいです、大丈夫ですからね」
初めて姉が泣く姿を見たのはいつだったか。
無口で無表情な姉が号泣する姿は、人形がバラバラに壊れていくようだった。
『ついに壊れたな。まぁあんな教育じゃ誰だって壊れる』
『体罰で身体中酷い事になっているらしい、誰が止めてあげられないのか』
周りは好き勝手言いながら、誰も姉を助けようとしない。
ルイズ皇太子に悪影響だと、周囲は言い、父は姉を北の離宮の部屋に移して今度は外国語の勉強をさせ始めた。
『あの歳でもう7言語を操るなんて、一体どうなってるんだ?』
『どこの人質に出しても大丈夫だろう』
姉はどこまでも優秀で、それ以上に努力家だった。
――夜なら話せるかも
そんな安易な考えで、夜中に姉の部屋を訪ねれば皇妃の怒鳴り声が聞こえてきた。
こっそりと扉を開けて叫んだ自分は悪くない。下着姿のまま姉は倒れていて背中からは血が流れていた。
ひどい傷跡だった。
叫んだ自分のおかげで人は駆けつけたが、誰も止めなかったことに怒りをぶつけても陛下が様子を見ろとの一点張りだった。
――また1人だ
父に訴えても何も変わらなかった。
衰弱していく母と病弱な妹に王城の皆はかかりきりだった。それでも自分に専属の護衛や側近がつく中で、姉の周りは定期的に人が入れ替わるだけだ。
「借りて良いですか」
「……えぇ」
時々図書室で見かける姉は明日にも死にそうな青白い顔だった。
いろんなところで見かけた姉だったけどカナリアが城を歩き回れる様になると、姉の姿はピタリと見えなくなった。
暫くして母が亡くなり、続いて何故か皇妃もこの世を去った。
――父だ
何かしたのは分かっていた。
ルイズの恐怖は皇妃が死んだことより、姉が殺されてしまうのではないかと言う恐怖だった。
――人質でもいい,何処かにやらないと
カナリアが心配だからと父に必死に交渉するとアレは何をしでかすか分からないから他国にはやれないと言う。
だけどカナリアが心配だと父も思ってはいたのだろう。
追い出す為に皇妃が死んで揺らいでいた保守派に押し付けようと話した。
『ハァ面倒だな』
そう漏らした父親に怒りが湧くと同時に自分の無力さを知った。
――お姉様の努力って何だったんだろう
周りに振り回されて必死に頑張って傷つけられてそれでも努力して、結局は追い出される。
黒い喪服を着た姉は涙も流さない代わりに侍女が呼びかけても動かなかった。
パーティーで動かない姉を友人候補が「ハズレ姫」と言って笑い、初めて人を殴った。
みんなそう言ってると泣きながら言われて姉が誰とも話そうとしない理由を知った。
「お姉様、飲み物要りませんか?」
「……えぇ」
陛下に嫌われている皇女様である姉は優雅な仕草で飲み物をもらっていたけど,手は震えていた。
――死んでしまう
姉の心はもう死にかけだった。
どこでも良いから、愛してもらえる場所に行って欲しかった。
やがて決まった家は姉を幸せに出来そうに無いいまにも潰れかけのどうしようもない家だったが、ルイズに決定権などなどあるはずもない。裏口からそっと消える姉を、ルイズは窓の外からじっと見ていた。
*****
ずっと姉が気になっていた。
カナリアにも定期的に姉の話しを時々して忘れさせないようにした。
――手紙か、良いな
優秀な姉が自分に危害を加えないよう見張りたいと言えば人は簡単につけられた。
婚約者のハクアという青年は、すぐに学校の寮に入り姉は毎日のように手紙を送っていると聞いて、婚約者が羨ましくて仕方なかった。
周囲の様子を見て自分が送ることは断念した。来るならと待ち続けたが勿論、来ることはなかった。
ある日、泥棒が入ったと報告を聞いて居ても立ってもいられず、手紙をカナリアに書かせたが、返信が来ることはなかった。
『ハクア?真面目な奴ではありますね』
『成績は優秀ですけど可愛げはあんまり』
『金はないって聞いてたけどありますよ。やっぱハズレでも皇女の…』
義兄が姉に相応しいか調べていくほど印象が悪くなっていた。
あまり表立って動けば父が姉を利用しようとするかも知れず、かといってなんの連絡もない姉が心配で仕方なかった。
「盗人を引き取った?」
入ってくるわずかな情報は心配が募るものばかりだった。
盗みに入った奴は徹底的に痛めつけるよう命じたのに、姉は家令の養子にした。
医者まで呼んで治療させたときいて驚いた。
――優し過ぎる
何度も会いに行こうとしたけどルイズも忙しく中々自由が効かない身だ。
何より、カナリアに書いてもらう手紙に返信が来ないことが全てを物語っていた。
質素な暮らしをしていると聞き、カナリアの手紙に小切手を同封させても使われた形跡はない。
カナリアに何度も会いにきて欲しいと書かせたがダメだった。
――デビュタントなら
デビュタントには流石にくるだろうと思ったのに姉は来なかった。
招待状は全て送ったが返信はなく、苛立ちと病気なのではないかという不安が募った。
「皇女様ですが翻訳の仕事をしているそうです」
「…は?」
ある日、側近から聞いた言葉は信じられ無かった。
だが実際に取り寄らせると完璧な筆記体はまさしく姉だった。
――姉に仕事をさせるなんて
父がいずれ潰れると話していた家だけある。
原因がハクアの父の借金だと聞いて痛めつけるように言ったは良いが,見つけたのはすでに痛めつけられた後だった。
――潰れて爵位でも返上してくれれば
爵位がなくなれば、それを理由に今すぐ姉を保護しに行ける。
それなのに姉は仕事をしてまで守ろうとした。
――あんな奴の何処が良いんだ
報告書の、娼館の文字を見た時は殺してやろうと本気で思った。
――お姉様の持参金でよくも
姉を娶れただけで土下座して泣きながら感謝すべきなのに,手紙の返事も贈り物おろそかで皇女の金で街に遊びにいく。
15歳になり一定の権限が使えるようになったルイズは卒業式後にしれっと結婚許可を求めた紙を破り捨てた。
――絶対に別れさせる。
ルイズはハクアを呼び出した。




