【NY市警ピーター・クリフォード警視①(NY city police Peter Clifford)】
“最高にダサい男”私立探偵マックス・ベル
は、
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電話の相手は俺が今どこに居るのか尋ねただけで直ぐに電話を切った。
知らない相手なら素直に所在を教えるわけにはいかないが、相手が相手だけに後々面倒な事になってはマズいので正直に事務所に居ることを伝えた。
レベッカに紅茶の用意を頼む。
レベッカはハイとだけ答えて直ぐに紅茶の用意に取り掛かった。
これからここにやって来るやつは、何故か珈琲は飲まないでいつも飲むのは紅茶。
逆に俺は、紅茶が苦手。
そんな俺たちだが、俺が刑事になったころは彼と一緒に組んで彼から刑事としてのノウハウを学んだ。
上下関係の難しい警察の中で反発していた俺が唯一頭のあがらなかった男。
どうせ彼の事だから俺に逃げ出す隙を与えないように、居場所の確認をした後で電話を掛けて来たに違いない。
案の定、丁度お湯が沸くころを見計らったようにドアがノックされた。
レベッカがパタパタと廊下を駆けって開けに行く。
「やあレベッカ、もう戻っていたんだね。日本は、どうだった?」
「ええ。叔父様、良い所でしたわ」
玄関の方から彼とレベッカの話声がする。
レベッカは彼の姪。
名前はピーター・クリフォード。
役職はNY市警刑事局の警視で、NY市警時代の俺の相棒であり上司でもあった。
警察を止めて探偵事務所を立ち上げる時に、どうせお前には事務は出来っこないから俺が優秀な事務員を探してきてやると言われ、学歴や給与などの条件を彼に渡して放置していた。
学歴は、最新のアメリカ大学ランキングで100位以内の大学。
給与は、時給20ドル(※2025年1月10日現在で約3,161円)
就業形態は、週3日午前9時から6時までの8時間勤務することとした。
残業代は払わないが、仕事のやり残しは重大な契約違反とした。
アメリカの平均時給は約32ドルだから、時給20ドルはほぼ最低賃金にあたる。
超難関大学出のヤツが最低賃金で働くはずがないし、週3日では稼ぎにならない。
しかも残業代も出ず、仕事を残したままにして帰ると契約違反で即刻クビを切られるとなると幾ら顔の広いピーターが声を掛けても誰も来やしないと高をくくっていたところにやって来たのがレベッカだった。
レベッカはピーターの妹の娘だから、ラストネームが違う。
探偵なのに、その事に全く気付かずに雇ってしまったのが運の尽き。
彼女は仕事を残すどころか、俺くらいがシャカリキに働いたくらいでは仕事時間が余って仕方がないようだ。
「ようマックス!相変わらず元気そうだな。どうだ?もうそろそろ探偵の仕事に飽きて刑事に戻りたい頃じゃないのか?」
廊下でレベッカと話をしていたピーターが現れて俺に声を掛けた。
「よしてくれよピーター、たしかに浮気調査の仕事ばかりでウンザリしているが、面倒な上下関係やマスコミに付け狙われる警察とは違ってノビノビとやらせて貰っているよ」
「そうか、それは良かったな」
平凡で穏やかな口調で彼はそう言ったが、刑事時代に幾度となく見た彼が容疑者を尋問するときの鷹のような鋭い眼差しが俺を捕えていた。
相手の心の中まで覗き見るような目が、俺の瞳孔の奥のもっと奥まで侵入しようとしてきたので俺は助けを求めるようにレベッカに珈琲のおかわりを頼んだ。
「あら叔父様、怖い目。 一体何をしに、いらしたのかしら?」
気の利くレベッカが俺の様子に気付いてピーターを窘めると、彼はいつもの穏やかな眼をして「もう現役ではないから眼力は衰えたよ。今はデスクワークが中心で事務員みたいなものさ」と言ってレベッカに向かって笑ったあと再び俺の方に向き直って言った。
「実はな、今朝……と言っても11時頃だがマンハッタンで事件があってな。通報が入って警察が到着する前に、刑事だと名乗って現場に入った不審人物が居たらしいのだが知らないか?」
「それを何故俺に?」
「死んだアンドリュー・スコットの浮気調査をしていたそうじゃないか。現場を見張っていたんじゃないのか?」
「まさか……いつ何処でどんな風に死んだのか知らないが、俺がヤツを追跡していたのはヤツが浮気相手とホテルに入った所までだ。その写真が撮れるだけで、離婚調停は有利になるからな」
「……そうか? ホテルに入ったとしても出た時間を抑えなきゃ決定的に有利になったとは言えんだろう? ホテルのロビーで相談を受けていたっていう言い逃れは彼の職業柄十分に成り立つ言い訳だぞ。それが分からない君じゃないだろう?」
「よしてくれよ、たとえ分かっていたとしても、凍えるような冬のニューヨークで一晩中見張れる体力なんてもう刑事でもない俺にはないし、だいいち自営業だから残業代も出ないんだぜ。馬鹿らしい」
「そうか、ヤツは白い……ちょうどソコに掛かっているようなコートを着ていたらしいのだが」と言った。
ピーターの眼が、ハンガーに掛かっているミンクのコートに止まっていた。
“ヤバイ!”
監視カメラに顔が映らないようにコートの襟を立てていたのはいいが、彼が来るのが分かっていたのに肝心のコートをしまい忘れていた!
俺は平然を装っていたが、内心は焦っていた。
事務所に掛けてあるミンクのコートは姪であるレベッカの趣味とは違う事くらい知っているはずだし、この寒い日にこの様な高級品のコートを忘れて帰る依頼人も居ないことくらいピーターでなくとも分かる。
要は俺がどんなに巧妙な嘘をついても見抜かれてしまう状況を、放置したまま彼の前に晒してしまったことが最大の問題なのだ。
この餌にありついた彼は、俺にできるだけ多くの嘘をつかせて最後には数々の嘘の一つ一つを暴いていく。
つまり俺はこの時点でピーター・クリフォードの仕掛けたアリ地獄にハマってしまったようなものなのだ。