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【事務員 レベッカ・キャンベル③(Clerk Rebecca Campbell)】

挿絵(By みてみん)

 日本で論文を書き終わり、予定より少し早く帰って来たレベッカは、帰国して真っ先に事務所に立ち寄った。

 先ずここに来て最初に開けた郵便受けに山ほどあった郵便物を取り部屋に入ると、そこには彼女が居ないあいだに散らかし放題にされた部屋があった。

 とりあえず税金や公共料金の未納は俺の職業柄マズいと思い、金庫を開けて支払いに行きその帰りにゴミ袋や清掃用品などを買い事務所に戻ると掃除を始めた。

 玄関から順にリビング、キッチン、バスルームと綺麗にして行き、寝室の掃除に取り掛かってしばらくした時に、床に落ちていたバスタオルを拾い上げたとき急に黒い影が動いて悲鳴を上げたらしい。

 とりあえず寝室の掃除の続きは俺がやることにして、レベッカを休まそうと思った。

 何しろ今朝の便でニューヨークに着いたばかりなのに、俺がダラシナイせいでこんなに頑張らせてしまったのだから。

「少し休んでいろ、後は俺がやる」

「いっ、いえ、私、そんなに疲れていません。こう見えても体力はある方ですし、だ、大丈夫ですから」

「いや、こんな物もあるし」

 俺が床に落ちていたパンツを拾い上げて見せると、レベッカは「キャー‼」と小さな悲鳴を上げ、手で眼鏡を覆いそそくさとキッチンの方に向かった。


 部屋を片付けていると、キッチンの方から小麦の焼ける好い匂いがしてきた。

 “クッキーだ‼”

 やはり思った通り。

 性格には少し抜けた所もあるようだけど、よく気の利くレベッカが買い物に行って清掃用具だけを買って帰るとは思わなかった。

 屹度俺が戻って来ることも考えて、何か珈琲タイムに気の利いた物も買って来るとは思っていたが、まさか手作りとまでは思わなかった。

 なかなか好い子だし、コロンビア大学出の才女だし、将来この子は好い奥さんになるだろう。


 部屋の片づけが終わったころ、レベッカが作っていたクッキーも焼け、2人で珈琲ブレイクをした。

 レベッカの眼がハンガーに掛けてあるコートの方に向く。

「ところでそのミンクのコート、どうしたのですか? ご自分用? それとも誰かにあげるために買ったとか……」

 レベッカが珈琲カップで口を隠すようにしながら上目遣いで俺に聞いた。

 俺は直ぐに答えずに、着てみるか?と彼女に言うと、レベッカは急に顔を真っ赤にして喜びながら席を立ちイソイソとコートに近付いて「本当に着てもいいですか」と念を押す。

 俺がニコニコと笑いながら、いいよと答えると彼女は大切そうにコートをハンガーから外し俺に向かって何故か恥じらいながら「いいって言うまで、アッチ向いていて下さい」と言った。

 俺は、変な奴だなと思いながらも彼女に言われるまま、向こうを向いた。

 何でわざわざコートを着るだけなのにと思ったが、どうやら彼女は着ていた上着を一枚脱いでから着ているらしく、布が擦れるカサカサとした音が妙にエロく感じた。

「いいですよ」

 妙に“おしとやか”な彼女の声がして、振り向くとそこには昨夜俺にこのコートを貸してくれたリズと言う女とは全く異なる姿があった。

 長身のリズに比べると平均身長より少しだけ背の高い程度のレベッカでは、コートの裾から見える脚の長さが全然違うし、肩幅も余ってダルンとしているだけでなく、袖からは手も出ていない。

 その容姿は、まるで極寒の地で暮らすエスキモー!

 頭の中に雪の平原に、長靴を履いて猟銃を肩から下げているレベッカの姿が急に浮かんでしまい俺は大笑いしてしまった。

 “笑う”の語尾が、“った”ではなく、“ってしまった”となるのは、一応これでも彼女には悪いという気持ちがあったからで、笑いを止めなければとも思っていたから。

「えっ、えっ、オカシイですか? に、似合わない⁉?」

 俺に笑われて戸惑うレベッカの姿が、また最高に愛くるしくて更に笑いが止まらなくなる。

 いわゆる“笑いのスイッチが入ってしまった”と言うヤツ。


 ようやく笑いが止まってくれた時、コートは既にハンガーに掛けられ、レベッカは俺に背中を向けてシンクで洗い物をしていた。

 非常に気まずい状況。

 俺のしたことは厳罰に値する。

 傷ついたレベッカの心を思うと、謝って済むような問題でもないが、それ以外に何もできない俺はレベッカの背中に向けて「ゴメン」と一言謝った。

 少し沈黙の時間を置いて、彼女は「いいの。だってマックスと私では身長が大分違うんですもの」と言ってくれた。

 俺のじゃないと言おうとしたとき、レベッカに聞かれた事にマダ答えていなかったのを思い出し、夜中の張り込み中に俺と同じくらいの背の高い女が貸してくれたことを話すとレベッカは「どんな人⁉」と明るい表情でテーブルに身を乗り出すようにして聞いてきた。

 俺が金髪の髪の長い超絶美女だと答えると、レベッカはいきなり「あーっ、しまった‼」と言って髪を掻くように頭を抱えた。

 その様子を見て、初めて気付いた。

「あれっ、オマエもしかして髪を切った?」

「そーなの。日本のヘアーサロンで美容師さんに相談したら、思い切って髪を短くして見ればってアドバイスしてもらったから……でも、駄目みたい」

 レベッカが少し落ち込んだように言った。

 何の相談をしたのか分からないが、俺は彼女を励ますためにこう言った。

「君は頭が良い上に気立ても良い。元々美人だから髪型や化粧が変わったからと言って、そうそう何かが変わるもんじゃない。もし君に好きな男が居て、その男が君の気持に気付かなかったとしたら俺がそいつのケツを思いっきり蹴っ飛ばしてやるから連れて来い!」と。

 なのにレベッカは浮かない顔をして「うん」とだけ気怠そうに返事をした。

 “こりゃあ重症だな……”

 そう思ったとき、俺の携帯が鳴った。

 “なんだ?今時分”

 ポケットから携帯を取り出したとき、画面に表示されている名前を見て嫌な予感がした。

 “まいったな……一体何の用事だ?”

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― 新着の感想 ―
 華々しく事件が起こって、そして主人公の身の回りの状況説明、テクニックが凄いですよねえ。  そして魅力的な登場人物、読む方はすっかり夢中になってしまいます。    あ~あレベッカちゃんの想い届かず。 …
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