【ハユンから得た情報②(Information obtained from Hayun)】
死んだパウラ・フェルナンデスはマリアと名乗り、昔この店で働いていた。
やはり俺の予想は当たっていた。
そうなると、コッチも怪しい。
ハユンと話をしているとき、俺の携帯が鳴る。
電話ではなく、これは予め仕組んで置いたこと。
ハユンの目が俺の携帯に移ったのを確認して、俺は勿体ぶってテーブルに置いていた携帯電話を手に取った。
「失礼」と言って、一瞬だけ着信相手の画像表示が見えるように携帯を耳に持って行き席を離れて店の隅に行き携帯で話をしているフリをする。
フリをしながら、時々ハユンの表情を探ると、彼女は少し……いや、表には出さないが、かなり動揺している様子が見て取れた。
“やはり、この画像の女に心当たりがあったか”
俺は通話を終えて携帯をポケットに仕舞う前、もう一度着信画像にした女の顔を見た。
黒い艶やかな長い髪にスーッと伸びた鼻とカリブ海の底に潜む黒真珠のような怪しい輝きを放つ黒い瞳、スリムだがメリハリのあるゴージャスなボディー。
少し褐色を帯びた皮膚が、ヒスパニック系独特のセクシーな雰囲気を強調している、いわゆるフェロモンがムンムン香る女。
年齢は32だが、それよりも5歳以上は若く見える。
そう。
その画像の女は、ダイアナ・スコット。
今回の事件に俺が関わる発端となった、夫の浮気調査の依頼人。
俺が席に戻ると、ハユンは手で口元を隠すようにして呟くように小さく言った。
「いまの電話の女って、フローレンスじゃないの? ヒスパニック系の少し褐色の肌でフェロモン多めの……」
「フローレンス?」
「黒髪でスタイルがよくて……そう!バカな男が直ぐ騙されそうな悪女よ」
「バ、バカな男⁉ あ、悪女??」
「もう一回見せて!」
そう言うとハユンは、俺のポケットから携帯を抜き取って画面を開いた。
まるで手慣れた本職のスリのような華麗な手さばき。
「おっ、おいチョッと何をする!」
驚いた俺が慌てて声を掛けると、あの2人の用心棒たちがチラッと俺の方を向いて睨んだ。
「やっぱりそうだ。フローレンスに間違いないわ!」
「ちょっと待てよ。その人はフローレンスじゃなくて、ダイアナって名前だぞ」
ダイアナと聞いてハユンは不思議がるが、ダイアナと言う名前にも何やら心当たりがあるらしく小さく何度もダイアナの名前を繰り返す。
カウンターに出てきた店の店長が何故か訝し気な顔をしてコッチを見ていると思ったら、ハユンの後方の天井に設置してある防犯カメラのレンズの向きが、俺が店に来たときよりも僅かに変わっていることに気がついた。
“PTZ型防犯カメラだ!”
(※PTZカメラ:Pan(平行)、Tilt(傾き)、Zoom(拡大縮小)の遠隔操作が可能な防犯カメラ)
この店は、どこかで店に来る客や店員を監視している!
「ヤバくなるから早く返せ!」と言うと、ハユンはハッと我に返ったようにおとなしく携帯を俺に渡した。
ハユンの体が何故だか震えていた。
どうしたのか?と、聞くとハユンは何も答えずにカウンターの方に逃げるように去って行き、それっきり戻ってこなかった。
その後も店に居て彼女を見守っていたが、彼女は普段道理他の客の接待をしていた。
ジムビームのコーラ割りを追加で2杯飲み、閉店間際に店を出る。
いつもツマミも頼まずに店で一番安い酒を呑んで帰る俺が出て行くときに、嫌な目で睨むはずのアノ用心棒2人が居ないことに気付く。
やはり怪しい。
店を出た俺は、先ず自分が誰かにつけられていないか確認するためにその辺を歩いた。
後をつけてくるヤツが居ないことを確認したのち、再び店の見える場所に戻り閉店後にハユンが出て来るのを待っていた。
別にハユンにまだ話があるわけでも、彼女のことをどうこうするつもりはない。
目的は彼女の身を守るため。
あの時の彼女の動揺の仕方や訝し気にコッチを見ていた店長の表情、そして微かに動いていたPTZカメラのレンズ位置、更に閉店を待たずに居なくなった2人の用心棒。
この4つが、俺に彼女の危険を知らせた。
少し待っていると店の看板の明かりが消え、そこからしばらく経つとホステスたちが出てきて、その中にはハユンもいた。
彼女の表情に、さっき俺の前で見せた怯えた表情はなく、同僚たちと笑顔で手を振って別れ、俺は彼女の後をつけた。




