【巧妙に隠されたファイル②(A well-hidden file)】
レベッカのおかげでアンドリューのパソコンに隠されていたチャイナマフィアが経営する店で行われていたであろう悪事を暴き出す手がかりが見つかった。
俺がこのパソコンにあるデーターから最初に見つけ出したのは、彼の業務ファイルにあった訴訟に関するファイル。
訴訟はチャイナマフィア関連の不動産会社を相手にした土地売買に関するトラブルだったが、これはカネで解決するべき問題であり既にお互いが金額面での交渉に入っていて、その調整を行っていたに過ぎないアンドリューの身に殺されるほどの身の危険が及ぶような案件ではない。
むしろ彼の調整によって、物事はよりスマートに収まる方向で進んでいたのだから、彼が殺される理由には結び付きにくい。
だが俺の見立てではアンドリューは、あきらかに何者かによって殺されたのだと思う。
どういう経路で入手できたのかはまだ謎だが、彼がチャイナマフィアの麻薬密売に関する証拠を握っていたと考えれば、殺された理由となる
問題はアンドリューが何処から、この情報を得たのかと言う事。
もしかしたら、彼には協力者が居たのか?
レベッカが見つけ出してくれたアンドリューのパソコンに秘められたデーターに思案を巡らしているとき、遠くから複数台の車が近付いて来ることに気付いた。
おそらくピーター・クリフォード警視が鑑識と刑事たちを引き連れて来たのだと思ったが、万が一ソレがダイアナを連れ去ったチャイナマフィアの連中だったとしたら厄介な事になるから、俺は急いで車を林の向う側にある2本隔てた通りの道に移動させた。
俺一人なら少々危険を冒しても何とかなるだろうし、最悪殺されたとしても俺の死体は十分ヤツ等にとって不利な証拠になり得る。
後はピーターに託すことになるだろうが、彼なら必ず事件を解決に導いてくれるはず。
だがココにはレベッカも居る。
俺が死んでもこの娘だけは守り抜く!なんてカッコいいことを俺は考えない。
俺が考えるのは、レベッカを絶対に危険な目に合わせないこと。
尻尾を巻いて逃げたと言うなら、言えばいい。
この娘を守るためなら俺は恥をもいとわない。
午後4時、車列がダイアナの家のある付近で止まる。
もちろん2本も通りが違うから、チャンと見えやしないから音だけで判断するしかない。
レベッカが「叔父様が来たのですか?」と俺に聞いてきたが、俺は人差し指を1本口元に立てるだけで何も答えなかった。
もしも相手がチャイナマフィアなら、人の気配には敏感になるはずだから様子を見に行くこともなく車の中でジッとしていた。
屹度、ピーターなら俺が居ないことに気がついて電話を掛けてくるはずだと思っていると、案の定マナーモードにしていた携帯が震えた。
「今どこに居る⁉」
「そっちは?」
「オイオイ、質問返しか……まあいい。ダイアナの家の前だ。そっちは?」
「2本裏の道だ」
「ヤケに用心深いじゃないか」
「悪いか?」
「いや、それでいい」
ピーターの言う “それ” が、何を指すのか分からなかったが、悪い気はしなかった。
通話を切って車を移動させ、レベッカを連れてピーターと合流する。
「よう。相棒、お疲れ! 探偵になっても、まだ刑事をやっているんだな」
ピーターとは電話で話していたので今は特に話すことも無いし、だいいち彼は今現場の指揮で忙しい。
鑑識たちがドアを開けて中に侵入する。
そしてその一部始終は、鑑識のカメラ担当が映像に収めている。
ダイアナ本人が連れ去られている前提での家宅捜査のため、この居住区の不動産管理人や近隣の住民立ち合いの元で行われていて、俺も遠巻きに眺めているとビルが来て俺に話しかけた。
ビルは警察の人間だが、捜査関係者は証拠を捏造する恐れがあるため直ぐには入れない。
刑事が入ることが出来るのは、鑑識の仕事が全て終わった後。
だからビルは、いま暇を持て余している。
「丁度いい、聞き込みに行くぞ」
「聞き込みって……もう、済ませているんじゃないのか?」
「バカ、探偵の俺が幾ら聞き込みをしたところで、それは単なる噂話に過ぎない」
「面倒くせえな、いっそまた刑事に戻れば?」
「ごたごた言ってねえで、行くぞ!」
俺はビルを連れて、さっき聞き込みを済ませておいたオバサンの家に向かい、今度は携帯に収めていたグレッグ・メロンの車と彼本人の写真を見せて、よく来ていた人物はコイツかどうか確かめた。
「ああ、そうそうこの車に、この人よ」
オバサンは暇を持て余して周囲の様子を覗き見るのが趣味らしく写真を見るなり、そうだと答えた。
俺の隣にいたビルが、よくそんな写真を持っていたなと、呑気そうに感心して言った。
俺はビルの脇腹を肘で小突いて、オマエの持っている写真も見せるように言うと、ビルは「誰の?」と驚いた顔で言って来たので小声で「ロイドビーチの砂州で死んだヒスパニック系の男の写真だ」と言うと、彼は慌てて携帯からソイツの写真を見せた。
オバサンは男の写真をジッと見て、女の人ならたまに来ていたけれど、この人は知らないと言った。
“女の人⁉”
俺が女の特徴を聞くとオバサンはチョッとコロコロっとした30前後の女性だと答えたので、俺は携帯に収めていたホテルでアンドリューと共に死んだ浮気相手 “パウラ・フェルナンデス” の写真を見せた。
オバサンはしばらく写真を見ていたが、違うと言った。
どこがどう違うのかと聞くと、金髪じゃなくて黒髪のロングヘア―で、もっとキチンとした感じの女性だと答えた。