【事件②(Incident)】
部屋の中には2人の死体があった。
ベッドには女の死体、そしてバスルームにはヤツの死体。
手にニトリルグローブを装着しながら、部屋や死体の状態を確認する。
女の首には、絞められたときに出来るアザがあり、誰が見ても絞殺されたことは明らか。
女の手を持ち、指を見る。
ネイルチップは付けていなくて、マニキュアを塗った爪は5本とも綺麗なまま。
顔に殴られたようなアザも無ければ、足や手に縛られた跡もないことを確認してからバスルームに向かった。
バスルームで死んでいたアンドリュー・スコットはロープをシャワーホルダーに引っ掛けて首を吊った状態で死んでいた。
俺はヤツが着ているワイシャツの袖を捲って腕に傷跡があるか確認し、次に襟を開けて同じ様に傷の有無を確認した後に開けたボタンを元のように掛け直した。
部屋には争った形跡はなく、2人とも衣服は着ていて着衣には左程乱れもない。
状況的にはヤツが女の首を絞めて殺し、その後でバスルームで自殺したように見える。
部屋には特に変わった所は無い。
次にクローゼットに吊るしてある、ヤツが着ていたスーツのポケットを探る。
財布の中にはクレジットカードも現金も残っていて、家の鍵も車の鍵も……少し気になったのはスマートキーのケースに付いているはずの非常用の鉄製の鍵が無かった。
最初から付いていなかったのか、それともどこかで失くしたのか……。
と、ここでさっきまでけたたましく鳴っていたパトカーのサイレンが止みドアが開閉する音がした。
これ以上ここに居ると、厄介なことになる。
俺はもう刑事ではないから。
スマートキーをヤツのポケットに戻し、応援が来たからと偽って慌てて部屋の外に出て、エレベーターに乗り1階に降りる。
エレベーターが1階に着いたときコートの襟を立て、なるべく顔を見られないようにして外に出ると、入れ替わるように大勢の警官たちが乗って来た。
俺はそのままホテルを後にして、ヤツが車を置いた立体駐車場に向かった。
この駐車場は車をエレベーターに乗せて無人で駐車スペースに収納する機械式立体駐車場。
俺は駐車場の入り口を通り過ぎ、建物の裏に回り従業員用のドアから中に入り、立ち入り禁止と書かれたメンテナンス用のドアから駐車スペースに侵入した。
薄暗い中をエレベーターが上下し、車を乗降させるためのパレットが忙しなく常に動き回る中を進みヤツの乗って来た車を探す。
ここに車を預けた客は1階に設置されたパレットに車を駐車すれば後は勝手にエレベーターがパレットごと車を回収するので、実際に人がこのスペースに入り込む必要はないから通路なんてものは存在しない。
構造物としての壁や鉄骨以外のスペースは、全てパレットの通り道。
いま動いていない空のパレットも車の乗っているパレットも、いつ動き出すかは分からない。
ただ動き出す時は駅のホームから電車が発信するような人に対する気遣いなど一切なく、自動車を振り落とさないギリギリのスピードを出して動くため油断していると振り落とされる危険がある。
一旦振り落とされてしまえば、パレットは進行方向に人が転がっていようとも容赦なく移動してくる。
つまり、ひき殺されるってわけだ。
まあ本来メンテナンスで設備を止める時にしか人が入らないことを想定したエリアに勝手に入り込んだわけだから、パレットが移動する音がうるさいとか安全がどうとか言えるわけでもないから用心して進みながらヤツの車を探した。
乗っているパレットが急に動きだしたり、パレットが運び出されて無い所を通過しているときに代わりのパレットが入って来たりと、何度か肝を冷やす場面はあったものの無事にヤツの車を見つけ出すことができて一安心。
持ち主が死んだから、当分この車を乗せたパレットが動き出すようなことはないだろう。
車に取りついた俺は、ピッキングの道具を出す前に先ずボンネットを開けることにした。
スマートキータイプの車はドアやトランクをスマートエントリーやキーレスエントリー以外の方法で解錠しようとしたときには、セキュリティアラーム警告音が鳴る。
これはドアやトランクを開けたときに点灯するライトの配線回路を利用した仕組み。
だがボンネットには、そういった回路はなく殆どの車は運転席の下に付いているレバーを引くとボンネットのロックと繋がっているワイヤーが引かれて開くようになっている。
ボンネットが空くと、ホーンの配線を切った。
ホーンはセキュリティアラーム警告音を鳴る仕組みと連動して音を鳴らすので、この配線を切ることで回路上セキュリティアラームが作動していても、配線が切られているので音はならない。
俺は安心して手袋を着けポケットの中のケースからピッキング用の道具を取り出してドアのピッキングに取り掛かった。
ドアは直ぐに開き、車の中を調べた。
特に目新しいものは無かった。
その後にボストンバッグの中を調べ、ノートパソコンを見つけた。
ノートパソコンに入っているデーターを見るためにはパスワードが必要だが、ここにも抜け道はある。
パスワード無しで中のデーターを取り出す方法、それはハードディスクに直接アクセスする方法。
ハードディスクはドライバーを使って簡単に取り外すことができる。
そして取り出したハードディスクのアダプターと会うUSBアダプターを差し込んで、持ってきた自分のノートパソコンにデーターをコピーするだけ。
データーをコピーし終わったころ、客が来たことに気付き急いで取り外したハードディスクを元に戻しボストンバッグに収め車から離れた。
客と言っても、普通の客ではない。
普通の客が機械式立体駐車場の車庫の中に立ち入ることはない。
つまり怪しい客。
客は2人。
一人は背の高い男で手には長いバールのようなものを持っている。
もう一人は小柄だが体格のいい男で、このコンビが点検や修理をするために入って来た業者とは違うことは顔を隠す目的で目出し帽を被っていることから誰が見ても分かる。
こんな時間にこんな場所に入って来るヤツは、ろくなヤツじゃない。
俺は自動搬送の台車に気をつけながら、2人の様子を窺っていると奴らはアンドリューの車の方に向かいドアの鍵が開いていることに気付くと隠していた銃を取り出し周囲を見渡していた。
俺は関わり合いにならないように2人の姿をカメラに収めて、来たときと同じようにこの厄介なパレットが往来する機械式車庫を後にして、一旦シュガー・ヒルにある事務所に戻ることにした。