【巧妙に隠されたファイル①(A well-hidden file)】
「レベッカ、ノートパソコンのデーターを見てくれ」
「は、はい」
車に戻った俺はピーターたちが来る間、USCPA(米国公認会計士)の資格も持つレベッカにパソコンを見てもらうことにした。
見てもらうのはアンドリューのパソコンから盗み出したデーター。
アンドリューがチャイナマフィアと繋がっていることは、このファイルで分かっているのだが内容が良く分からない。
だから経理に詳しいレベッカに頼んだ。
彼女はファイルを開き数字の文字列を見ると店舗の会計のデーターだと言い、しばらくその数字の列を食い入るように見つめていたと思ったら、急に他のファイルにある会計データーも見始めた。
経理のケの字も知らない俺には分からないが、その真剣な表情から彼女が何かに気付いた事は確かなようだ。
「おかしいところがあるのか?」
「特におかしいところはありませんが……他のデーターに比べてコノ最初に開いたデーターだけ妙に気になるんです」
レベッカが最初に開いたデーターはhideout(隠れ家)、リズが務めているあの店のデーターだった。
どうしてアンドリューが店の会計データーを持っているんだ?
それにレベッカは、なにがおかしいと思うのだろう??
俺は不思議に思いながら、レベッカの作業を見守っていた。
盗み出したアンドリューのノートパソコンのデーターは、機器に搭載されているハードディスクを丸ごとコピーしてあるので、そのデーターは膨大。
そんなに直ぐに核心に迫れるとは思っていなかった。
レベッカの緑の瞳はモニターを真直ぐに見つめている。
体はシートに直角の体勢で微動だにしないが、しなやかで細く美しい彼女の指だけがまるで蜘蛛の巣を整えるクモのように忙しなく動いている。
会計データーなどの数字の羅列が押し込められていたフォルダーのほぼ全てをチェックし、幾つかあった隠しファイルも発見したレベッカだったが、結局 “おかしい” と言う核心に触れることはなかった。
だがレベッカは諦めもせず、その他のフォルダーもチェックして、最後はWindowsのシステムファイルの中までチェックし始めた。
おそらく、そんな所には何もない。
パソコンを扱う者は沢山居るが、Windowsのシステムファイルを見ることなんて普通は無いだろう。
ところがレベッカは、あるファイルを開いたところで急に指を止めた。
画面に映し出されたモノは、アイコンを表す簡単な画像ファイル。
「なにか、おかしいのか?」
「アイコンの画像が微妙に違います」
「そ、そうなのか……」
たまに見かけるようなアイコンだが、正直記憶があいまいで何処がおかしいのかなんて見分けがつかない。
レベッカが、そのファイルを開くとソコに現れたのはhideout(隠れ家)と書かれた、もう一つのファイルがあった。
「同じものが2つ?」
「い、いえ。違います」
数字の羅列の違いは正直分からなかったが、さっき見たファイルと似たような物で、俺には違いは分からなかった。
だが隠されていたと言う事は、なにか隠さなければいけない理由があったに違いない。
「何が違う?」
俺の質問にレベッカは二重帳簿だと答えた。
「二重帳簿⁉」
二重帳簿とは、脱税や粉飾決算などのために作成された帳簿。
「脱税をしていたのか?」
「いえ、これは麻薬の密売に関する利益です」
「麻薬の密売⁉ つまり、あの店は……」
「そうです。Hideoutは単なる喫煙の出来る会員制のバーではなく。その目的は、麻薬の取引をするために使用されていたのだと思います」
「やったなレベッカ! これでチャイナマフィアの陰謀が暴かれたぞ!」
思わぬ発見に有頂天に俺とは違い、レベッカは冷静に言った。
「ただしコレは単なる数字の羅列ですから、彼らの悪事を暴くには、その証拠が必要になります」と。
さすがにあのピーター・クリフォード警視の姪だけの事はある。
しかし麻薬の取引はVIPルームで行われているだろうから、その取引の現場を抑えるのは容易ではない。
まして会員制で一般人が自由に入れる店ではないし、入り口には用心棒も居る。
無理やり踏み込もうとしたら騒ぎになり、密売の証拠は隠されてしまう恐れがあるだろうから、証拠を見つけ出すには慎重に事を運ばなくてはならない。




