【ハユンの証言①(Hayun's testimony)】
レベッカの家で夕食を御馳走になりパパとママから、泊っていくように言われた。
ふとレベッカを見ると、まるで仲の良い友達か親戚の子が泊まりに来た日の子供のようにウキウキとしていた。
愛らしいレベッカの希望は出来るだけ叶えてあげたい。
だが俺には未だしておかなければならない仕事がある。
俺を見て大きな目をキラキラさせているレベッカに申し訳なくて目を泳がせながら、今夜は泊まれない事を両親に伝えた。
レベッカの目のキラキラは一瞬途切れたように見えたが、俺が彼女に向けて手を振ると、またキラキラと大きな目を輝かせながら子供のように大きく手を振ってくれた。
レベッカの家からハーレムのアパートまではハイウェイ95号線を使って20分足らずで着くが、俺の運転するムスタングは一般道をグルグルと当てもなく彷徨った挙句、リーンカーントンネルを潜ってマンハッタンに向かった。
摩天楼を通り抜け、52番街で車を止め、車内で窓も開けずに煙草を1本吹かし、車を降りてリズの居る『hideout(隠れ家)』の扉を開けた。
入り口に居るデコボココンビの用心棒のうち、背の低いほうが居ない。
まさか死んだわけではないだろうが、昨夜の事件のこともあり妙に気になった。
中に入ると、今度はリズが見当たらない。
キョロキョロと辺りを見渡していると、安物の香水の臭いが近付いて来るのが分かった。
「リズなら居ないよ」
客に対して上から目線で声を掛けて来たのは、臭いの張本人、コーリアンのハユン。
「ハユン、リズは休み?」
ハユンの少し棘のある言い方に、リズが辞めたのか休みなのか確認がしたかったので、彼女が答えやすいように彼女の名前を添えて聞いた。
「なんか急用があるってさ。 おかげで、あの子目当ての客は早々に帰っちゃうし……」
辺りを見渡してみると、いつもの半分も客が居ない事に今更気付いた。
「ジムビームのコーラ割りをくれ」
「アイヨ!ジムビームのコーラ割りを2つ」
ハユンは暇だからか、それとも俺が彼女の名前を憶えていたからか、悪態をつかずに機嫌よく安いオーダーをカウンターに伝えた。
しかし2つも頼んだ覚えはないが……。
「アンタもそうだけど、み~んなリズが目当てなんだ」
頼んだ覚えのないほうのジムビームのコーラ割りを一気に飲み干したあと、ハユンが机に突っ伏せてそう言った。
酔ったのか?
まさか酒場のホステスなのに、たかがジムビームのコーラ割り1杯で酔うはずはない。
何か訳がありそうなので、俺はどうしたのかと聞いた。
「いつもそう。いつもそうなの」
「なにが?」
「リズが休みの日は売り上げがガタガタなの。 みんなリズが居ないと分かると、直ぐに帰っちゃうから」
「……」
まあ、それは仕方ないだろうと思った。
ハユンは経営者が中国人なんだから、もっとアジア人の客が来ても良さそうなのに来る客はチェスの駒みたいな人たちばかりだと嘆いていた。
チェスの駒と言う表現は如何なものだろうと思ったが、たしかにアジアは未だソコまで喫煙に厳しくは無さそうだから、こういう風に酒を呑みながら自由に煙草が吸える環境はソレなりに需要はありそうだと思う。
しかしココは会員制をとっているのでNYの喫煙事情を知らずに観光やビジネスで訪れたヤツが気軽に入ることはできない。
つまり経営者が意図する目的は、そういった事ではないと言う事……じゃあ一体、何の目的でこのようなバーを経営しているのだろう?
ハユンがいつの間にか2杯目のジムビームのコーラ割りを注文していて、それを飲み干して3杯目にだらしなく唇をつけながら興味深い話をした。
「前はね、今みたいに私とリズだけじゃなくて、もっとたくさん女の子が居たんだよ」
「ハーレム?」
そう言って俺が聞くと、彼女はエロ版のパイレーツ・オブ・カリビアンみたいだったと言った。
「カリビアン?」
「そう。だって中国人ホステスも居たけど、入れ代わり立ち代わりでカリブの女たちが何人もホステスとして来ていたから」
「その女たちは、どうしていなくなった?」
「さあ、知らない。どうせ男に遊ばれて、どこかに行ったんじゃないの? 変な煙草吸ってたし」
「変な煙草?」
ハユンが言う変な煙草とは麻薬の事だろう。
「君、煙草は?」
「吸わないわ。だって肌に悪いって言うから」
カリブ人、麻薬、中国マフィア、VIPルーム……おそらくココは麻薬の密売に関わる店なのではないだろうか。
そのとき地下の厨房からガシャンと皿が割れる微かな音がした。




