【ゲソ痕(Shoe prints)】
「グレッグ・メロン⁉ そいつは一体何者なんだ?」
「さあ……」
「さあって、そいつをつけていたんじゃないのか?」
「それはそうだが」
グレッグ・メロンが何物なのかと聞かれても、俺自身ハッキリとした答えは見出せない。
ただファミレスで聞こえた会話が気になっただけで、それを言ってしまえば無実のダイアナにまで火の粉が飛んでしまう可能性だってある。
だからコレばかりは死んでも言えない。
「わけが分からん! 一体どういうことだ‼」
俺の煮え切らない返事に苛立ったピーター・クリフォードが、彼にしては珍しく怒りに任せて机を叩いた。
「叔父様! 苛立っては駄目です。いつも仰っていたでしょう、刑事には冷静さと勘が重要だって。 それにグレッグ・メロンと言う人が事件に絡んでいることが分かっただけでも、大変な収穫ではないのですか?」
レベッカが慌ててピーターを窘めると、彼は直ぐに冷静さを取り戻しスマナイと謝り、グレッグ・メロンなる人物は市警でも当たってみると、マックスに礼を言った。
ところでピーターは、何で俺がアノ現場に居たと睨んだのか不思議だった。
現場では雨用のブーツカバーを着けていたし、電話を借りたコンビニエンスストアではパーカーのフードを深くかぶった上にマスクと眼鏡をして入り、しかも車はコンビニの防犯カメラに映らないように大分手前に止めた。
警察に電話を掛ける時も、AIの声色までつかったのに……。
これこそ、敏腕刑事の勘ではないのか?
しかし、勘は大切だけど、あからさまに俺が現場に居たことを決めつけて来たアノ態度は名刑事ピーター・クリフォードらしくない。
勘なら、自分の勘を頼りに、もっと根掘り葉掘り聞いて来るのが彼のスタンスのはず。
きっと何らかの確証を掴んでいたに違いない。
そう思って事情を聞くと、ピーターは「証拠は現場に残っていた、ゲソ痕」だと言って愉快そうに笑った。
ゲソ痕と言っても俺の使っているブーツカバーはソックスのように足底迄カバーするタイプなので、それを知らないピーターが現場に残っていたゲソ痕を見つけたとしても、俺が来ていた事なんて分かるはずもない。
そのことを知っているのは俺の他には、洗濯をしてくれているレベッカしかいないはず。
レベッカに目を向けて、叔父さんにブーツカバーの事を言ったのか確認すると、彼女は微妙に首を横に振ったあと “きっと車のタイヤ痕の事を言っているのだと思う”と、目で教えてくれた。
タイヤかぁ……なるほど、ピーターなら予め俺のムスタングのゲソ痕を取っていたとしてもおかしくはない。
ピーターは帰り際にレベッカを送って帰ると言った。
時間も遅くなったから俺もそうすればいいと促したが、何故かレベッカは未だ用事があると言って叔父さんの誘いを断った。
ピーター・クリフォード警視が帰ると、レベッカが俺に彼が突然にやって来たことや自分の来訪を俺に伝えなかったこと、それに机を叩いて威圧的な態度をしてきたことについて申し訳なさそうに謝って来た。
“レベッカの用事と言うのは、この事だったのか……”
元刑事の俺にとって、刑事が突然やって来ることには何の違和感も無ければ、そのことに対して特別悪い感情も起こらない。
刑事は清廉潔白なヤツの前には先ず現れなくて、ヤバイ気持ちを隠そうとするヤツの前に不意に現れてこそ本物の刑事と言えるもの。
レベッカがピーターの言葉通りに伯父の来訪を俺に伝えなかったのも、彼女にとっての俺たちは気の知れた友達のように思っているのだから仕方がない。
そしてピーターが机を叩いて威圧的な態度を見せたのも、ピーターらしい“お芝居”だ。
尋問は決して感情に流されてはならないが、抑揚のない平穏な雰囲気で話してしまうと、相手の殻を破ることは難しい。
時には相手が思いもしなかった行動をとることで、相手の表情から何かを引き出すことやペースを乱すことも尋問のテクニック。
警視に昇進して容疑者や参考人に対して直接尋問もすることも無くなったヤツにとって、この訪問は過去のピーター・クリフォード刑事に戻れる時間だったのだろう。
超切れ者の敏腕刑事で、俺に刑事としての“いろは”を教えてくれた人物。
俺にとっての先生、いや教授。
その彼が俺を頼って来てくれた上に、自分の弱さをさらけ出してくれたとあっては俺もそう悪い気もしない。
いや、俄然ヤル気が出てきたと言うモノ。
最後の部分は叔父さんのプライドに関わる部分だからレベッカには伝えなかったが、俺がそのことを伝えるとレベッカはホッとしていた。
次回は6月2日月曜日です!




