【砂州①(Sandbar)】
23時30分。
パッパッパッパッパッ、パンパン、パン。
遠くで爆竹の音がした……いや!これは爆竹じゃない‼
横になっていた体を起こし急いで車を北に向けて発信させた。
静かな夜の森、エンジンが唸り声をあげ、タイヤが叫ぶ。
ムスタングが轟音を上げながらあっと言う間に丘を越え、その頂点でほんの少しだけ体を浮かせて今度は下り坂を滑り降りる。
丘を下りきる手前にあるS字カーブに差し掛かる直前、猛スピードで登って来る車のライトが見えたので足をアクセルペダルからブレーキペダルに移して踏み込むとタイヤが白煙を上げた。
エス字カーブを猛スピードで通り抜けるには、どこかのカーブをインカットする必要がある。
つまり反対車線に飛び出すという訳だ。
ある程度減速で来た頃合いを見計らって、ハンドルを右に切り車を安全な路肩にある空き地に止めた。
来るのはアノ背の低い男を助手席に乗せたフォードエクスプローラーだろう……。
タイミングを上手く合わせたわけでもないだろうが、ムスタングのすぐ横を黒い車が通り過ぎて行った。
あのまま走っていれば正面衝突は避けられなかっただろう。
胸をなでおろす間もなく俺は車と、運転している人物を確認した。
車はエクスプローラーではなく、ジルバラード!
そして運転しているのは、背の低い男ではなく、グレッグ・メロン本人‼
“コレは一体、どう言うことなんだ⁉”
ヤツは1人だったはず。
それに対してヤツの後をつけていた背の低い男のグループは、俺が確認できただけでも3人は居た。
マシンガンを持った敵相手に、こんな短時間で決着を付けられるものなのか?
もしそうだとしたらヤツは伝説の狙撃手、白い死神と呼ばれたシモヘイヘ、或いはネットの投稿サイトで読んだ素人小説『グリムリーパー』並みの凄腕!
直ぐにUターンしてグレッグ・メロンのジルバラードを追うか、それとも先に進んで状況を確認するか?
俺は迷わず後者を選んだ。
何があったのか確かめる方が先だし、全員が死んでいるとも限らない。
生きて居るヤツが居れば、何があったのか聞き出すことも出来る。
どーせグレッグ・メロンを追ったところで、ヤツはいずれアパートに戻るはず。
俺は静かにムスタングを発進させた。
丘を降りきりロイドビーチと呼ばれる海岸沿いの一本道に入る。
ここは西のオイスター湾と、東のロイド湾の間に長さ1500フィート(約458m)幅200フィート(約61m)の砂州の上に道路を引いてある。
その砂州の上の道路に入るとレジャーボートがオイスター湾をマンハッタンの方に向かって逃げるように走って行くのが見えた。
ビーチで遊んでいたのか、楽しそうに大声を上げていたが話の内容などは風の音とボートのエンジン音が邪魔して聞き取れない。
彼らにはアノ銃撃の音が耳に届かなかったのだろうか? それとも銃撃音は俺の聞き間違いで、あの音は彼らが遊びで使った花火や爆竹の音だったのだろうか……。
だとしたら何故グレッグ・メロンは泡を食ったように無茶な運転をして来た道を戻り、ヤツを追跡していたはずの背の低い男を乗せたフォードエクスプローラーは何故戻ってこないのだろう?
ほんの少し考えている間に、明確な答えは直ぐに映像として俺の2つの目に届けられた。
23時32分。
緩い左カーブの先。
車線を外れ、路肩に植えてある木に突き刺さるように止まった車。
銃弾で穴の開いたドアや割れた窓硝子。
倒れたまま動かない人影を発見した。
俺は靴にブーツカバーを着けてから車を降りた。
「大丈夫か⁉」
俺は直ぐに車を止めて、一番近くにいた奴に聞いた。
だが彼は何も言わない……いや、言えない。
既に呼吸も脈も止まっている。
動いているのは、ダラダラと流れ出る赤い液体だけ。
運転席にはハンドルを握ったまま、頭を撃ち抜かれた男が項垂れていて、透明なはずのフロントガラスは砕かれて怪しげなルビーの破片に変わっていた。
“連れの男! あの背の低いガタイの良いヤツは何処だ⁉”
俺はオイスター湾と反対方向にあるロイド湾に面した藪の中を探すと、ヤツは水際の藪の中に倒れていた。
ぜんそく患者のようにヒーヒーと抜けるような呼吸が微かに聞こえる。
「おい! 大丈夫か⁉」
俺が肩を揺らすと、もう握力も無いのかヤツの手に引っ掛かっていた拳銃はロイド湾の水溜りにポチャリと落ちた。
「何があった⁉」
ヤツは何か言いたそうに下顎をカクカクと動かしていた。
本当に何か言いたいことがあるのか、それとも既に肺呼吸が出来なくなり下顎呼吸に変わっているのか医者でない俺には分からない。
(※下顎呼吸とは、下顎を動かして空気を食べるように呑み込む呼吸形態で、横隔膜を使った肺呼吸のように吸ったり吐いたりをスムーズに繰り返すことは困難となり肺内部には使用済みの空気が溜まりやすくSPO₂(血中酸素濃度)を上げることは困難となる。そのため下顎呼吸をしている状態から亡くなると最後に肺に溜まり過ぎた空気を抜くために深いため息をつく現象が起こる)
俺はヤツの顔に自分の顔を近付け、何が言いたいのかと聞いた。
だが開いたままのヤツの目は、俺の言葉に何の関心も示すことなくただ目の前にある水溜りに向けられたまま、ただ一言だけ微かな声で「framed」とだけ言うとフーッと溜息をつき息を引き取った。
次回は5月23日金曜日です!




