【グレッグ・メロン②(Greg Mellon)】
21時17分。
しばらく待っているとグレッグ・メロンの部屋の灯りが消えた。
“いよいよ動く!”
ヤツが現れた。
背の高いヤツが、キョロキョロと辺りを見渡してから車に乗り込む。
用心深いと言えば聞こえはいいが、俺にはヤツの不安が読み取れた。
“ただのドライブじゃない”
そんな嫌な予感がした。
21時20分。
ヤツの車が動き出すが、俺は直ぐには追わずにいた。
理由はヤツが何かに怯えている様子であることに気がついたから。
怯えていると言うことは、自分を見張っているかも知れない人物が居ることに心当たりがあると言う事。
もちろん、それは俺ではない。
おそらく辺りを見渡したのは、その対象者への警戒心からだろう。
ただ俺がヤツなら、あんな簡単な確認はしない。
もし自分を付け狙って居るヤツが隠れているとすれば、首を振って見たくらいで見つかるようなヘマなことはしないはずだから。
本当に注意をするならいい加減な注意ではなく、チャンと安全が確認できるくらい注意をはらう必要がある。
グレッグ・メロンの車が動いて1秒半後に、俺の斜め前に停まっていた黒のフォード・エクスプローラーが動いた。
乗って居る人数を確認したとき、助手席の人物に目が留まる。
助手席に居たのは、この前グレッグ・メロンと一緒に居た相棒で、背の低いガタイの良い男だった。
何故かヤツは笑っているように見えた。
後部座席にも最低1人は居たような気がしたが、仲間だと思っていた相棒が追っ手にまわり、しかも不敵な笑みを浮かべている様子を見て何か嫌な予感を感じた。
グレッグ・メロンのジルバラードが1000フィート(約304メートル)先の交差点を左に曲がり、少しおいてフォードエクスプローラーも同じ交差点を左に曲がったところで俺はムスタングに火を入れた。
エクスプローラーが角を曲がってから2秒待って、俺はアクセルペダルに軽く足を乗せる。
ホンの少しだけ足に力を加えると、毎分735立方フィート(20.81キロリットル/秒)のダウンドラフト4バレルキャブからガソリンがV型8気筒7.03リットルのエンジンのシリンダーに噴射され、それを腹に満たして目覚めたBOSS429エンジンが雄叫びを上げた。
強烈なパワーに目覚めたBOSS429の鼓動をゆっくりタイヤへと伝えると、タイヤは待ちくたびれた子供のように少し燥いだあと車体を揺らしながら駆けだした。
背中がシートの背もたれに押し付けられ、発進と言うより、体感的には発射と言う表現が似合う。
闇の中を一直線に進む。
街灯がまるで流れ星のように一瞬で消えていなくなっては、また現れて消える。
俺のムスタングは瞬く間に奴らが曲がった交差点へと達した。
このままアクセルを踏んでいては強烈なテールスライドに見舞われてしまい、事によっては交差点を飛び越えてどこかに行ってしまう可能性もあるので、俺は一旦アクセルペダルへ掛けていた力を抜いた。
強烈な横Gが掛かる中、タイヤを鳴らして奴らに気付かれる事を避けるため、小刻みにハンドルとブレーキそしてギアを操作してタイヤが泣き出さないように落ち着かせる。
上手くタイヤをあやして交差点を曲がり終えたとき、直ぐ目の前には俺より先にグレッグ・メロンを追って動いたエクスプローラーがいて、その前にはグレッグ・メロンのジルバラードがいた。
“もう2秒余分に待った方が良かったかも知れない”
やがてグレッグ・メロンの車は、27号線に乗り東に向かった。
こういった交差点が極端に少ない幹線道路を使ってくれると追跡は楽だ。
少々距離が離れていても見失うことはないし、東向きの道はいまマンハッタンからロングアイランドにある各ベッドタウンに帰宅する車が多く居るから怪しまれる心配もない。
グレッグ・メロンは、こんな時間に何処に行こうとしているのだろう?
トンズラするつもりなのか?
27号線を東に進んで直ぐにJFK国際空港があるが、そこを目指すのか……それとも更に東にあるコミュニティ空港のリパブリック?
それともフランダース港?
東……東と言えば、ここから約70マイル(約113㎞)東には――ダイアナの家がある‼
ガソリンは持つのか⁉
俺は7リットルの大飯食らい、ムスタングの燃料メーターを確認した。
その時、ラジオからカール・オルフの歌曲「カルミナ・ブラーナ」が流れ出した。
「オイオイ、勝手に盛り上げるのはヤメテくれ」
俺はラジオに向かってそう呟いた。
次回は5月16日金曜日です!




