【俺がやらなきゃ誰がやる?②(If I don't do it, who will?)】
“最高にダサい男”私立探偵マックス・ベル
は、
毎週、月金のAM6時00分よりお届けいたします(๑╹◡<๑):.。+゜
新聞を定期購読する人が減ってバイト代が下がったのか、最近新聞配達員はよく変わる。
変わるだけなら何も問題はないが、人が変わるたびに配達時間が遅くなったり、時には配達自体が忘れられていたりして面倒だ。
階段を上り事務所兼住居である部屋のドアに鍵を差そうとしたときに、既に鍵が開いていることに気がついた。
“誰だ?こんな時間から……”
一瞬不審者が侵入したのかと思い警戒するとともに、良い運動、つまりリズの店の用心棒をやっつける予行演習の相手にしてやろうと意気込んだ気持ちを抑えるようにユックリとドアを開け、中から漂って来る好い匂いに溜息をついて口角が上がる。
侵入者に意気込むどころか、中に居るのは俺の癒し系的存在だ。
「レベッカ、今日は講義で来れないんじゃなかったのか?」
テーブルに並べてあった出来立てのパンケーキを一枚つまんで聞くと、彼女は教授の体調不良で講義が中止になったことを告げ、テーブルに置いてあった新聞を広げて読む。
するとレベッカが直ぐに珈琲を淹れてくれ、俺に右手の前に置く。
俺の右手は条件反射的に、彼女がいま淹れてくれたばかりの珈琲カップに指を引っかけて口に運ぶ。
「ああ、旨い」と思わず声が出る。
レベッカの淹れる珈琲は、どんな豆をも凌駕する。
いつも思うが、彼女は本当に好い奥さんになれる。
いつの間にかテーブルに朝食が並べられ、俺たちは一緒に朝食を摂ることにした。
今朝のメニューは、目玉焼きにベーコンとほうれん草のバター炒め、それにたっぷりの野菜サラダとパンケーキ。
スープはスパイスの効いたオニオンスープ。
「野菜、高いだろう?」
「大丈夫よ。自家製だから」
「自家製?」
「趣味で、部屋のベランダで栽培しているの」
彼女の家は、そこそこお金持ちのはず。
なんでも金を払えば手に入る時代だと言うのに、趣味がベランダ菜園とは慎ましい。
これなら好きな男が出来て、そいつが俺みたいな貧乏人だとしてもチャンとやっていける。
レベッカの亭主になる奴が少し羨ましい気がする。
いったいこの娘、どんな男と結婚するんだろう……。
食事前のお祈り。
俺も一応はキリスト教徒の端くれだけど、敬虔な信者かと言えば、そうでもない。
子供の頃に強制的に読まされた聖書だって全然覚えちゃいねえし、自ら進んで教会に通ったこともねえ。
俺が教会に行くのは誰かが結婚した時と、死んだ時くらいなもの。
だがレベッカは、真面目なキリスト教徒だから、食事の前には必ずお祈りを捧げる。
旨そうな食事を前にしていながら、おあずけを食う犬みたいで、これだけがチョッと面倒くせえ。
「ねえねえマックス!」
お祈りが終わり、さあ喰うぞと言う段になったときレベッカが話しかけてきた。
「なに?」
「新聞の事件欄に載っていた “道場破り事件” の記事、もう読んだ?」
「いや。 なにそれ?」
新聞は必ずコミックとスポーツ、お悔やみ欄と読者相談、そして旅行ガイドを読んでから事件事故欄に目を通す。
食事が始まる前はスポーツ欄を読み終わったところだったので、“道場破り事件”なる記事にはまだ行き付いていなかった。
まだ記事を読んでいない俺に、レベッカが記事の内容を教えてくれた。
事件はシカゴで起きた。
喧嘩に自信のある無職の男、少年Aは仲間と共にシカゴでも有名な危険なバーの用心棒に喧嘩を仕掛けた。
目的は用心棒を倒せば、自分がコノ店の用心棒になれると思ったから。
シカゴでも有名な危険なバーなので、ギャラは高いと思ったらしい。
上手く喧嘩を吹っ掛け、用心棒を倒す勢いで暴れていたものの、騒ぎで駆け付けてきた店主が銃を撃ったため少年Aは遭えなくダウン。
幸い命には別状なかったモノの、当たり所が悪ければ死んでしまうところだった。
「お金が欲しかったのは分かるけど、あまりにも短絡的ですよね。アメリカは銃社会なんだから、そんなお店でそんなことをしたら撃たれるかもって思わなかったのかなぁ……」
レベッカはオニオンスープを飲みながらその様に話したが、その言葉を聞かされた俺はショックを受けた。
何しろ昨日リズの店から帰って、何とかあの店に雇われる方法を考えていたときに思いついた俺の作戦と、その事件で撃たれた少年Aの作戦がほぼ同じ発想だったから。
俺は持っていたスープのカップをテーブルに置き、左手で額を抑えた。
「どうしたの⁉ マックス」
俺の様子に気付いたレベッカが慌てて席を立った。
心配して介抱しようとしてくれるレベッカに、俺は最初“めまい”だと偽ったあと、正直に本当の理由を話した。
「理由は違うけど、俺も同じことを考えていた」と。