【浮気調査②(Infidelity Investigation)】
ヤツの車は空港にも向かわずハイウェイにも乗らずマンハッタンに向かい、繁華街にある立体駐車場に入った。
俺も路上に車を止めてヤツが出て来るのを待った。
しばらくすると、ヤツが手ぶらで建物から出てきた。
“スーツケースは置いてきたのか!?”
まあ嘘の出張だから、いちいち重いスーツケースをゴロゴロと引きずって歩くこともないだろう。
ましてこの場所は、ニューヨークの繁華街のど真ん中なのだから。
ヤツはブロードウェイの繁華街に着くと、一軒の店の中に入って行った。
やれやれ、また待ちん坊か……。
店からヤツが出てきた。
ヤツの細長い腕には、太い腕を絡めて抱き着いて歩く女が居た。
女の職業は、小さいながらも貿易関係の会社の社長。
女は金髪の小太りで歳はヤツよりも少し年上に見えた。
グラマーな女だが、ウェストも同じ様にグラマーだ。
歳の割には可愛くて優しそうな顔立ちだが、ヤツのカミさんに比べれば月とスッポンくらい違う。
どうしてあんなに綺麗なカミさんが居るのに、こんな女?
まあ恋愛は人それぞれで、いつまでもグラビアアイドルに憧れているようでは恋愛など出来ないことは30を過ぎれば俺にだってわかる。
こんな商業ビルの中にある店で待ち合わせとは、いかにも用心深いと思った。
なにしろ身を隠すには、人ごみの中が一番だから。
とりあえず証拠の写真を撮って2人のあとをつけると、案の定2人は近くのホテルにしけ込みやがった。
“また待つのか!”
さっさと終わらしてくれよ。と、ヤツが早漏であることを祈る反面、もしこのまま泊まり込みになれば俺は一晩中ヤツ等が情事を終えて清々しい朝を迎えるまでここで見張っていなければならない。
入ったのはホテル……これはヤツの下の事情に限らず、長丁場になりそうだ。
夜通しホテルの前で見張っていると、何人もの女が通り際に俺に声を掛けて行く。
俺ってモテモテ‼
いや違う、声を掛けてくる女たちは金目当てに体を売るコールガールだから、男だったら誰でも構わない。
要は俺が金を持っていて、その女を買うつもりがあるかどうかを尋ねてきているだけなのだ。
だから客の購買意欲を高めるために、このクッソ寒い夜にも係わらず下着のような服装で挑発してくる。
俺も男だから喧嘩同様に“売られた挑発は買ってやる”主義だし、金も少しは持っていた。
どの女も俺の好みではなかったから触手は動かなかったという訳でもなく、それなりに鼻の下を伸ばして目の保養も楽しませてもらった。
しかし今は大事な仕事中で、女たちと遊んでいる間にヤツに逃げられでもすればこのミッションの行方にも左右してしまう。
もしそうなればヤツに対しての離婚が成立した後のお楽しみである依頼人、つまりヤツの元のカミさんであるあのヒスパニック系美女とお付き合いをするという俺の夢まで御破算になってしまう。
だから俺は、ソレなりに冷静に判断をして女たちの誘いを丁重にお断りした。
まあ逃がしたって惜しいと思える女が居なかったって言うのも、理由としては大きいが……。
だが、それから程なくして通りかかった女は違った。
背の高いスラーっとしたアイルランド系の金髪女。
真っ白なミンクのコートの裾から伸びる脚も芸術的に綺麗だし、履いている靴だって良くは知らないがシンデレラが履いているガラスの靴のようにピカピカと輝いている。
どこからどう見ても高級品らしい本物のミンクのコートを羽織り、歩く姿も今まで見てきた女たちのようにダランとした歩き方ではなく、付け入る隙のないキリっとしたまるでモデルのような歩き方。
華奢な白い首の上にある体格に比べると小振りな顔は、大きな薄い色のサングラスをかけて半分は隠されているが、誰がどう見ても直ぐに美人と分かる容姿をしている。
これが噂に聞く超セレブ専門のコールガールなのだろう。
一目見た瞬間に、俺の心は彼女に奪われた気がした。
俺は思わずポケットの中の財布を触り、持ち金が幾らあるかを真剣に考えてた。
現金以外にもクレジットカードだってあるから、一応いま持っている全財産をこの女に掛けても良いと思った。
どう見ても俺なんかを相手にするような安い女じゃないことは分かっていたが、万が一にも訪れるかも知れないチャンスを逃したくなくて。
女が俺に近付いて来る。
俺のような庶民丸出しの男に、向こうから声を掛けて来るレベルの女じゃない。
一か八かコッチから玉砕覚悟で声を掛けてみないとはじまらないとは思いつつも、頭の中でヤツのカミさんと天秤にかける。
いま目の前を通り過ぎたばかりの女に声をかけ、もし向こうがOKを出せばこのミッションは失敗し俺はあのラテン系の美女との万が一のチャンスを失う。
しかし声を掛けなければ、この目の前にあるチャンスさえも失ってしまう。
“どうする⁉”
俺の頭の天秤は、やや通り過ぎて行くミンクのコートの女に傾いた。
そして声をかけて呼び止めるために一歩踏み出したとき、奇跡が起きた。
「アンタ、何してるの?こんな寒い夜中に。宿が無いとか?」
なんとコートの女が立ち止まり、俺に振り向いて声を掛けたのだ!
「い、いや、仕事だ」
なにかカッコいい理由、もしくはセリフを返したかったのだが、いきなりの事に頭の中が真っ白になってしまい正直に言ってしまう。
おまけに言葉をつっかえてしまい、動揺していることを曝け出す大失態!
これじゃあ“ご苦労様、じゃあね!”で終わってしまうが、かといって言い直すことは俺のプライドが許さない。
そして女は言った。
「ご苦労様、じゃあ……」
予想道理の言葉にガックリと肩を落としそうになる。
だが女の話はまだ終わっていなかった。
「コレ貸してあげる」と言う続きがあり、女は今まで着ていた真っ白なミンクのコートを俺の眼の前で脱ぎだすと、そのコートを俺の肩に掛けた。
コートを脱いだ女はスカーレットレッドのタンクトップドレス1枚。
思っていたよりも胸のボリュームがあり、思っていたよりウエストが細く、思っていた以上に俺は自分を失い完全にのぼせていた。
その後に女が何か言ったが、俺は覚えていない。
女が去って正気に戻ったとき、気がつくと手に1枚の紙きれを握っていた。
“なんだコレは……”
紙切れだと思っていたものは名刺で、店の名前や住所と共に女の名前が書かれてあった。
女の名前はLiz、バーのある住所は、どうやらココからそう遠くない場所が書かれてあった。