【依頼主ダイアナ・スコット②(Client: Diana Scott)】
“最高にダサい男”私立探偵マックス・ベル
は、
毎週、月金のAM6時00分よりお届けいたします(๑╹◡<๑):.。+゜
「運転する前に言っておくが、アクセルを急に踏むと、とんでもない事になるから注意してくれ」
「OKマックス! じゃあ行くわよ‼」
レベッカがサイドブレーキを解除して、ギアを1速に入れクラッチを離す。
「アクセルに、注――」
最後まで言い終わる前にタイヤが悲鳴を上げ、背中をシートの背もたれに押し付けられた。
「Wa! Waw‼」
急な加速に驚いたレベッカがアクセルを緩め、俺の方に振り向いて引きつった笑顔を見せる。
「だから言っただろう。それよりチャンと前を向いて」
「オッ、OK‼」
レベッカに運転を任せ、俺は助手席でアンドリューのパソコンからコピーしたデーターを見ていた。
会計関連らしいデーターがその多くを占めているが、正直俺にはチンプンカンプンで分からないから、俺が主にチェックしたのはメールのデーター。
さすがに大手弁護士事務所に所属しているだけあって、多くの依頼人を抱えている。
一つ一つを細かく見ている暇は無かったので、その中で依頼人とのトラブルや依頼人が抱えている重大なトラブル、それに依頼内容のヤバそうな案件を抜き出して手帳に書き込んでいた。
弁護士と言う仕事柄、ヤバそうな奴は何人かいた。
企業の買収や訴訟に関わる案件はまだしも、DV男に車泥棒レイプ犯にクレーマー……アメリカの弁護士は、これ等依頼人から受けた訴訟の裁判で依頼人を勝たせることで初めて高額の報酬を受け取ることができる。
負ければゼロ。
レベッカは俺がノートパソコンを広げて作業をしている間中、一言も話さずに運転に集中していてくれた。
やはり彼女は賢い。
ナビの付いていない車で、しかも普段乗り慣れでいるであろうオートマチックじゃなくて、マニュアルで車格が大きく後方視界の悪い1970年製マスタング・マッハワンをスムーズに運転している適応力には頭が下がる。
ノートパソコンを閉じて、作業が終わったことをレベッカに告げる。
しかし、いつもいいノリで返事をしてくれる彼女からは何の返答もない。
おかしい思ってよく見ると、レベッカはシートの背もたれに背中を着けることなく、まるで第二次世界大線中のドイツ軍の戦闘機乗りのような前傾姿勢をとっていた。
いわゆるハンドルに、しがみ付いているような恰好。
レベッカは今まで事務所に車で来たことが無かったから、彼女が日頃どのような車を運転しているかは分からなくて、俺は勝手にオートマの小型車だとばかり思っていた。
だが、この緊張具合を見て判断すると……。
「レベッカ、話しかけても大丈夫か?」
「……は、はい。少しだけなら」
「君、もしかしてペーパードライバー?」
「……はい」
俺は直ぐに車を路肩に止めさせて、運転を替わった。
約束の30分前には十分到着できそうだったので、マナービルで495号線を降りてイーストポート・マナーロードに入って直ぐの所にあるファーストフード店に入って時間調整をする。
俺はマッシュルーム・ベーコンチーズバーガーのダブルとフライドポテトそれにDrペッパーを、レベッカはオートミールバーとチョコレートミルクを注文して店内で食べることにした。
「レベッカ、君、それだけでいいのか?」
携帯を見ながらチョコレートミルクを飲んでいるレベッカが遠慮しているのではないかと尋ねると、彼女はこれで十分だと言い、そのあと俺がよく食べると言って可笑しそうに笑った。
「ま、まあな。体が資……」
体が資本だからと言いかけたとき、後ろの席に居る客の話声が気になって止めた。
「いい気なもんだぜ、亭主が死んで保険金が入ってリッチになるから、アンタはもう用なしだって。もう来ないでなんて言いやがって」
「捨てられたのか?」
「旦那に満たされないぶんハリキッテやったのに。それによう、アイツが離婚を考えてるって言うから俺も……」
「おい!止せよ、こんな所でみっともないぜ。それにオメーなら、またいい女が寄って来るって」と言って男がポンと男の肩を叩き、2人は席を立ち店の外に出て行く。
2人とも20代後半くらい。
ひとりは背の高いアフリカ系のやせ型で、服装はGパンに派手なジャケットを着ていた。
もうひとりのほうはヒスパニック系で背は低いが、いかにも筋肉質と言う感じで地味な作業服風の恰好をしていた。
2人とも店の外に出ると煙草に火を点け、オフロードタイプに改造され車高が上げられたピックアップトラック『シボレー シルバラード』に乗って出て行った。
残念ながら2人の顔を正面から見る機会はなかったが、車のナンバーだけは覚えておいた。
「怪しいのですか?」とレベッカが、俺の様子を見ていて言った。
「依頼人のダイアナは、身の丈にあって居ない車に手を出す見せかけだけの男は相手にしないだろうから。まあ旦那が死んだってところが気になっただけだ。俺たちもそろそろ出発するぞ」
レベッカはハイと元気に答えて、カップを置いた。
13時丁度に依頼人であるダイアナの家に着く。
道路に車を止め、砂利の敷き詰めてある駐車スペースを通り玄関に向かう。
外から見ると部屋のカーテンは閉まっているようで、中は見えないし物音も聞こえない。
留守なのかと思いながら呼び鈴を鳴らすと、しばらくして静かにドアが開いた。
出てきたダイアナの顔には、いつものような明るさが無く、たった1日で頬がこけて髪の艶もなく、やつれた感じに見えた。
「すみません。こんな時に」
「いえ、大丈夫です。どうぞ中に入ってください」
部屋の中は暗く、空気がどんよりとして重かった。




