【摩天楼の女、リズ②(Liz, the Skyscraper)】
“最高にダサい男”私立探偵マックス・ベル
は、
来週から毎週、月金のAM6時00分よりお届けいたします(๑╹◡<๑):.。+゜
「あら、いらっしゃい」
店内の様子を窺っている俺に近付いてきたのは、俺にコートを貸してくれた背の高い美女リズ。
今日はグレーのワンピースドレスで、大人の落ち着いた中にも少女のような可愛らしさを醸し出すのは彼女ならではの持つ不思議な雰囲気がそうさせるのだろう。
「よくいらして下さいました」
彼女の虜にされていた俺を魔法から解き放すように彼女が言った言葉に、俺はここに来た最初の目的に気付き持っていた紙袋から借りていたミンクのコートを取り出して礼を言った。
「何にします?」
彼女は無造作に手に取ったコートをカウンターの下に置くと俺に注文を聞いた。
ワイルドターキー、ミクターズ、メーカーズマーク、ブラントン ゴールド、フォアローゼズなどの高級なバーボンが並ぶ中、俺が注文したのは安いジムビーム。
「ジムビーム、コーラで」
安い酒を頼んだにもかかわらず、リズの表情は何ら変わることなく「承知しました」とボトルを取りに行った。
曲がザ・ドリフターズの『アンダー・ザ・ボードウォーク』に変った。
俺は曲を聞きながら、この曲の歌詞にあるように“君と楽しく過ごしたい”とリズの後ろ姿を見つめて思っていた。
注文をして出てくるまで、俺は煙草に火をつけて黄昏ていた。
なんでも注文したものが早く出てくるのは好きじゃない。
待つ時間もまた美なり。
こういう時間こそが店の雰囲気とか、連れとの会話を楽しむのに適した時間だと俺は思う。
あいにく今は連れがいないから、この初めての店の雰囲気を楽しむことにした。
何時の間にかジムビームのコーラ割りが届けられていた。
瞑想にふける客の心の中に無駄に踏み込まないのはさすが。
俺はこの一瞬でこの店と彼女のことが好きになった。
もっとも彼女のことは一目見た瞬間から好きになっていたのだが……。
「ナカナカ好い店だね」
俺は彼女がまだ近くにいる間に、何か印象を与えておきたかったのか。ありきたりの言葉で店を褒めた。
彼女は俺のありきたりの言葉に愛想笑顔を向け、ありきたりの言葉でありがとうと言った。
俺の妄想は彼女の言葉に打ち砕かれた気がして、酒を一気にグビっと喉の奥に流し込んだ。
もちろんそれは店を出るための行為だったが、まだ少しの未練が振り払えずに煙草に火を点けたときダニー・ハサウェイがプロデュースした『Basie』に音楽が替わる。
煙草の煙が曲に合わせるように宙を彷徨い、その煙を目で追っているといつの間にカウンターを出たのか隣の席にいたリズの顔と出くわす。
いつの間に来たなんて平凡なセリフは言わないし、他の客はどうするとかダサいセリフも言わない。
もちろん、美女に乾杯なんてキザなセリフも……。
黙ったまま俺はグラスを持ち上げて口に運ぶと、リズも俺に合わせて持っていたショットグラスを上げて赤く甘い香りのする酒を口に運んだ。
ジャックダニエルのシングルバレル。
創業1850年の歴史、そして一つの最上級の樽からのみから瓶詰めされたシングルバレル独特の甘い香りが彼女には良く似合う。
「どうして、その酒を?」と俺が聞くと、彼女は何となく冒険したい気持ちになったからと答えて笑い、俺に同じ質問を投げかけた。
俺は今の自分の身の丈に合っているからだと答えたあと、いつも客にそのような質問をするのかと聞くと、彼女は堅実なのねと言ったあと他の客は自分に気に入られようともっと高級な酒を頼むわと言った。
俺もそうしたかったのは山々だったがワザワザ高い酒を頼んだところで、ソレで気に入るような安い女じゃないだろうと答えると彼女は愉快そうに笑った。
そして、どうしてあんな所にずっと立っていたのかと俺に聞いた。
俺が職業を明かさずに「色々あるさ」とだけ答えると、リズは「もしかして、浮気調査?」と深い大きなブルーの眼を好奇心で輝かせながら聞いてきたので、俺は「まあな」とお茶を濁すように答えた。
なかなか勘が良いと思ったら、更にニュースで見た事件と関係あるのかと聞かれた。
「事件?」
そう言えば俺は今日未だテレビを見ていないから、あの事件がどの様に扱われているのか分からなかった。
アンドリューが自殺の道連れに不倫相手を殺したのか、それとも2人とも何者かの手によって殺されたのか。
俺はリズに事件のことを聞いた。
彼女は密室状態のホテルの部屋で、男女2人の死体があったことがニュースで扱われていたが警察から詳細はまだ発表されていないと言った。
「ねえ、アンタどう思う?」
「何故、俺に聞く?」
「探偵なら、推理は得意でしょう?」
密室ならアンドリューが女を自殺の道連れにしたと考えるのが妥当だが、そうするとあの立体駐車場に侵入してきた2人組は一体なんだ?
奴らは俺が隠れて見ているのも知らずに、アンドリューの車を探していた。
短なる車上荒らしにしてはタイミングが良すぎる。
ピーターは俺にアンドリューの車が車上荒らしにあった事は話さなかったが、まだ気づいていないのか?
それとも、話せない何かがあるのか?
今は証拠が少なすぎるから、いま考えることは無駄なばかりか自分自身に固定観念を植え付けてしまうだけだとは思うが……。
「ねえ、どうしたの?急に怖い顔をして。踊りましょう」
「踊る?」
踊ると言っても、いま流れている曲は『ハニーサックル・ローズ』で、素人が踊れる曲では無かったがリズが指を鳴らすと直ぐに曲はフェードアウトして違う曲に変えられた。
次にかかった曲は『ムーンライト・セレナーデ』
俺はリズの細くしなやかな手に誘われるまま、テーブルにグラスを置いた。