【浮気調査①(Infidelity Investigation)】
俺の名はマックス・ベル。
最高にカッコいい男。
だが、コレは名前だ。
ファーストネームのマックスは最高を意味し、ラストネームのベルはハンサムな男と言う意味がある。
だからコレを続けると最高にハンサムな、つまり最高にカッコいい男になるわけだ。
ニューヨーク市警の敏腕刑事として成らした俺だったが、ある事件でやり過ぎてマスコミを賑わしてしまい、短気を起こして退職した。
退職したあと俺はニューヨークのハーレムの北にあるシュガー・ヒルに小さな事務所を構えて私立探偵をしている。
従業員は俺一人……いや、パートの事務員も居るには居るが、彼女は8月から長期休暇を取って今は日本でホームステイさせてもらいながら論文を書くための勉強をしていていない。
探偵になって初めて気づいたのは、実際の探偵の仕事はドラマや漫画に出て来る探偵とは多く異なる地味で過酷な仕事だと言う事。
特にこの仕事、冬のニューヨークで続けるのは過酷だ。
夕方から夜にかけては、寒さが身に染みる。
寒さに耐えかねてポケットから煙草を取り出して火を点けると、通りかかった中年の男に「どうしてこんな所で煙草を吸うんだ⁉」とキツイ口調で咎められた。
俺はそいつに「Because I Want to Die(死にたいからだ)」と答えると、ヤツは呆れた顔をして去っていった。
摩天楼に覆われた7thとW44stが交差するブロードウェイのど真ん中で、俺は目当ての男が店から出て来るのを待っている。
男の名はアンドリュー・スコット、37歳。
職業は大手弁護士事務所に籍を置く弁護士。
依頼人はヤツのカミさん。
しょうもない浮気調査だ。
依頼人からの情報によると、ヤツは今ここから200マイル(330㎞)離れたワシントンDCに仕事で2泊3日の予定で出張をしているはず。
ヤツの事務所でその事を事前に電話で確認しようとしたが、弁護士と言う職業柄仕事先はたとえ家族であっても教えられないと断られた。
警察手帳を見せれば調査に協力してくれたのだろうが、今は刑事を止めて探偵になっているからそういう特権はない。
だが、この程度のことで諦めていたんじゃ探偵は務まらない。
俺は弁護士事務所の前に居座り、来る人来る人にアンドリュー・スコットに頼みたい用事があると嘘をついて、何人目かの男がやっとヤツが出張ではなく3日間の休暇を取っていることを教えてくれた。
あとはヤツが出張に行くと言って、家を出た所をつけて行けばこのミッションは終わる。
今朝のこと。
俺はまだ日が昇る前からヤツの家の近くに車を止めて待っていた。
車は1969年製のフォードムスタング BOSS 429。
警察に入った頃、スクラップ工場で見つけた代物を修理して今も使っている。
乗り心地は今の車に比べるとかなり悪いが、搭載しているエンジンは競技用の429ボスV8で最高出力600馬力を発揮する代物だが、燃費は最悪と言っていいほど悪く俺の経済事情を逼迫させている。
昼前になりようやくヤツは出てきた。
背は高いがヒョロヒョロのやせ形で、頭はハゲかかっている。
優秀な弁護士らしいが、印象的には弁護士と言うより俺には会計士といった印象の方が強く感じる。
いかにも出張に出るといったボストンバッグに小奇麗なスーツとコートに身を包み、カミさんが自分の行動を疑っていることなど何も知らないように玄関から出る時にキッスを交わして車に乗り込む。
ヤツの事はアホだと思ったが、亭主の浮気を俺に依頼しているくせにその事を微塵も感じさせないカミさんは名女優。
黒い艶やかな長い髪にスーッと伸びた鼻とカリブ海の底に潜む黒真珠のような怪しい輝きを放つ黒い瞳、スリムだがメリハリのあるゴージャスなボディー。
少し褐色を帯びた皮膚が、ヒスパニック系独特のセクシーな雰囲気を強調している。
いわゆるフェロモンがムンムン香る女。
年齢は32だが、それよりも5歳以上は若く見える。
子供はいない。
こんな美人を嫁に貰って、浮気をするヤツの気が知れねえ。
俺が亭主なら、カミさんの浮気の方を心配して探偵に依頼するだろう。
ヤツが出発するのを待って、俺もあとをつけるために車を出す。
元刑事としての俺の勘では、今日この依頼に関して決定的な情報を得ることができるだろう。
そうすればこの浮気調査も終わる。
ただ惜しいのは、あのセクシーなカミさんと会うのは次が最後になるであろうこと。
出来ることなら離婚が成立したあと、これを切っ掛けにお付き合いさせてもらいたいものだ。