【コーネリアの過去(Cornelia's Past)】
夕方にシーナママ、つまりマリアが戻って来た。
「お仕事とか家事とかで大変ね」
「まあ主婦兼業だから、そこはコーネリアさんも、お互い様ね。明日はケントが来るから」
「パパ、お仕事大丈夫なの?」
「シーナの隣で寝るだけだから大丈夫なんだって。ホント男の人って呑気よね」
「そうね」
私は帰り支度をしながら笑った。
シーナとリリアン・ビアンキにしか打ち明けていないけれど、私の元々のジェンダーは男。
元々はアメリカ陸軍の兵器開発局に所属し、陸軍のアバディーン兵器試験場で新兵器の開発主任として働いていた。
私には思春期から抱えている重大な問題があった。
性同一障害。
長い間苦しみ、何度も自殺を試み、ペニスも睾丸も切った。
それでも私の悩みは少しも癒えず、親からもらった大切な自分の体を、自らの手で傷つけた疚しさに苛まれた。
悩みを忘れるために研究に没頭し、上から下から出される様々な新兵器や既存兵器の改良に手腕を発揮した。
だけど物は作り出したり改造したりできるのに、自分自身は一つも変えられなかった。
その心の隙を狙われて、CC(サイボーグ犯罪)にも加担して、自分が開発したある薬剤の成分情報を漏らすと言う愚かなことをしてしまった。
だが結局は利用されただけ。
人生で最悪の時だった。
その私を救ってくれたのが、ジョージ・クラウチ博士。
今のダーリン。
彼の名は、有能な科学者の中ではマッドサイエンティストとして知らない人は居ないほどの有名人だったが、誰もその正体も所在も連絡先も知らない。
その彼が、どういうことか私にコンタクトを取ってきた。
初めは、詐欺なのかと思ったが、やり取りを重ねて行くうちに誠実な人だと分かった。
だけど詐欺師と言うのは、元々そういうワザを持っている。
性転換手術をすることになり呼び出された日に2台の追跡者があったが、彼は私に彼が彼であることをアクション映画のCGの中でしか見たこともない方法を私に伝え、私は2台の車を振り切りことに成功した。
もう死んでも惜しくない命と心を決めて、彼の研究に体を捧げた。
ただし、手術が成功した場合は、男だった頃に私が関与した事件なんて忘れて、国外に逃げて全く新しい人生を過ごすつもりでいた。
しかしジョージの手術は、私の根本を変えた。
にわかには信じ難いかも知れないが、彼は外科手術を行うことなく遺伝子操作のみで私を作り替えたのだ。
だから今の私の体にはワイヤーもシリコンも入っていないし、定期的に女性ホルモンも投与する必要もない。
私が女性として生まれ、30年の時を過ごしてきた状態が今の私なのだそうだ。
にわかには信じられなかった私はコッソリ逃げ出して、病院で精密検査を受けたが何の問題もなかった。
普通の女性。
これで昔の私から逃げられると思った。
ところが、ジョージのもとに帰り、リハビリを受けているうちに徐々に私の考え方そのものが変わっていくことに気付いた。
そのことをジョージに相談すると、女性ホルモンが脳に定着してきた証拠だと言われた。
たしかに言われてみれば、男だった頃の私はイチイチ考え方や体の変化に着いて人に相談したいと思うことはなかった。
ところが今は、素直に相談できるし、自ら相談したいとも思う。
変化はそれだけではなかった。
元々は何もかも忘れて、国外に逃げる予定だったのに、自分が犯した罪の責任を自らの手で償いたいと強く思うようになった。
そして一番大きな変化は、……チョッと恥ずかしいのだけど、甘え上手になったこと。
男の時は、人に甘えるのは恥だと思っていたのに、今では直ぐに甘えてしまう……♡
眠っているシーナに、また明日来ることを告げて、その可愛らしいおでこにキッスをして病室を後にした。
病院を出てマディソンスクエアの方には向かわず、反対のイーストリバーの方に向かった。
ダーリンからの指示通り歩道橋を上りUNIS(国連インターナショナルスクール)に向かう。
この歩道橋の下には述べ11車線もある道路と3つの歩道があり、見渡せる直線距離は優に60mを越える。
しかも、こちら側には警備員も常駐しているので、もし誰かが私をつけていたとしても直ぐに分かるし、巻くことも容易に出来る。
ジョージはいつも待ち合わせ場所を決める際に、こういったスパイごっこ風シチュエーションを設定して私の好奇心を擽る。
もっとも謎多き天才科学者であるジョージ・クラウチに接近したがる輩は多いだろうし、彼はそのために常に居場所を特定されないようにしているのだけれど、妻の私が毎日家を出て病院に行きまた家に戻るなんてことをしているのを知れば、誰だって私をつけて行けばジョージに辿り着けると言うことは分かる。
なのにジョージは、私の好きなようにさせてくれる。
何故なの?
包容力があるのか、それとも他に何か訳があるのか……。
今日の待ち合わせ場所はこの建物の3階にある図書室だけど、歩道橋を上り始めたとき明らかに距離を縮めようと近付いてきた男の3人連れがいた。
久し振りに追跡者のご登場だ。