【リリアン・ビアンキの訪問(A visit from Lillian Bianchi)】
リリアン・ビアンキ。
元CCSニューヨーク支部指令。
シーナが倒れたとき、ほぼ全てに近い肋骨が損傷していてフニャフニャになった彼女に跨って懸命に心臓マッサージを試みたのが彼女。
私にはできなかったと思うし、ビアンキがアノ時ああしていなければ、シーナの今は無かったのだと思う。
彼女は幼い時から才女として育ち、10代の若さで時既に医学博士の称号を手にした天才で、その医学的知識があったからこそできたのだと思う。
しかし彼女は何故か20歳を前にして医学の道から離れ、陸軍に入隊した。
現在27歳の若さで大佐に昇進したばかりだが、軍内部では既に将来の国務長官の椅子が決まっていると噂されているがくらい。
もっとも私は彼女が、アメリカ初の女性大統領になることを密かに願っている。
「じゃあ、あとは宜しくお願いします」
「はい」
こうしてマリアは帰って行った。
ビアンキ……久しぶりだな。
最後にあったのは、私が企画した七夕の願いをする会が最後。
あれからもう2カ月か。
窓の外の空を見上げると、夏の空よりも高い秋の空が見えていた。
「シーナさん、秋になったら一緒に栗拾いに行きたいのですけれど、ご予定はいかが?」
そこまで言うのがやっとだった。
急に胸に悲しさが込み上げて来て、私はそのまま窓の傍に蹲ってしまった。
マリアが言った通り、昼前にビアンキ大佐が来た。
わざわざペンタゴンから来たのだろう、服装は軍服のままだった。
「携帯に電話かけてくれればよかったのに」
「う、うん……だけど、夜携帯に電話するのは失礼かと思って……」
リリアン・ビアンキはスッキリした感じの美人で、能力通りの切れ者感のする顔立ちだが、実はお嬢様育ちの凄くシャイな性格をしている。
「新婚だからと言っても、私たちお互いにそんなに若くないから毎晩愛し合ているわけではないのだから、気にしなくていいのよ。」
私がワザと、あっけらかんと言ったのが悪かったのか、リリアン・ビアンキは少し頬を赤く染め、目を伏せて黙ってしまった。
“メッチャ、うぶい‼”
ビアンキの仕草に、思わず萌える……。
「珈琲にする? それとも紅茶?」
リリアンはその後しばらく口をきいてくれなくて、眠っているシーナの傍に座りジッとその顔を眺めて居るだけだった。
飲み物を聞いたときも、微かに聞こえる程度の声で「珈琲」と呟いただけ。
今にして思えば、ホントこんなにシャイな人が、よくもまあアメリカで一番犯罪の多いこのニューヨークで優秀な司令官として任務を全うできたものだと感心した。
まあ軍服を着ている時は、歳以上にシッカリし過ぎた印象だったから、このプライベートの時の印象とのギャップに少しついていけない。
「ところでどう? ペンタゴンでの仕事は?」
出来上がった珈琲を持ってシーナの傍のテーブルに置く。
「大丈夫、何ともない」
素っ気ない返事を返しながら、リリアンは持ってきた鞄の中からゴソゴソと紙袋に入った何かを取り出していた。
「なに?」
私が覗き込もうとすると、ほんの少しだけ隠すようにしたあと、諦めたのか思い直したのか少し間を開けたあと紙袋の中から青いモールの着いた針金で口を止めたセロファンの袋を取り出した。
「まあっ!クッキー!?」
「シーナが初めて私のアパートに来てくれた時に、一緒に焼いたから」
「あー……それで、持って来てくれたのね。ありがとう。私も食べていいかしら?」
「そのつもりで、持ってきた」
シーナの前にも珈琲とクッキーを置いて、目が覚めたらいつでも食べることが出来るようにしておいた。
もっとも意識不明の状態では、食道に流動食を入れるバイパスを通しているので、直ぐに動いて食事を摂ることは出来ないのだが、コレは気持ちの問題。
「で、何の用事? 話があるんでしょう?」
「うん。実はアメリカを離れることになった」
「離れる? なんで??」
「駐在武官に任命された」
「あらっ、出世コースじゃない。で、勿論受けたんでしょうね!?」
なんとなく、シーナがこんな時だからと言って断りそうな人だから、心配になって聞いた。
「ああ受けた。しかし、コノ任務は、政治的にコネを作るような甘いモノじゃないから受けたんだ。じゃなかったらシーナがこんな時に、こんな話を受けるはずがない」
やっぱり。
でも、シーナさんがこんな時にリリアンの目を海外に向かわせることって……「もしかしてメガスーツの件ね!」
「そう。シーナはよくやってくれたけど、我々が本格的な捜査を始める前に、アダム・クラインと関係のあったアジアのクライアントは帰ってしまっていた」
「じゃあ、そいつたちを追って大陸に?」
「いいや、日本だ」
「アダム・クラインがコンタクトを取っていたのは、日本人だったの!?」
「いいや、大陸の方だけど」
「じゃあ何故ヤツ等は。身の安全が保障される大陸に戻らずに、日本に居るの?」
「おそらくそれは、彼らの目的が、メガスーツの開発だからじゃないのか……」
日本は世界でもトップレベルのスパイ天国。
これは日本政府が中国やロシアに気兼ねして、いまだにスパイ防止法の制定を躊躇っているから。
しかも日本の企業は金さえ出せば、何でも売ってくれる。
開発を進めたり強豪開発者を探したりすることが目的ならば、中国に帰るより基礎技術のレベルが格上の日本に居る方が都合が良い。
その昔、当時のソビエトが軍事利用目的だと薄々知りながら、大手造船所は洋上で大型船舶の修理が可能な“浮きドック”を受注し納品したし、北朝鮮は核兵器に欠かせない高性能遠心分離機を日本の大手商社経由で同じ日本の企業から輸入している。
ロシアのウクライナ侵略の時もロシアに西側諸国と同等な経済制裁をしていながら、ロシアにドローン用の超小型航空機用エンジンを輸出していた。
いずれの場合も、企業に落ち度はあったものの、最終的な輸出入の管理は国が行っているのだから、これ等はみな日本政府がワザと気付かない振りをして通した疑いもある。
しかも大陸に戻ってしまうと、調達できる部材には技術的な制約もあるが、日本なら何でも手に入る。
つまりそれだけ日本は悪者にとって、パラダイスな環境だということ。
おまけに、上手く騙すことが出来たら、日本の企業が勝手に作ってくれる事だって有り得る。
「それで、私に話とは?」
まさか、その間シーナを頼むとか、お別れの会の幹事になってくれと言った用事でワザワザ来たわけではないだろう。
「いま話した通りだ」
「?……ひょっとして、そのことを伝えるためにわざわざペンタゴンから戻って来たの!?」
「そうだけど」
なるほどコノ天然系の性格は、いかにもシーナとの相性が良さそうな気がするのは私だけではないはず。