【珈琲から始まる思考(Thinking that begins with coffee)】
病院を変えるのはどうだろう?
ニューヨークではなく、どこか違う所。
例えばネバダ州レイチェに在る空軍のエリア51のように非常に機密性の高い施設なら、奴らが近付こうと思ってもナカナカ近付くことは出来ないし、仮に奴らに目をつけられたとしても基地の飛行場からヘリコプターなどで飛んで帰れば追っ手をまくことは容易い。
我ながら良いアイディアだと思ったが、ダーリンから “それが上手くいくのは最初の数回だけだ” と言われた。
航空機で帰ることは直ぐに奴らに分かってしまい奴らも航空機を使っておって来ることになるし、人間や自動車とは違い圧倒的に数の少ない航空機ではソモソモ何かに紛れ込んで姿を隠してしまうことは出来にくく、そのうえ着陸したモノを回収するのに時間が掛かり過ぎるし毎回乗り捨てて帰るにしても着陸場所や着陸態勢に入ってから実際に着陸してエンジンを切るまでの時間が長くかかるので直ぐに場所が特定されてしまう。
シーナを一旦死んだことにしてしまえば、話は早い。
死んだことにすれば、シーナ自身が存在しないので、どこに居ても場所を特定されることはない。
例えば両親の家で引き取ったとしても、既に死んでいるはずなので敵に怪しまれることはない。
けれども精神が生死の間を彷徨っている今の段階で、そんな縁起の悪い事をお願いするのは家族の心情を考えると在り得ない。
もし万が一、それで本当にシーナの脳波が途絶えてしまえば、取り返しのつかないことになってしまうし不吉すぎる。
話は思った以上に長引き、やがてお互いの意見も少なくなり、とうとう言葉の流れも止まってしまった。
「一旦珈琲を入れましょうか」
私は気持ちを切り替えるために、珈琲ブレイクを提案した。
「ああ、すまんな」
ダーリンもブレイクに同意してくれて、椅子に座ったまま大きく手を上げて背伸びをした。
まるで受験勉強中にママから夜食を提供された子供みたい。
滅茶苦茶素直!
なのに何故世間はダーリン……つまりジョージ・クラウチ博士の事を、 “気の難しいマッドサイエンティスト” と呼んで敬遠するのだろう? もっとも、世間を遠ざけているのはダーリンの方なのだけど……。
私の入れた珈琲を美味しそうに飲むダーリンを眺めながら、私も珈琲カップを顔に近付ける。
暗い闇のような液体から甘くて苦い香りが立ち上がり、その香りは時として、好奇心を擽るように心を囃し立て、また時として深く心を落ち着かせ思慮深い行動を促し、或いは底知れぬ眠りや脱力感から人を救ったと思えば、逆に眠りに導くこともある。
珈琲は不思議だ。
「はぁ~生きていて良かった」
黒い液体をゴクリと喉の奥に通したあと、無意識にその喉を通り抜けたモノとは逆方向に向かって声が漏れた。
「んっ!?」
ダーリンが私の声に、反応する。
「なに?」
「コーネリア、今何と言った?」
ダーリンが私に聞いた。
私は一瞬何のことか分からず、脳内で時を巻き戻す。
「珈琲を飲んで……い、生きていて、良かった。と、言いましたが……」
「……」
私の言葉を聞いて、何故か驚いたようにダーリンの時が止まった。
その姿はまるでメドゥーサの魔力により、石化されてしまった冒険家。
いや、ひょっとしたら体のどこかが悪くてそう見えるのかもしてないと、一瞬遅れて私は慌てて珈琲カップを置いてダーリンの傍に駆け寄る。
「大丈夫ですか!? どこか痛いところでも」
近寄った途端、私はダーリンに抱き上げられた。
「あっ、な、なにをなさるんです。こ、腰を痛めてしまいますわ!」
私の制止する言葉も耳に届かないのか、ダーリンは私を持ち上げたまま可愛い小さな子にそうするようにクルクルと回した。
「ど、どうしたのです? こ、腰を痛めます!」
「ハハハ、やはりコーネリア、君も天才じゃ!」
何のことかサッパリ分からなくて、何の事なのか聞くとダーリンは “シーナを生かすのだ‼” と言って私を降ろした。
「シーナさんは生きているわ。ただ意識が戻らないだけ」
分かり切ったことを、つい口に出して言った。
「それを生かすんだ! 元のシーナのように、車を壊したり、悪人をぶっ飛ばしたりする、あのおてんば娘に‼」
滅茶苦茶嬉しそうに言うダーリンに戸惑うばかり。
だって、シーナさんがこうなった時に “命と魂は、科学の力ではどうすることもできない” と言って一番落ち込んでいたのはダーリンだったのに、それを今更急に治すだなんて。
ひょっとして治療する良い方法を思いついたのかと聞いたときだけ、ダーリンは一瞬暗い顔をして首を横に振ったが、その直ぐあとに希望に満ちた目を子供のように輝かせて言った。
「ワシの生涯で最高を作ってみせる。コーネリアも協力してくれ」と。
もちろんダーリンの提案だから私は賛成した。
ただし一つだけお願いしたことがある。
それは、新しく作るシーナの行動を、今眠っている本物のシーナに伝えてあげること。
ダーリンはポカンとして、それが何の役に立つのだ? と、私に聞いたので私はただ分からないとだけ答えた。
「では始めましょう! “善は急げ” です」
ハリキッテいる私の手を取りダーリンは言った。
「“慌てる者は、貰いが少ない” とも言うぞ」
「腰、大丈夫なの?」
「先ずは、そっちの方から試してみないとな」
そう言うとダーリンは私の腰に手を回し、自分の方に引き付けた。
「♡」