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第2話 修行。

「オレは……」

「起きましたか、スケダ君」

「……院、長」


 スケダが目覚めると、そこは孤児院の医務室だった。質素な部屋で、家具は医療道具用の棚とベッドしかない。

 横になったまま目を動かし、スケダは院長を見る。


「スケダ君。君は庭で倒れたのですよ。意識ははっきりしていますか?」

「……うん。平気だぜ」


 院長は微笑んで頷く。

 黄金の長い髪に赤と青のオッドアイを持つ美貌の男性。質素な黒服を纏い首から銀の十字架を下げている。若々しく、年齢不詳の孤児院長が静かに佇んでいた。


「それは何より。軽い熱はあるようですが風邪ではないようです。今日は職業診断で疲れたのでしょう。ゆっくり休んでください」

「……」


 知恵熱。

 そんな言葉が浮かんだ。急に多くの情報を取り込み、脳が追い付かない段階で考えすぎて頭が疲れてしまったのだろう。そもそもスケダ少年はあまりモノを考えない夢見がちボーイだったのだ。お子様に大人知識を放り込んだら倒れもする。しかし、既に決めたことは決めた。


「院長。オレ、院長に言わなきゃいけねえことがあるんだ」

「? スケダ君がですか。聞きましょう」

「ありがと。……オレ、無職なんだ」

「……それは知っています」

「無職だけど、職業選べるんだ」

「…………どういうことでしょうか?」


 微笑を困惑に変えた院長へ、つらつらと現状を説明する。

 前世、チート、職業選択の自由、浮浪者の未来、ダンジョン攻略栄光チヤホヤ。


 スケダ自身もわかっていることは少ないので、短い時間で話は終わった。院長は静かに目を伏せ、数秒考え込む。


「――なるほど。事情はわかりました。多くの検証が必要です。しかしスケダ君、君は良い選択をしましたね」

「お、おお。信じてくれるのか……」

「ふふ、何を言っているのですか。子を信じない親はいませんよ」


 柔らかな微笑が少年の心に温かみをもたらす。

 「やっぱ信じててよかったわ。俺が女なら惚れてたね」と前世の自分が言っている幻影を見る。調子の良い過去だ。けれど、過去の自分の言うこともなんとなくわかる。


 院長はやはり院長だった。これが悪魔だなんて信じられない。天使の間違いじゃなかろうか。


「スケダ君の言う通り、良からぬ輩に知られれば能力を奪われる可能性はあります。その点、私ならば問題なく君を鍛えることができるでしょう。その程度の力は持っているつもりです。……ですがスケダ君、私は君に一つ残酷な事実を告げなければなりません」

「い、いいぜ。なんでも言ってくれよ」

「……わかりました。スケダ君、君の能力は他者に公開できない……つまり君はギルドに正式登録できません。スケダ君がダンジョンを攻略し周囲からチヤホヤされる未来はありえません」

「…………マジかよ」


 院長の言葉はとんでもない威力を秘めていた。

 スケダの世界が歪む。未来が閉ざされ、夢が手の届かないところへ行ってしまう。少年は泣いた。そして寝込んだ。

 

 ――二日後。

 

 院長からの衝撃波を受け泣き寝入りしたスケダだが、割り切ってポジティブに進められるのも少年の長所だ。前世のダイスケは「俺は二週間引きずるぜ」と豪語しているが一切誇らしくない。少年は過去を無視した。


 夢の一つは儚く散ったが、まだ強くなるという希望は残っている。

 元気と気合を取り戻し、再度院長を訪ね「オレは強くなりてぇ!!」と叫ぶ。周りの大人がギョッとしていたが無視。院長は、「いいでしょう」と頷き、その晩スケダを外に連れ出した。


「スケダ君。ここがどこだかわかりますか?」

「はは。どこって孤児院だろ?わかる……ぜ……?」


 小粋なジョークに笑ってみせて、途中で真顔になる。

 孤児院のだだっ広い訓練場兼中庭は、気が付いたら円形のコロッセオになっていた。


「……院長、ここはどこだ?」

「ふむ……どうやら以前のスケダ君よりずいぶんと冷静になったようですね」

「え? いやはは、ヘヘヘ、だろ? オレ冷静だぜ!」

「単純なところは変わらないようですね」

「……ちくしょう。"単純"を褒め言葉だと思ってた頃に戻りたいぜ」

「ふふ。ええ、私も過去を懐かしむことがあるからわかりますよ。――さて、改めてスケダ君。ここは魔界です」

「マカイ……あ、魔界か!」


 魔界。

 普段スケダが暮らす世界とは異なる次元に存在する空間で、魔界の他にも天界や龍界、霊界等たくさんある。多くの種族が暮らすダンチでは割とポピュラーな空間だ。


「スケダ君も知っている通り、魔界は私たち悪魔が統治しています。ここは"悪魔王"である私の領地です」

「す、すげえ……」


 微笑む院長に尊敬の眼差しを送る。

 院長は悪魔だ。それも悪魔階級上から数えた方が早い悪魔王。七人の悪魔王の上には悪魔大王二人と悪魔皇帝が一人いるだけ。階級だけで強さを計れはしないが、それでも目安にはなる。単純に、スケダの目前にいるオッドアイの院長は魔界で十指に入る実力者ということになる。それはそれとしてオッドアイはカッコいいなと思うスケダだ。


「ここならばどれだけ暴れても他人に迷惑がかかることはありません。スケダ君の能力が余人の目に触れることもないでしょう」

「おう! 安心だな!」

「ええ。――それでは一度、職業を選んでみてください」

「おう!」


 ステータスを出し、指で触って選んでみる。選ぶのはわかりやすく最初にあった「剣士」だ。


【職業:無職(剣士レベル1)】


「ほう」

「ど、どうだ院長。オレ、変わった?」

「あまり変わっていませんが、体力と運動力に補正がかかっているようです。問題はきちんとレベルが上がるかですね。試してみましょう」

「え? おう! なんでもこい………よ?」

「私が召喚した下級眷属を相手にしてもらいましょう。怪我は治しますから気にしないでください」


 言外に絶対怪我するからね、と言ってくる院長にスケダは頬を引きつらせる。

 少年の目前、コロッセオの中央には人間サイズの蝙蝠が多数現れていた。言うまでもなくここで言う人間サイズは大人を基準としている。


「うおおお!院長!院――いねえ! どこに!?っていた! 観客席かよ!!」

「検証と同時にある程度の強さも手に入れましょう。スケダ君、君は強くなりたいのでしょう?」

「――」


 言われ、逃げ腰だった自分を戒める。

 そうだ。オレは強くなりたい。チート頼りだろうがチヤホヤされなかろうが、胸を張ってダンジョン探索者を名乗れるようになりたい。無職でもダンジョンを攻略できるんだと、オレを馬鹿にした奴ら全員見返してやりたい!!


「――わかったぜ院長。オレは強くなる。強くなって…………――なんとかしてやっぱりチヤホヤされる!!」

「……ふふ、ええ。動機は阿呆のスケダ君らしいですが、とても良い返事です。頑張ってくださいね」

「おう! おう? 院長何か変なことをうぎゃあああ!急に寄ってくんな! でかいし風強えしうるせえしこええ!! ていうか剣!オレ剣士なのに剣ねえけど!?あああああ!! 院長助けてくれえええええ!!!」


 先の啖呵はなんだったのか。必死の形相で逃げ惑うスケダに院長は薄く笑う。

 無職と聞いてただ憐憫と同情を持っただけだった。それがなんだ。スケダは諦めず前だけを見て走り出している。"ちーと"とやらの詳細は不明だが、本当に職業を好きなだけ選べるとしたならば可能性は無限大だ。それこそ今の院長自身、「種族:悪魔王」「職業:悪魔人王」を超えて世界の頂に立てるかもしれない。


「……期待していますよ、スケダ君」


 ぎゃあぎゃあ叫んでいるスケダに微笑みながら、院長は小さくエールを送る。悪魔王の穏やかな日常に、新しい風が吹き始めていた。

 それはそれとして、応援はしても限界ギリギリまで一切スケダの手助けをしない院長であった。まさに悪魔そのもの。否、悪魔王その人である。


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