お気の毒様
「メアリー・ドースキン子爵令嬢、私は君との婚約を破棄する!」
ここが乙女ゲームの世界と気付いたのは、入学式の前日。そのゲームは編入してきたヒロインを王太子殿下の婚約者を中心とした攻略対象者の婚約者がいじめるが、卒業パーティーで婚約破棄され断罪されるというもの。
両親や兄は「王太子殿下の婚約者の伯爵令嬢とお近づきになれれば」と期待しているけれど、王太子殿下の婚約者ということを笠に着て威張り散らす女とお近づきになんかなりたくないし、何より私はゲームには出てこなかった。画面に出ていたとしてもその他大勢の顔だけだと思う。思うではなく、絶対、その他大勢のはず。両親や兄には悪いけどお近づきになるつもりは微塵もない。「高みの見物!」とたかを括っていた。
なのに、なのに、私は王太子殿下の婚約者のメアリー様とお近づきどころか王太子殿下公認の友人になってしまっていた。
ことの経緯はこうだ。
その日、入学してからしばらく経った頃、私は帰りの馬車を待っていた。学園内では平等という建前だけど、それは建前で迎えの馬車なんかは身分の高い家が優先になってしまう。子爵家の我が家はかなり後だ。私は自分の番が来るまで学園の庭を散歩していた。
茂みの向こうで言い争う声が聞こえてきた。言い争うというより、一方的に一人を責めているよう。「伯爵家のくせに」とか「ブタの親戚」とか随分とひどい言葉を投げつけている。声からすると公爵令嬢のプリシラ様の取り巻きみたい。公爵家の威光を笠に着て結構ひどいこと言ってる。なんか知らないけれど、巻き込まれないようにこの場を離れた方が良さそう。
そう思って向きを変えようとした時だ。「キャ」と悲鳴が上がり、茂みを突き抜けて私の方に人が倒れてきた。その人は私にぶつかり、一緒に倒れ込んだ。
「痛たたた、、、足捻っちゃったわ。
あなた、茂みを突き抜けたみたいだけど大丈夫?」
私は思わず声をかけた。こちらに人がいると思わなかったのか、向こうでは「まずいわ、人がいたみたい。早く帰りましょう」と声があがる。どうやら彼女を突き飛ばしたようね。人がいて困るようなことをするな。茂みの向こうの人達が走って行く気配がした。
「ありがとうございます。ぶつかってごめんなさい。
あの、あなたは、、、」
そう言って立ち上がった令嬢の姿を見て、自分の鈍さを呪った。
薄い茶色の髪、紫色の瞳。そして何より貴族令嬢としては珍しいポッチャリ体型。この方は王太子殿下のご婚約者のメアリー様!なんで「ブタの親戚」と聞いた時に気づいて急いでこの場を立ち去らなかったのかしら。
まずいわ、関わることなんてないと思っていたのに。関われば断罪劇に巻き込まれかねないもの。でも、今なら間に合うわよね。さっさと逃げよう。足痛いけど、そんなことを言っている場合ではない!
そう思って向こうに行こうとした時、「メアリー、大丈夫か?」と声がした。見れば、一人の男子生徒がこちらに走ってくる。その後ろには護衛と思われる男性二人。王宮騎士の制服を着ている。あれは、王太子殿下!
「お互い大層な怪我がなくてようございました。私はこれで。ご機嫌よう。」
「あ、お待ちになって!」
「君、待ちたまえ。」
そう後ろで声が聞こえたけれど、私は痛む足を引きずりながら馬車乗り場に一目散に走って行った。
危なかったわ。一切の関わりを持たないようにしなければ。どんなことで断罪劇に巻き込まれてしまうかわからないもの。メアリー様とは一緒のクラスだったわね。でも、私の容姿は平凡だし、入学してからそんなに経ってないし、口も聞いたことないし、席も離れてたし、きっと覚えてないわ。と言うより記憶に残らないモブ顔。お母様、平凡なモブ顔に産んでくれてありがとう。この時ほどこの顔に感謝したことはない。そう思ったのに、メアリー様は私のことをしっかり覚えていた。
家に帰って自室でだらしなく寛いでいると、メイドが部屋に来た。お父様が客間に来るように言っているらしい。それも正装して。
私は今日は疲れたの。とんでもない場面に出くわしちゃったし。ぶつかられて倒れた時に足を捻って捻挫しちゃったし。それを押して走ってしまったから、さらに腫れて痛くて動けないの。なのに正装なんてできるわけないじゃない。意味わかんない。用事があるならお父様がくればいいじゃない。いつもは来るなと言っても来るくせに、足を捻って痛いときには来ないなんて、どんな天邪鬼なの?
私はそう言ってダラダラを続けようとしたけれど、いつもなら「旦那様にそう伝えますね」と言うメイドなのに「早く客間へ」と顔はまっ青だ。そのうち、お兄様まで来た。こちらも真っ青。
「お兄様、何があったの?」
「王太子殿下とご婚約者のバーレット伯爵令嬢がいらっしゃっている。バーレット伯爵令嬢、顔に絆創膏貼ってて、手も包帯巻いている。
お前、何したんだ?」
なんでメアリー様と王太子殿下が我が家に?もしかして私がメアリー様を引き倒したと勘違いされたのかしら?それで抗議に?どうしよう。なんとかして誤解を解かなくては。木端貴族の我が家なんか、お取り潰しになっちゃう。
お兄様に肩を貸してもらいながら重い足取りと気持ちで客間に向かう。客間に入ると「殿下、あの方ですわ」と言うメアリー様の声が聞こえた。その声を聞いた王太子殿下は立ち上がり、私の方へ来た。絆創膏と包帯だらけのメアリー様も一緒だ。
私の前に立った王太子殿下は
「メアリー・ドースキン子爵令嬢、このハンカチは君の物だね?」
と、一枚のハンカチを取り出した。それはM.Dと刺繍がしてある私のハンカチだった。
「あ、あの、その、、、」
その文字だけなら、それが当てはまる人は何人もいる。でも、そのハンカチは両親が入学祝いに贈ってくれたもので、我が家の紋章も刺繍してあった。
王太子殿下はいきなり私の手を掴んだ。ああ、私がメアリー様を突き飛ばしたと誤解されていて、この場で断罪されてしまう!これからのことを考えると涙が出てくる。けれど、王太子殿下から出たのは全く違う言葉だった。
「メアリーを助けてくれて、礼を言う。メアリーの家は伯爵家で、私の婚約者の家としてはいささか身分が低い。それで嫌がらせをする者もいる。また、逆に私の婚約者ということで近づき、それを利用しようとする者も。
そんな連中も多いのに、怪我をしたのに、名乗りもせず去っていくなんて、なんて奥ゆかしいんだ。」
そう言っている。違います、巻き込まれたくないから逃げたんです。
メアリー様も目に涙を浮かべている。
「ええ、本当に。とにかくどんな小さなことでも恩に着せようとする人もいるのに、ハンカチもこれ見よがしに渡すのではなく、そっと置いていってくださいましたわ。
大袈裟になってしまい、恩に着せまいとする心遣いを無駄にしてしまうから私だけ参りましたが、両親もとても感謝しています。」
と言った。王太子殿下が来るのはいいのか?伯爵夫妻が来るより大袈裟だと思うが。そして、メアリー様も違います。ハンカチは慌てて落としただけです。二人ともすごい勘違いをしている。
さらに王太子殿下は勘違いからとんでもないことを言い出した。
「こんな素晴らしい人物がいたなんて。是非、メアリーと友人になってもらいたいんだ。名前も一緒だし。運命だ。」
それ、関係ない。メアリーなんてよくある名前。運命も迷惑している。
「私からもお願いします。」
しかし、王太子殿下にそう言われては断れるわけがない。私は王太子殿下公認のメアリー様の友人になってしまった。両親は小躍りどころか、大踊りして喜んでいたけれど。
それからしばらくは私は断罪劇に巻き込まれることを心配して、学校に行くのが苦痛だった。けれど、そんなことはおこりそうになかった。学校では王太子殿下はメアリー様に対して素っ気ない態度を取られているので、メアリー様のことが好きではないのだと誤解している人がたくさんいるけれど、そんなことはない。私がそう判断した理由はちょっと人には言えないことが多いけど、ゲームと違ってかなり執着している。他の人に見向きをするとは思えない。王太子殿下についている王宮騎士は護衛というより、王太子殿下がメアリー様に何かしでかさないかの見張りのよう。学生なのに何かあれば困るものね。断罪劇はないけれど、違うことに巻き込まれそうで怖い。
話が逸れたわ、元に戻して。メアリー様ご自身も王太子殿下の婚約者ということを鼻にかけて周りをいじめたりはしないし、大変親切。けれどそれを「人気取り」と悪くいう人もいる。特に王太子殿下の婚約者になり得る身分の令嬢は気に入らないみたい。「本当なら私が!」という思いもあるのかな?それで高位貴族の令嬢にいじめられていることが多い。特に公爵令嬢のプリシラ様とその取り巻きがよくいじめている。
私もメアリー様の友人なので一緒にいじめられた。まあ、いじめると言っても、所詮良家の子女。悪口を言ったり、無視したり、ワザとぶつかったり程度。あとは物を隠したり(すぐに出てきたり、見つかる。やる気あるのか?)とか。度重なれば腹も立つけど、そこまで実害があるわけじゃないし無視していた。それより、あんなにメアリー様に執着している王太子殿下がこのイジメに素知らぬ顔をしていることの方が怖かった。後から知ったのだけれど、王太子殿下はメアリー様に誰がどんなことをしたのか記録させており、卒業後、それなりにお咎めがあったみたい。
これではメアリー様の断罪劇は起こりそうにないわね。むしろプリシラ様の方がそれを諌めている婚約者に婚約破棄されちゃうんじゃないかしら?
私はこのまま何事もなく卒業出来ると思っていた。ゲームではヒロインが編入したのは希少な光魔法を持っていたからだけど、この世界には魔法なんてないし。平民であるヒロインが編入する理由も資格もないもの。
それなのに、ゲームの強制力なのかヒロインが編入してきた。美人でスタイルもいい。今迄平民だったけれど、男爵家に養女にきたらしい。なんで養女になったのかわからない。級友は気になるみたいだけれど、私は彼女に興味がないのでどうでもいい。まあ、多分、男爵がメイドか何かに手をつけて産ませた子で奥方が亡くなったから家に迎えたんじゃないかしら?
ヒロインであるマーガレットは前世の記憶がないのか編入後、王太子殿下や宰相の子息などの高位貴族には近づかなかった。これではマーガレットに誰も嫉妬しないから断罪劇など起こりようがないわね、と安心していた。そこに私の油断があった。子爵や男爵などの現実的に彼女の結婚相手になり得る人物に近づいていることに気づいていなかった。
その日、私の婚約者を含む男子生徒数人がマーガレットと楽しそうに廊下で話しているのを見かけた。私には見せたことない楽しそうな顔をしている。両家の事業を円滑に行うために親同士の決めた婚約なので好きとかいう感情はないけれど、婚約者が楽しそうに他の女性と話すのは不快なことに変わりない。
私は帰りの馬車の順番を待っている間、学園の庭のベンチで一人ボケーとしていた。向こうにマーガレットが歩いているのが見える。あの女、なんで攻略対象者ではない男子生徒にばかり話しかけるんだろう?
「ヒロインのマーガレットはなんで私の婚約者に近づくのかしら。ゲームの対象者でもないのに。」
それは声に出ていたようで、
「はあ?アンタも記憶あんの?」と近くまで来ていたマーガレットに言われてしまった。
しまった、と思ったけれど、後の祭り。なので言ってやった。
「なんで私の婚約者に粉かけるのよ。攻略対象者じゃないでしょ。」
「バカじゃないの?元平民の男爵の娘が王太子とかと結婚できるわけないじゃない。良くて愛人よ。
アンタの婚約者、男爵の娘の私の結婚相手には現実的でちょうどいいのよ。裕福な子爵家の嫡男だし、一番ね。」
こう言い返されてしまった。
その会話で私に宣戦布告したつもりなのか、あからさまに婚約者に近づいてきた。そしていまや婚約者はすっかりヒロインの虜。
ああ、今日も話しかけてる。それも腕に絡みついて。婚約者も婚約者だ、鼻の下を伸ばして。嫉妬とかはないけれど、野次馬にコソコソと噂されるのは辛い。
「ご機嫌よう。随分と楽しそうですわね。なんのお話をなさっているのかしら?」
「ああ、メアリー、マーガレット嬢は王太子殿下のご婚約者であるメアリー・バーレット伯爵令嬢のお茶会に出席したいそうだよ。君は令嬢と仲良しだろう、呼んでくれるように頼んでもらえないかな。」
私が彼女のことをよく思っていないことを知っているのに、婚約者が言うことか?
この男はバカだ。婚約した時から薄々感じていたが、今では確信している。彼女がメアリー様にとって有益な人物ならまだしも絶対そうではない。なのに、ゲストの分際で「あの人も招いて」なんて言えるわけない。そんなマナー違反を婚約者にさせてどうする。そんな婚約者を持つアンタも礼儀知らずと思われるんだぞ。国王陛下や王妃殿下にも気に入られている未来の王太子妃メアリー様に対してのマナー違反なんぞしたら、貴族社会で爪弾きものだ。
だいたい、メアリー様は彼女と親しくなりたいと思っていないだろうし、婚約者である王太子殿下も異性に親しげに、というより馴れ馴れしく身体にベタベタ触る彼女のことはよく思っていないのに。そんなお願い、できるわけがない。
他にも私が到底きくことができないお願いを次々としてくる。一番馬鹿なお願いは「教科書を忘れていて授業で困るから貸してやって欲しい」だ。私が断ると婚約者は私がマーガレットが元平民だから意地悪で貸してやらないんだ、と言ってきた。マーガレットとは同じクラスなんだから私も授業で使うっての!これには王太子殿下もメアリー様も呆れていた。
婚約者が私を蔑ろにするのが学校だけならまだしも、夜会などもマーガレットと出ている。私のエスコートは断ったくせに!頭にくる!
もう、婚約破棄したい。でも、我が家の事業と利害関係があるから婚約したわけだし、難しいかも。それでも私は自分の置かれている状況や思いを両親に話した。私の家だけでなく婚約者の家でも、さすがに夜会の件は問題視していたようだけれど互いの事業のこともあるし、「学生時代の自由恋愛なんてよくあること」と、卒業までは「婚約はそのままで」ということになった。娘の気持ちより家の事業の方が大事なんかい⁈まあ、木端貴族といえど貴族だから個人より家が大事なのは仕方ないか、、、
それに「とりあえず婚約はそのまま」とは婚約者に対する執行猶予の意味合いもある。卒業までに改善されればそのまま結婚。今のままでいけば婚約者有責で婚約解消。それなりの慰謝料を払うことになる。普通は態度を改めるなりするけど、バカなコイツはそのままだった。最近は外泊までしているらしい。本当、もうヤダ!
卒業式は無事に済んだ。そして、卒業式後のパーティー。やはりあのバカはマーガレットをエスコートしてきた。私はメアリー様のそばにいたし、向こうも私に挨拶すらしてこない。お互い存在を無視。そのまま無視していればいいのに、バカなコイツはやらかした。冒頭の場面だ。
側にマーガレットを置き、私を指差す。
「メアリー・ドースキン子爵令嬢、私は君との婚約を破棄する。理由は君が一番知っているだろう。
そして、マーガレット・ローレル男爵令嬢と新たに婚約する。マーガレットこそ、次期子爵である私の伴侶に相応しい。」
王族レベルでもない子爵ごときが、こんなところでそんな個人的なことを発表するな。それでも婚約発表ならまだしも、婚約破棄なんてめでたい卒業パーティーに水を差す気か?
バカなコイツだが取り柄はある。無駄に声がいい。今日も惚れ惚れするようないい声だけど、言っていることは最低だし、この場でドヤ顔でいうことでもない。そして、人を指差すな!マナー違反だ。
呆れて無言の私。勝ち誇ったような顔をしているマーガレット。
「ショックのあまり声も出ないのかしら?
婚約破棄されて、お気の毒様。」
ショックではなく、あまりのマナー違反ぶりに呆れてるだけ。関わりたくないだけ。
「ご婚約おめでとうございます。
理由は私だけでなく、我が家もそちらのお家も承知ですわ。
それより、結局、昨夜は家にお帰りにならなかったんですか?」
私の発言に会場がざわつく。みんな外泊の理由が想像できたからね。ニヤニヤしている人もいるし。
ちょっとたじろぐ婚約者。私がこんな場所でそんな指摘をするなんて思ってなかったみたいね。非常識なバカに常識的な対応しても無駄だから、非常識には非常識で対抗することにしたわけ。
一応このような展開になることを見越して、王太子殿下には場を白けさせるよう非常識な応答があるかもしれないことは話して、許可は得てある。
「君は想像力豊かなんだな。非凡な想像力だ。小説でも書くつもりかい?もしそうなら、私とメアリーに最初に読む栄誉を与えてくれるかな?
けれどもそれはメアリー嬢の思い過ごしだよ。そんな非常識なマナー違反をする人間がいるとは思えないが。」
殿下の予想、見事に外れてます。
「そ、それは君には関係ないことだろう。
まあ、両家の両親とも理由を知っているなら、君は納得するしかないだろうな。」
「そうよ。彼がどこで何をしようとあなたには関係ないことでしょう?
自分が婚約破棄されたのにお祝いを言うなんて、ショックのあまり、頭がおかしくなったのかしら?それとも、行いを反省したのかしら?」
「行いの反省?」
「そうだ。君は嫉妬や元平民という差別意識から、いつもマーガレット嬢に嫌がらせや虐めをしてきたからな。
そんな理由で婚約破棄された君は修道院に行くしかないだろう。気の毒だが、自分の行いが引き起こしたことだ。」
一人で、もとい、マーガレットと二人で納得して頷いている。
随分と自分に都合の良い妄想をしているのね。この男、昨夜の話し合いの内容を知らないのでは?
「あの、昨夜の話し合いのこと、お父様である子爵からお聞きになってます?」
「いや、聞いていない。
しかし話し合いは今後のことだろう?私も参加するように言われたが、事業のことはまだよくわからない私が話し合いに参加しても仕方ないからな。
ああ、そのことか。事業のことは君個人のことと分けて考えているから心配はいらない。君の家との取引は続けるつもりだ。」
いや、そんなことは考えていない。事業のことは昨夜の話し合いで解決済み。それに我が家はアンタの家と取引なくてもそこまで困らない。困るのはそっち。今考えているのは、卒業パーティーというおめでたい場にそぐわないこの非常識な会話をどうしようかということ。王太子殿下には「場を白けさせるような非常識な応答があるかも」と話していたけど、私も起こるとは思っていなかった。念の為、用心の為に話しただけ。けれど、現実に起こってしまった。無礼だけれど、王太子殿下の方をチラッと見ると、王太子殿下は軽く頷いた。このまま非常識な応答を続けても良いということね。
両家の話し合いをこんなところで披露するのはどうかと思うけれど、どうせ近日中には社交界中に広まるのだから一緒のこと、と開き直ってみた。
「子爵令息、先程私との婚約を破棄すると仰いましたが、私との婚約は破棄できませんよ。」
「フン!」
コイツ、バカのくせに鼻で笑いやがった!
「『貴族の結婚は当主の許可がいる、婚約破棄もそうだ』と言いたいのだろうが、今朝、父上にあった時に『君との婚約を破棄し、マーガレットと婚約する』と報告したが、『わかった』と言われた。
君との婚約破棄もマーガレットとの婚約も当主である父上は承知ということだ。」
父親の子爵には会った、でも何も言われなかった。可哀想に、もう匙を投げられたんだね。
「私との婚約を破棄ができないのはですね、昨夜既に私との婚約は貴方有責で解消されたからです。既に解消された婚約を破棄はできませんよ。それと私との婚約を解消した貴方は廃嫡。」
「そんな、、、君の家で今後のことを話し合うとは聞いていたが、そんなことを話し合うなんて聞いてないぞ。事業のことじゃなかったのか?」
ホンマもんのバカですか?今迄の状況、散々親に注意されていたでしょう。そんな状況で婚約者の家で今後のことを話し合うから一緒に来るように言われれば、何の話か想像できるでしょう。他にどんな「今後のこと」があるんですか。事業のことだけなら、まだ事業に参画していない私やアンタは出席しないでしょうよ。
何かに気づいたらしく、バカにしたように婚約者は話し始めた。
「嘘は止めるんだ。我が家は男子は私ひとり。私を廃嫡すれば家が途絶えてしまう。婚約破棄されたはらいせ、苦し紛れに私の廃嫡などという嘘を言うなんて見苦しいぞ。」
ああ、本当にバカだ。家の継承なんて、基本中の基本。
「この国では王宮の裁可があれば女子でも爵位を継げます。今朝申請をして、既に裁可もおりています。
貴方有責での婚約解消、廃嫡。貴方の妹君を新たな嫡子にし、私の弟を婿養子に迎えて子爵位を継がせること。それが我が家と事業を続ける条件です。」
その言葉に元婚約者とマーガレットは愕然としていた。
当然だよね。廃嫡されれば実家の冷飯食いだし、あれだけ派手に、マナー違反というかマナー知らずの婚約発表?をしたマーガレットはあのバカと婚約破棄しても、まともな縁談はないものね。そのまま結婚して同じ冷飯食いになるしかない。
先程の言葉、そっくりアンタに返すわ。
「お気の毒様」