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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

不人気の支援魔術師はいらないと魔術大学をクビになったが、出世した元教え子たちに担がれ最強と呼ばれるようになった件

作者: 苗原一

本作の連載版を書きました!

1話から色々違いますがよろしければ読んでいただけると嬉しいです!

https://ncode.syosetu.com/n9997ia/

↑このURLをコピペして飛んでいただくか、

↓ページの下のほうにある『魔術大学をクビになった支援魔術師』をクリックして読めます!

「トール、この答案の添削を頼む」


 大学の石造りの廊下を歩いていると、若い男が書類の山を手渡してきた。炎魔術を教える教授だ。


「ま、待て。自分の生徒の答案だろ」

「俺はお前と違って忙しいんだ。じゃあ、頼むぞ」


 そう言って教授は去っていく。


 冒険者をやめて十年。


 俺トール・フォルラーデは、ずっとこのヴェレン魔術大学の講師として支援魔術を教えてきた。


 同期が教授や准教授に昇進する中いまだに助教授にもなれない。こうして他の先生たちの雑用や庶務という立場に落ち着いている。

 

 不本意ではあるが、不服ではないし、不思議でもない。


 支援魔術は不人気ゆえに学びたいという生徒が少ないのだ。


 人や道具、時には魔術自体にさえも──魔力を宿すものになら、何にでもかけることができる支援魔術。


 例えば人の動きを速くしたり、逆に敵を遅くしたり、とても便利な魔術だ。剣に火を纏わせたり、疲労を軽減する魔法をかけることだってできる、とても素晴らしい魔法なのだ。


 だが、世間の評価は違う。


 魔物との戦いにおいて同じ魔力を消費するなら、支援魔術で他人の攻撃力を上げるよりは、直接攻撃魔術を繰り出したほうが敵を早く倒せる。


 個々の弱点を補うという点では有用だが、魔術によって作られた装備やアイテムで代用が効く。


 だから、皆が思うのだ。なんで他人のお守りなんてしなきゃいかんのか、と。


 つまり──


 そもそも魔術大学でというより、世界的に支援魔術は不人気なのだ。


 ……まだ、支援魔術の講義が残っているほうが不思議なぐらいなんだよなあ。


 今日も俺の講義には、一人の女子生徒しか出席しなかった。


 というか、今年度来てくれるのはこの子だけだ。とても真面目な子なので俺の講義も出てくれているのだろう。放課後もずっと質問してくるし本当に熱心な子だ。


 俺個人としては嬉しいのだが、毎年数人しか講義に来てくれない現状は受け止めなければいけない。今年はついに一人になってしまったのだから!


「トール先生。これ頼む」

「派手に汚したんで校庭の整備、お願いします」


 大学の廊下を歩いていたら、教員たちが次々と俺に仕事を投げてくる。


 同期のみならず年下の教授には雑用でこき使われ、生徒たちには笑いの種にされる──そろそろ退職を考えたほうがいいか。


 とはいえ大学を辞めたとして、支援魔術しか使えない三十の男なぞどこも雇ってはくれまい……


「はあ……」


 校庭に着いた俺の口からは自然とため息が漏れた。


 しかし、そんなため息を打ち消すように鋭い舌打ちが響く。


 音が聞こえたのは校舎裏。急いで向かうと、そこには複数の男子生徒と壁に追い込まれた女生徒がいた。


「レイナ君──」


 底が見えない度の厚い眼鏡、ブカブカのローブ。ボサボサの亜麻色の髪をおさげにして、おしゃれには全く興味がないといった風貌の女生徒……


 この女生徒こそ今も唯一俺の講義を受けてくれている──レイナ・レグニッツだ。


 そんなレイナが、下卑た笑いを浮かべる男子生徒たちに囲まれていた。


 恰幅のいい男子生徒が大声を上げる。


「なんだその態度は!? この俺がお前を誘ってんだぞ!? お前、俺が誰か知っているのか!?」


 この男子生徒はたしかギベルドといったか。

 炎魔術を教える教授が絶賛していた将来有望な生徒だ。


 だが、この状況は鈍い俺にも分かる。


 告白──ギベルドはレイナに振られてしまったのだ。


 そのショックでギベルドは乱暴な言動をしているのだろう。悲しいね。


 気持ちは分からないでもないが、乱暴はダメだ。


 レンズが厚い眼鏡のせいでレイナの表情を窺うことはできないが、怖がっているに違いない。


「君たち、何をしているんだ」


 一同視線を向けてくる。


 一瞬はっとした顔のギベルドたち。しかし、俺の顔を見るなり小馬鹿にするような顔を向けてきた。


「誰かと思えば支援魔術のトールじゃん! 驚いて損したわあ」

「何? 俺たちに何か用あるの?」


 ギベルドたちは威圧するように睨んでくる。


「彼女が嫌がっている。どいてやってくれないか?」


 先ほどとは音色の違う舌打ちをギベルドが響かせる。


「あぁん? お前さ、俺が誰か知っているわけ?」

「ギベルド君だろ。攻撃魔術だけでなく武術も強いんだってね」

「へっ。そこまで知ってりゃ分かるだろ……俺は帝国のザクスベルグ伯爵の子だ!!」

「知っているよ。だけど、この大学では生まれは関係ない。ヴェレン魔術大学は帝国から高度な自治権を与えられている。国や生まれに関係になく学ぶことができる。君が伯爵家の子だからなんだというんだ?」


 そう答えるとギベルドはニッと笑う。


「お前みたいなことを言う教授や生徒がいたよ……だが、ザクスベルグ伯爵家がこの大学にいくら援助してるか知ってるだろ?」

「……そうなの? 俺ヒラでとてもそんなこと」


 純粋に知らない。

 だけどギベルドの自信満々な言い方からして、きっと多くの教授や生徒が知っているのだろう。


 俺が疎いだけだな……


 一人消沈していると、ギベルドは再び舌打ちする。


「面倒くせえやつだな……ともかく、さっさと失せな」

「そういうわけにはいかない。学則で乱暴は許してはいけないんでね」


 ギベルドは顔を真っ赤にして言う。


「ヒラ講師ごときが逆らいやがって……勇者アレンのパーティーにいたとかなんとか知らねえが、お荷物の支援魔術師は引っ込んでろ!!」


 そう言ってギベルドは腕を振りかぶる。


「──【加速】」


 俺は自身に体の動きを向上させる支援魔術を放つ。


 が、ギベルドは力任せといった感じで避けるのは容易い。


 正直、支援魔術はいらなかったな。


 ギベルドは眉間にしわを寄せる。


「てめえ……! ゴミはゴミらしく、殴られやがれ!」


 ぶんぶんと拳を振るうギベルドだが当たらない。


 まあまだ相手は十代半ばの子供だ。俺がそのぐらいのときはすでに冒険者として戦っていたが、戦いに不慣れでもおかしくない年齢だ。


「はあ、はあ……」


 攻撃をやめ息を切らすギベルド。

 体力もありそうだ。


「俺ならいくらでも拳闘の訓練付き合うよ。どうせやることないし」

「──てめえ!! ぶっころしてやる!!」


 親切心で言ったつもりだが……火に油を注いでしまったらしい。

 ギベルドは今度は手のひらを向け、炎を宿してきた。


「ぎ、ギベルドさん、まずいっすよ!! 駄目だ、聞こえていない!」

「ギベルドさんの炎魔術は大学でも一、二を争う強力な魔術なのに……このままじゃ校舎まで」


 動揺する男子生徒たちだが、魔力の量からしてギベルドも加減をしているのは違いない。


「気にするな、ギベルド君。俺が許可する」

「黙れぇえええええ!!」


 叫びを上げ、ギベルドは噂に違わぬ極大の炎魔術を放ってきた。


「素晴らしい……だが──【遅延】、【水纏】」


 俺は両手を前に向けた。


 ──まずは炎の勢いを削ぐ。


 炎魔術に【遅延】をかけ速度を落とさせ、かつ【水纏】で水を纏わせ炎の威力を殺した。


「あ、あれ?」


 瞬く間に消えてしまった火に、生徒たちは皆、目を丸くする。


「気にするなと言っただろ? もっと本気でも大丈夫だ!」

「お、お前ええええええ!!!!」


 威勢のいい叫びと共にギベルドは次々と爆炎を放ってくる。俺は同じように、炎魔法を無力化していく。


「その意気だ!! どんどん撃ってくれ!!」


 そして支援魔術って案外役に立つんだなって思ってくれれば……


 ──ギベルドが俺の講義に参加してくれるかもしれない!!


 そう期待して一分ぐらい。


 ギベルドは攻撃をやめ、顔を青ざめさせていた。


「お、俺の炎魔術が……帝国最強になると言われた俺の炎魔術が……まったく歯が立たねえだと?」

「驚くことはない。水魔術は炎魔術に有利だからね……でも、実は秘密があって、支援魔術と組み合わせればさらに有利に戦える」


 だからと俺は続ける。


「ギベルド君、一度でいいから支援魔術の講義に来てみないか……!?」


 手を差し伸べ勧誘する。


 ギベルドはぷるぷると体を震わせると──涙を流し走り出す。


「俺が……俺が負けるわけねえんだぁあああああ!!」


 拳を振りかぶりこちらに駆け寄ってくるギベルド。


 最後まで諦めないか。これはますます勧誘したい……!


 しかし、ギベルドは俺の水纏いのせいか足を滑らせてしまう。


 水はすべて霧散させたつもりだったが……迂闊!


「【風纏】!」


 俺は地面に風を纏わせた。


 仰向けに倒れるギベルドはまるでクッションに包まれるかのように、ふわりと地面に倒れ込む。


「大丈夫か、ギベルド君!?」

「うう……ちくしょう……なんなんだよ、お前は」


 駆け寄ると、そこには大粒の涙を流すギベルドがいた。


「あのギベルドが……」

「何があったんだ……」


 振り向くと、がやがやと生徒や教授が集まってきた。


 群衆の中には運悪く学長もいて、


「トール……今すぐ、学長室に来なさい」


 俺は学長室に呼び出されてしまうのだった。


~~~~~


「トール、君はクビだ」


 金色のローブを身にまとった長い白髭の男──学長はそう告げてきた。


「……理由を窺っても? 事の次第はすべてお伝えしたはずですが」


 ギベルドも生徒も怪我をしていない。

 学校の設備も傷一つない。

 あの校舎裏も魔術使用の許可が出ている区画だ。


「これ以上、支援魔術の講義をするのに予算は出せん。前学長の遺言でお前を置いてきたが、もう限界だ」

「ですよね……」


 たしかに少数の生徒しか教えていない俺は、金食い虫かもしれない。


「でも……」


 学長室を見渡すと、前学長の時代にはなかった金銀や宝石の細工が所狭しと置かれている。


 財政的に困窮しているようには見えない。

 そもそも俺の給料は、毎日の食費で消えてしまうほど……

 何より、唐突すぎる。


 学長は俺の疑問を察したのかこう答える。


「もちろん建前だ。ザクスブルグ伯爵の子を泣かせるとは……ザクスブルグ伯爵からは、多額の援助を受けているのだぞ」

「ですが、学則では暴力は禁止です。そもそも、俺はギベルド君に訓練をと……」

「黙れ!!」


 学長はどんと机を叩く。


「いつまでも古い伝統を守っていては、ヴェレン魔術大学は成長せん!! 多額の資金を集め、設備も人員ももっと増やす必要がある……それなのにお前はパトロンの子の機嫌を損ねたのだぞ!?」

「それはつまり、賄賂次第で生徒を贔屓すると?」

「なんとでも言え。ともかくお前にはすぐに大学を去ってもらう」

「そう、ですか……」


 俺としてもそこまで大学の方針が変わるなら未練はない。もともと前の学長の頼みでやってただけだし。


 心残りは、熱心に俺の講義を聞いてくれたレイナか。


「学長。一つお願いが。レイナ・レグニッツという生徒ですが」

「どうでもいい生徒の名など、覚えておらん! さっさと失せろ!! 私は忙しい!!」


 しっしと手を振る学長。


 こんな人だったのか……こっちから辞めてやりたかったぐらいだな。


 礼も言わず、俺は学長室を後にした。


 退去のため、自分の執務室へ向かうと……


「レイナ君」


 執務室の扉の隣には、分厚いレンズの眼鏡をかけた女生徒──レイナがいた。


 レイナはぺこりと頭を下げる。


「先ほどはありがとうございます、トール先生」

「いや、気にしないで。それよりも、明日からなんだが……」

「まさか……学長に何か?」


 心配そうに尋ねるレイナにこくりと頷く。


「クビになった。支援魔術の講義は今日限りだ」

「そんな……」


 残念そうに肩を落とすレイナ。


 ここまで落ち込んでくれるなんて……


「いままで、俺なんかの講義に来てくれてありがとう……少しでもレイナ君のためになってくれれば嬉しいが」

「先生……先生はもう大学に未練はないんですか?」

「レイナ君みたいに講義を聞きにくる生徒がいる限りは続けたかったけど、さっきの学長の言葉を聞いたらね……もちろん、君のことは心配だ」


 俺はそう言って執務室に入る。


 そうして机の上に置かれた指輪を一つ手に取り、レイナに渡す。


「魔力を宿すミスリルでできた指輪だ。姿を隠す【影纏】、動きを速くする【加速】、それから……魔術に対する耐性が得られる【魔壁】。三種の支援魔術を付与してある。昔俺が使っていたもので悪いけど」

「そんな貴重な物、いただけません!」

「でも、またギベルドに襲われる心配がある。とてもこのまま去るのは」

「先生がやめるなら、この大学にいる価値はありません。私も辞めます」


 レイナの言葉に俺は一瞬何が何だか分からなかった。

 そこまで俺の講義を大事に思ってくれていたのだろうか。


 いや、レイナは自分のせいで俺が辞めると思って罪悪感を感じているのだ。

 

 でも、それは間違っている。


 俺の支援魔術にたいした価値はないのだから──


 俺はレイナに無理やり指輪を握らせて言う。


「駄目だ、レイナ君……退学なんてしたら就職に響く……! とりあえず卒業だけはしたほうがいい! じゃないと、俺みたいに薄給で働くことになるぞ!!」


 魔術大学卒業は大きなステータスだ。魔術の腕はイマイチでも高給を望める仕事に就ける。もっともレイナの魔法の技術なら心配ないだろうけど……


「すでに卒業に必要な単位は取得しています。いつでも卒業できます」

「え? レイナ君ってまだ二年生じゃ……」


 天才だとは思っていたが、まさかそこまでとは。


 レイナは驚く俺を無視し、静かに訊ねてくる。


「私のことはどうでもいいのです。それより、本当にお辞めになるのですね……」

「ああ。君には悪いけど……でも、レイナ君は覚えが早かった。もう俺がいなくても、自分で支援魔術を」


 言葉の途中でレイナが指輪を握り手を放す。


「分かりました……では、これ以上止めません」


 レイナはそのまま執務室を後にして走り去る。


「レイナ……」


 ある程度は俺の講義を気に入ってくれていたのだろうか。

 それだけで嬉しい。


「……俺の支援魔術が、少しでも彼女の将来に役立ちますように」


 そんなことを願いながら、俺は執務室を片付け始める。

 といっても薄給の俺にたいした荷物はない。

 トランクケース一つに収まるぐらいだ。


 荷物をまとめ部屋を清掃して……支度が整うまで十分もかからなかった。


「お世話になりました」


 清掃を済ませ執務室に一礼した後、廊下を歩き校門を目指す。


 少ないながらもいい生徒に恵まれた。


「悔いはない……ないけど」


 これからどうすんだ──


 格好つけたが、俺は無職だ。


 昔のように冒険者に戻るか……

 いや、支援魔術しか使えないおっさんなんて誰も仲間に入れてくれないよな。冒険者業界では、三十代はもう立派なおっさんなのである。


 じゃあ他の魔術で……覚えたけどあまり使ったことないし。


「そもそも、どこ行くんだ……今の所持金じゃ、数日の宿代で消えるし」


 校門を出たところで俺は頭を抱える。


 そこに後ろから、安心感を覚えるような声が響く。


「先生。これからどこに?」


 振り返るとそこにはレイナがいた。


「え、ああ……そうだね。せっかくだし、ぶらぶらしようかなと」


 家無し、職無し。このままだと本当に、街をぶらつくしかなくなる。


 レイナは俺に歩み寄ると、何やら封筒を手渡してきた。


「もし帝都に行かれる機会がありましたら、宮廷の守衛にこちらをお渡しください。食べ物はもちろん、お金も家も職も、望むものを得られるでしょう」

「え? 帝国の宮廷に?」

「えっと。宮廷に私の知人がいるのです。トール様を大変慕っております。トール様はご存じないかもしれませんが、どうか、会ってあげてくれませんか?」

「会うのはいいけど……甘えるのは」

「何か職を募集しているかもしれませんし。無理にとは言いませんが」

「そういうことなら……考えてみるよ」


 そう答えるとレイナは口角を上げる。


「ふふ、お待ちしております」

「え?」

「あ、いえ。私も、お礼参りを済ませて帝都に向かいますので、向こうでお会いしたいなと」

「そう言われると……もう行かないわけにはいかないな」

「ふふ、きっと知人も喜びます」

「おっさんと会って嬉しい人なんているかな……」

「おっさんなんてそんな……先生はまだ若いですし、世界一格好いいですよ」

「え?」

「それでは」

「あ、ああ」


 手を振り大学に戻るレイナに手を振り返して見送る。


 世界一格好いい? 

 ──耳が遠くなったかもしれん。


 ともかく帝都を目指すか。レイナの紹介状で仕事を得られなくても、帝都は人口も多いし仕事も何かしらあるはずだ。


~~~~~


 魔術大学をクビになって一週間後。


 俺は帝都に到着した。


 まずはやはりレイナの知人を訪ねに宮廷へ向かったのだが──


 俺はなぜか、宮廷の謁見の間で跪いている。


「よくぞ来た、トール殿! 堅苦しい挨拶はやめて、顔を上げられよ」

「もったいなきお言葉です、陛下」


 たどたどしい所作で顔を上げると、そこには玉座に座る筋骨隆々の男──ノイシュターデ帝国の皇帝ハインリヒがいる。


 周囲を見渡すと皇族と貴族がこちらに顔を向けていた。


 どうしてこうなった……?


 宮廷の守衛は俺を見るなり、すぐに豪華な部屋に案内した。口にしたこともない美味しい茶とお菓子が出され、それからあれよあれよという間にここに連れてこられ、今に至る。


 皇帝とは話したこともない。


 ……なんでこんなに歓迎されているの、俺?


 レイナ……いや、レイナの知人って何者なんだ。


 困惑していると皇帝が口を開く。


「トール。そなたからの恩、帝国は忘れておらぬ。かつて魔王ギスバールがこの帝都を襲った時、勇者アレンと共に帝都を救ってくれたな」

「それは……冒険者として当たり前のことをしたまでです。それに私は支援魔術師……活躍したのは仲間たちで、私自身は何も」

「そう謙遜するでない。ともかく帝国はそなたを歓迎する。爵位でも何でも、望みのものを授けよう」

「爵、位……? 私はただ、レイナ・レグニッツという者から、紹介状を渡され仕事を……何か、手違いが起きたのでは?」


 爵位という言葉にもう俺の頭は理解が追い付かなかった。


「何も手違いなどございません。私が友のレイナから書状を見て、ここにお連れしました」


 声の主は皇帝の隣に立つ──艶やかなブロンドの髪を団子のように結い上げた女性のものだった。


 ドレスの上からでも分かるすらっとしたボディライン。くりっとした目に宿るアイスブルーの瞳をこちらに向ける彼女は、女神そのものだった。


 美しすぎて直視できない……それぐらい衝撃的な人だった。


 だが、凛とした顔立ちには少し幼さが窺える。レイナと同じ十代半ばぐらいだろうか。


「あなたは……」

「エレナ・フォン・ノイシュターデと申します」

「ノイシュターデ……!」


 つまりは皇女。

 レイナにはとんでもない友人がいたようだ。


 俺は深く頭を下げる。


「失礼いたしました……! 殿下のご友人とはつゆ知らず!」

「ふふ、謝罪されることはありません。陛下、トール様は長旅でお疲れのようです。ご要望は私が個別に伺おうと思いますが」


 エレナがそう言うと、皇帝は即座に首を縦に振る。


「それがよかろう。全てお主に任せる。では、トール殿。ごゆるりと」


 俺はそのままエレナによって、豪華な執務室へと案内された。


 絹のクロスが敷かれたテーブルを挟んで座る。向かいには皇女エレナが座ってほほ笑んでいる。


 出された茶に手も付けず、俺はエレナに訊ねた。


「殿下……そのレイナ、様は」

「レイナで構いません。私もエレナと呼んでいただき結構です」


 レイナはともかく、皇女を呼び捨てで呼べるわけがないだろ……しかも初対面で。

 いや、レイナは、エレナが俺のことを知っていると言っていたな。


「殿下。その、レイナ君から殿下は私のことをご存じだったと伺いましたが」

「ええ……トール様はご存じないかもしれませんが、昔私はトール様に助けられたのです。それからずっと、私はトール様のことをお慕いしております」

「そんな……」


 誰かを助けたことは多々ある。しかし個別にははっきりとは覚えていない。


 正直に覚えていないことを告げるか迷っていると、エレナはこう続けた。


「私もヴェレン魔術大学でトール様から教えを乞いたかったのですが、皇女という立場上、それが叶わず……全く、レイナがうらやましい限りです」

「もったいなきお言葉です。しかし、私は支援魔術しか使えない非才の身。殿下が思うようなものをお教えすることは叶わなかったと」


 そう答えると、エレナはどことなく寂しそうな顔をした。


 何か気に障るようなことを言ったかな?


 不安に思ったが、エレナはすぐに微笑んで答える。


「謙遜なさらないでください。レイナはいつもトール様の講義は面白いと申しておりました。それと、トール様が大好」

「俺の、講義が、面白い……」


 思わず涙ぐんでしまうほど嬉しい。嬉しさのあまり、その後の言葉がよく聞こえなかった。


 だが悲しいかな、過剰評価と言わざるを得ない。


 そしてどうやら、その評価はエレナにも影響してしまっているらしい。


「トール様、話は戻りますが、どうか爵位をお受けになってください」

「殿下。先ほども申し上げましたが、私は爵位を受けるに値する者ではありません。私は平民の出の元冒険者で、教え子も少ない……領主などとても」


 しかも今は無職だ。


 何よりと続ける。


「たいした功も立ててない者が爵位を得れば、他の貴族の方々の反感を買う。お気持ちは嬉しいのですが……」

「そう、ですか。ならば無理にとは言いません」


 エレナが笑顔で答えるので、俺はホッと息を吐く。


 何か政略に巻き込まれる可能性もあるしな……


「ですが、トール様。仕事はお探しなのでしょう?」

「ええ……お恥ずかしい限りですが。帝都なら人も多いし、何か仕事に就けるやもと思いまして」

「なるほど。そういうことでしたら、宮廷魔術師などはいかがでしょうか?」

「宮廷、魔術師ですか?」

「ええ。宮廷を拠点に、帝国の抱える諸問題に魔術で対処していただきたいのです。住まいとお食事はこちらで用意します。また、給料のほうは月に金貨百枚でいかがでしょう?」

「金貨、百枚?」


 金貨一枚で一か月は暮らせる。

 それが一か月で百枚だと……?

 俺の大学教員時代の給料の二百倍ぐらいだぞ。


「ええ、百枚です。もちろんお先にお支払いします」


 ぱんぱんとエレナが手を叩くと、使用人が山積みの金貨が乗ったお盆を運んでくる。


 これだけの大金を見たのは、冒険者だったとき皆でドラゴンを倒した時以来か。


「……殿下?」

「なんでしょう、トール様?」

「俺をどうしようというんです?」


 やはり何か謀略に利用するに違いない。

 でもなけりゃ、こんな待遇ありえないって。


 一方のエレナは少し間を置くと、立ち上がり俺の隣へと歩いてくる。


 そしてそっと耳打ちした。


「私と結婚していただきます」

「へ……」


 振り向くと、そこには不敵な笑みを浮かべるエレナがいた。


 上流社会で通じる雅な冗談? どう返せばいいんだ……


「詳細は私の従者から説明いたします。お返事はその者に。それでは、私はやることがありますので」


 俺が一人固まる中、エレナはそう言い残して部屋をすたすたと去っていくのだった。


 宮廷の廊下を歩き、俺は用意された部屋へと向かっていた。


「一体こんなおっさん虐めて何が楽しいんだ……結婚だなんて」


 聞いた俺の反応を見て楽しんでいたり? 貴族や皇族って俺たち庶民とは趣味も変わっているだろうし……


「しかも、待遇が絶対おかしい」


 部屋には、殿下の従者だった助手もいるようで、身の回りの世話もしてくれるらしい。


 とはいえ今更断れない。

 とりあえずは細心の注意を払いつつ、行動するとしよう。


「……っと、あそこが俺の部屋か。あっ」


 自室の前には、長い黒のマントに身を包んだ女性がいた。


 さらりとした亜麻色の長い髪を腰まで伸ばし、知的に見えるシャープな眼鏡をかけている。

 マントの下には黒のブレザーとスカート、そしてすらっとした長い手足……皇女に匹敵するような美人だ。


 しかし、腰には武骨な刀が提げられている。


 部屋を間違えたのだと俺はお辞儀をして素通りしようとする。


 しかし女性は微笑みながら、安心感を覚える声を響かせた。


「先生、お待ちしておりました!」

「まさか……レイナ君か?」


 女性はこくりと頷く。


「はい、先生。レイナ・レグニッツです! お久しぶりです!」

「お久しぶりって、まだ一週間しか経ってなくない……? しかし驚いた……いや、驚いたことが多すぎて、何から言えばいいか」


 様変わりした外見に関してはノータッチだ。大学の制服はぶかぶかしてたし。


「やっぱり……大学を辞めたんだね」

「はい、卒業資格はもらえましたし。前に申し上げた通り、先生の教えを受けられないなら、あんな場所にいる意味はないですから」

「そこまで俺の支援魔術を……」


 嬉しすぎて思わず涙がこぼれる。

 その涙をレイナは絹のハンカチで拭き取ってくれた。


「あ、ありがとう……でも、何故宮廷に? 紹介状のこともそうだし、もしかして君は」

「エレナ殿下の従者だっただけです」

「なるほど……どおりで」


 エレナの話からもレイナと親しそうなのが窺えた。

 長い付き合いなのだろう。


「感謝するよ、レイナ君。でも、過剰評価が、過剰に過ぎるというか……」

「何も心配なさらなくても、先生なら職務を難無くこなせるはずです。それに私が誠心誠意サポートいたしますから」

「え?」

「私も宮廷魔術師なのです。もともと宮廷魔術師としての力量を上げるため、殿下にヴェルデ魔術大学に通わせてくださっていたのです」


 確かにヴェルデ魔術大学の学生には貴族の従者も多い。


「俺なんかのために辞めたなんて、殿下はお怒りだったんじゃ?」

「そもそもトール様の講義を受けろと仰ったのは、殿下です。何も問題ございません」

「殿下が俺を……」

「ですから、先生は何も気になさらないでください。私が仰せつかった役目は先生の補佐と身の回りのお世話。どうかよろしくお願いしますね、先生」


 驚きが大渋滞を起こしているが、見知った者が近くにいるのはありがたい。


「こちらこそよろしくお願いします」

「敬語はやめてください。私は先生の助手ですなんですから」

「というか、俺の助手なんて……レイナ君は本当にいいのか?」

「そのレイナ君も禁止です。私はレイナと呼び捨てでお呼びください。宮廷では上下関係をしっかり守らなければいけません」

「わ、分かった」


 宮廷のことなんて分からない。

 ここはレイナの言葉に従ったほうがいい。


「それで、宮廷魔術師って何を」

「先生はご自由になさっていいのです。どこか旅行に行かれるのも許可など要りません」

「それって、俺の知っている仕事じゃないけど」

「あ、いや、エレナ殿下のせいです。基本的に宮廷魔術師は、皇帝や皇族の方々のご命令に従います。私たちはエレナ様のご下命に従いますが、エレナ様が仕事を出されることは滅多にないので。ただ、戦時には宮廷魔術師を束ねる師団長の指示に従います」

「となると、命令がなければ特にやることはないんだね」

「はい。ですから今日は師団長にご挨拶してはいかがでしょうか?」

「そうだな。上司の顔は知っておきたい」

「では、行きましょう。ご案内いたします」


 レイナはそう言ってとことこと歩き始めた。

 

 宮廷には無数の扉があって廊下も入り組んでいるが、レイナは迷わずに進んでいく。


 エレナの従者だったから迷うこともないのだろう。


 それから数分後、レイナはある扉の前で足を止め、扉をこんこんと叩き始めた。


「宮廷魔術師のレイナ・レグニッツです。失礼いたします」

「入れ」


 扉の向こうから低い声が返ってくると、レイナは眉を露骨に顰めた。


「どうした、レイナ?」

「いえ……入りましょう」


 そう言ってレイナは扉を開く。


 扉の先にいたのは、革の椅子にふんぞり返る中年のふくよかな男だった。周囲にいやらしい格好の女性を侍らせ、何やらじゃれあっている。


 男は面倒くさそうな顔で口を開く。


「なんじゃ?」

「ベーダン副師団長。この度、新たに宮廷魔術師となられたトール様をお連れしました」


 男はベーダンというらしい。“副”師団長ということは、師団長ではないのか。

 

 副師団長は俺をぎっとにらみつける。


「なにぃ? ワシは何も聞いておらんぞ?」


 堂々とした態度。なんというか学長と同じ雰囲気を感じさせる。副師団長を任されるのなら、きっと凄腕の男なんだろう。


「それに、レイナとやら。お主の名も初めて聞いた。いつ、宮廷魔術師になったのだ?」

「三年前に。ここにバッジも」


 レイナはそう言って胸のバッジを見せた。


「本物で間違いないな……ふん、まあいい。どうせろくに仕事も回してもらえない木っ端であろう。それで、その垢抜けない男は誰が採用した?」

「エレナ殿下です」

「エレナ……殿下か。ふむ、だがワシには何も連絡は来ておらんが」

「ですので、こうして挨拶に伺ったのですが。師団長に」


 レイナがそう答えると、副師団長はむっとするような顔をする。


「師団長は今、陛下の命で留守にしておられる。それまではワシが師団長代理だ」

「そうですか。それではよろしくお願いいたします、ベーダン副師団長」


 頭を下げてレイナは背を向けようとする。

 が、副師団長が待てと制止した。


「ワシは認めぬ。師団長は採用をワシにお任せした。ワシの許可のない者を宮廷魔術師にはできぬ」

「初耳です。エレナ殿下の命に従えないと?」

「そういう問題ではない!! どこの馬の骨とも知らん奴を雇えば、宮廷魔術師全体の沽券に関わる!」

「もっともらしいことを仰いますが、皇族の方の命に逆らうなど、それこそ宮廷魔術師の存在意義に関わると思いますが……」

「お、お主、副師団長のワシに逆らうか!? 見てくれが良いからと調子に乗り追って、小娘が!!」


 ばんと机を叩き怒声を上げる副師団長。


 しかしレイナは臆することなくこう答える。


「木っ端の副師団長とお話ししていても埒があきませんので、帰らせていただきます」

「なんだとぉっ!?」


 副師団長は立ち上がりずかずかとレイナに歩み寄る。


 ちょ……上下関係をしっかり守るんじゃなかったの……?


 ともかくこのままでは喧嘩になる。


 俺は副師団長とレイナの間に割って入る。


「お待ちください!」

「なんじゃ!?」

「つまりは宮廷魔術師として仕事ができるか見極めたい、ということですよね?」

「そ、そうだ!! お前は見るからに仕事ができそうもない!! だから心配しておるのだ! お前は何の魔術を得意としているのだ?」

「支援魔術です……」

「ふ、支援魔術!? ふはははは! こ、これは驚いた!!」


 副師団長は腹を抱えながら笑う。


 後ろから舌打ちのような音が響いたが、俺は気にせず副師団長に提案した。


「そう仰らず、どうか実力を評価してくださる場を設けてはいただけないでしょうか? そこで納得いただければ私は宮廷魔術師に。お認めにならないのであれば、潔く諦めます」


 俺自身、宮廷魔術師の仕事をこなせるか大いに不安だ。試験はしっかり受けたほうがいい。


「ふ、ふむ。そこまで言うなら。それに丁度いい……志願者が一定数に達したのでな、そろそろ採用試験を行おうと思っていたところだ。そこで実力を見せてみろ」

「お心遣い感謝いたします」

「ふん。せいぜい、死なぬよう気を付けるのだな! 逃げるのなら今のうちだぞ」


 そう言うと副師団長は部屋の壁際に控えていたローブの男に告げる。


「鐘を鳴らせ! 志願者に召集をかけよ!!」


 レイナは首を傾げる。


「今日、やるのですか?」

「うむ。逸材が今日、帰還……いや、志願したのでな。お主らなど歯が立たない、最高の魔術の使い手だ!! すぐにでも採用したい!!」


 それを聞いたレイナは、少し間を置いてふーんと興味のなさそうに返す。


 副師団長が最高と評するほどの魔術の使い手……相当な才能の持ち主なのだろう。


 俺たちはすぐ、宮廷の隣にある練兵場へと向かうのだった。


「すごいなあ。鐘を鳴らしてまだ一時間も経っていないのに」


 一面空き地の練兵場には、すでに多くの者たちが集まっていた。


 レイナは頷いて答える。


「宮廷魔術師に志願するのはそもそも貴族の子弟だったり、近衛騎士団だったりと帝都に暮らす者がほとんどですので」

「すぐに集まれるってことか。しかし、エリートばっかなんだろうな……」


 魔術大学の万年ヒラ教員。しかも支援魔術しか碌に使えない俺が通用する世界なのだろうか。


 不安に思っていると、レイナがこんなことを呟く。


「肩書と態度だけは立派なね」

「え?」

「あっ、副師団長がやってきましたよ」


 レイナの視線の先には、太鼓腹を揺らしてやってくる副師団長がいた。 

 

 その隣には体格のしっかりとした男が歩いている。周囲をひとしきり睨みつけると、ふっと笑いをこぼす。


「けっ、どいつもこいつも弱そうなツラしてんな、親父」

「実際、どいつも魔術大学で飛び級卒業したお前の足元にも及ばんだろう」


 男にそう答えガハハと笑う副師団長。


「あれ? 彼は」


 男は見覚えのある顔だった。つい一週間前、魔術大学でレイナに絡んでいた──ギベルドだ。


 ギベルドは副師団長の息子だったか。ギベルドの魔術の腕を見れば、ますます副師団長という身分にも納得だ。


「ヒャハハハ! 間違いねえ! おう、雑魚ども、俺は未来の師団長だ! よく覚え……え?」


 こちらに気づいたギベルド。


 俺は笑顔で手を振った。


「ギベルド君! 君も帝都に来ていたのか!」

「な、なんでお前が……というか、隣は──ひいっ!!」


 先程まで威勢が良かったギベルドは急に体を震わせ、副師団長の後ろに隠れた。


 まるで子犬のようになってしまったギベルド。後ろに何か怖い物でもいるのだろうか──いや、笑顔のレイナがいるだけだ。


「ギベルド? 一体どうしたと言うのだ!?」

「パパぁ……俺やっぱ宮廷魔術師ならない……」

「バカを申すな! いきなり魔術大学をやめて帰ってきたと思えば、今度は宮廷魔術師にならんだと!?」

「おしまいだぁ……」


 人が変わったようなギベルドを見て、副師団長は俺をぎいっと睨んだ。


「お前……我が息子に何をした!?」

「な、何も。少し魔術大学で訓練につきあってあげたというか……ギベルド君、俺何か悪いことしたか?」


 俺が訊ねると、ギベルドはブンブンと首を横に振る。


「と、とんでもない! パパ、やめてくれ!!」

「チッ……ギベルド、ともかく試験が始まる。お前のために今日実施してやるのだ。駄々を捏ねてないで、さっさと準備しろ!」


 副師団長は自らの足に縋るギベルドを蹴り飛ばし、高らかに宣言する。


「これより宮廷魔術師選抜試験を行う!! 各試験官が名を読み上げるから応答の上、試験官の指示に従うように」


 その言葉に宮廷魔術師らしき者たちが、各々志願者の名を呼び始める。


 俺の名を呼んだのは、副師団長だった。


「トールよ! お主はワシが直々に試験する!!」

「はい! よろしくお願いします!」

「ふっ。お前のような奴が雇われるなど、宮廷魔術師も随分と舐められたものだ」


 厳しい目を向ける副師団長。

 やはり宮廷魔術師は過酷な仕事なのだろう。それゆえ副師団長は厳しく接してくれているのだ。


「お主にはまず魔術を放ってもらう。あの丘の標的が見えるだろう? あれに、魔術を当て破壊せよ」

「他の方々と違い、十分遠いのですね。この距離は、師団長ですら当てられるか怪しい距離と愚察しますが」


 レイナの言葉に副師団長は腕を組んで答える。


「そうか? ワシは簡単に当てられるぞ? それに魔術の種類や組み合わせは問わん。得意の支援魔術でいくらでも補強すればいい」

「そういうことでしたら──やらせていただきます」


 支援魔術を使っていいならだいぶ楽だ。


 点のように見える丘の標的に体を向ける。


 まずは正確に狙う必要があるな──


 【鷹目】という遠くの物を視認しやすくなる支援魔術を自分の目にかけてみる。


 よしよし、しっかり見えるな。


 次は手を標的へと向ける。手振れを軽減するため腕には【遅延】の支援魔術をかけ、光魔術の光線で標的の中心を照らした。


「ぷっ……そんな微弱な光で何ができる」


 副師団長の言う通り、光線だけでは威力が足りない。光魔術はアンデッド以外には、ほとんど威力がないのだ。


 だから、これは目印に過ぎない。あとは、この光線に威力のある魔力を纏わせれば──


「【炎纏】!」

「早く諦めたらどう──だっ!?」


 何故か副師団長は声を漏らすが、これで終わりではない。


 俺の前には、人を覆うほどの火炎が放たれていく。


 しかし、飛距離が伸びれば伸びるほど、魔術の威力は落ち、その速度も削がれていく。


「【加速】──」


 あらゆる対象を、その名の通り高速にする支援魔術。


 俺の放った炎は【加速】を受けると、急に速度を増していく。


 それから丘上の標的が爆発炎上するまで、一秒も掛からなかった。標的周辺からは爆炎が立ち込め、ドカンと爆発音が響いてくる。


「火薬庫に火でもついたのか!?」

「い、いや、あいつの手から炎が放たれたのを見たぞ」

「バカを言え! こんな距離から当てられるわけないだろ!」


 ガヤガヤと騒めき出す周囲。


 ……支援魔術をいくつもかければ、誰でもできると思うが。昔一緒に冒険者として戦っていた仲間の魔術使いは、これぐらいの距離なら当てられていた。


 俺は微動だにしない副師団長に顔を向けて言う。


「副師団長。お言葉に甘えて複数の支援魔術をかけさせていただきました。本当によかったでしょうか?」

「先生。支援魔術でいくらでも補強すればいいと仰ったのは副師団長です。いいんですよ」


 レイナが答える中、副師団長は体を小刻みに震わせこちらに顔を向ける。


「ま、まあ支援魔術なんてインチキをいくらでも使えば、誰でもできるだろう……きっと、多分、そうなんだ……だ、だがこれで試験は終わりではないぞ!! おい、やつを呼べ!」


 副師団長は近くの宮廷魔術師を呼びつける。


 どうやら一次審査は突破のようだ。


「先生、お疲れ様です。欠伸が出るような試験でしたね」

「え? そ、そう?」


 やっぱレイナには簡単な試験なんだな。


「ええ。ですが……次は多少面倒になるかもしれません。今のうちに水分補給を。お茶を淹れてきましたので」


 レイナはいつの間にか用意したカップの茶を手渡してくる。


「ありがとう……いつもながらレイナの茶は美味しいな。本当にホッとするよ」

「ふふ、どういたしまして」


 大学にいたときもこうしてレイナはよく俺に茶を淹れてくれた。安心したせいか、次の試験へも平常心で臨めそうだ。


「そうしましたら私はカップの片付けをして参ります」

「ああ、ごちそうさま。悪いね、付き合わせちゃって」

「お気になさらず。それよりも次の試験頑張ってくださいね」


 次の試験も頑張ろう。俺はレイナに頷くのだった。


~~~~~


「殺してもいい……ともかく、やつをコテンパンにしろ!!」


 練兵場の隅で副師団長の声が響く。


 つばの広いとんがり帽子を被った少女は読んでいた本をばたんと閉じると、はあとため息を吐いた。藍色のツインテールを揺らし、副師団長を睨む。


「なーんで私が相手しなきゃいけないわけ?」

「お前は師団長殿の娘。他の宮廷魔術師の模範とならねばならん。少しは仕事せい!」

「娘、娘って……あんなの親じゃないし。ああ、だるっ」


 そう答えて少女はその場を去ろうとするが、副師団長が回り込み行く手を阻む。


「待て、ルーナ! 師団長殿に恥を晒せるつもりか!?」

「しつこいなあ。そもそも、あんたがやればよくない? あのトールとかいう奴すっごい頼りなさそうだけど、そんな強いの?」


 ルーナと呼ばれた少女は、遠くで茶を飲むトールに目を向ける。


「わ、私には造作もない相手だが、お前と師団長の顔を立ててやろうと言うのだ」

「ふーん」


 少女はブルブル震えるギベルドを一瞥すると、興味深そうに副師団長の顔を覗き込む。


「な、なんじゃ。ワシは小娘など」

「気持ち悪……そうじゃなくて、あんたがそこまで怖がる相手が気になったの」

「わ、ワシは恐れてなどおらん!」

「ま、いいや…せっかく来たんだし、少し魔術ぶちかましていくかあ」


 少女はそう言って、トールへと歩いていくのだった。


〜〜〜〜〜


「そこのあんた」


 気怠そうな声に振り返ると、十代前半ぐらいの少女がいた。三角帽と紫色のローブからして、魔術師なのは間違いない。


 少女は藍色のツインテールの髪を揺らしながら俺の前にやってくると、キリッとした目に宿した藍色の瞳をこちらに向ける。


「おっさんが志願者?」

「トールだ。もしかして、次の試験官?」

「そうよ。よく分かったわね」

「常に魔力を杖に宿している。経験豊富な魔術師の証拠だ」


 少女ははっとした表情になる。


「わ、分かっているじゃない。私を子供扱いしなかったのは褒めてあげる」

「大人が初対面の相手におっさんはないと思いますけどね」


 小言を漏らすレイナに、少女は不満そうに睨みつける。


「何よあんた、少し綺麗だからって」

「まずは名乗ること。年長者には敬語を使うこと。これができて、初めて大人です」

「あんた……」


 ばちばちとした雰囲気に俺は割って入る。


「まあまあ! ともかく、よろしくお願いします」

「ふん! まあ、おっさんに免じて許してあげる……私はルーナよ」

「ルーナか。それで次の試験は?」

「単純明快よ。私の魔術戦闘の相手をしてもらう。どっちかの魔術が体に少しでも触れたらお終い」

「なるほど。実戦方式ですか」

「そうよ。私は手加減してやるけど、おっさんは好きにやればいいわ」

「分かった。こっちも色々気をつけるよ」

「あんたは気をつける必要なんてないわよ。そもそも、数秒持たないんだから」


 ルーナはそう言って俺から離れていった。


「失礼なメスガ……いや、人でしたね」

「いや、あんな小さいのに立派じゃないか。それに……」

「……先生?」

「いや、自信があるのはいいことだ。しかも口だけじゃない。あの子、相当な魔術の使い手だ」

「それは……事実でしょうね。何せルーナは師団長の娘ですから」

「つまり師団長から魔術を学んでいるってことか」


 きっと魔術の天才なのだろう。

 あの歳で試験官を任されるのなら尚更だ。


「おいおいまじか、ルーナ様の魔術を見れるぞ」

「あの歳で魔法の威力は師団長に劣らないぐらいなんだからすげえよな」

「将来は絶対に師団長を超えるだろう」


 やがて俺から離れたルーナが足を止め、こちらに振り返る。


「いいわよ。一発ぐらいは打たせたあげる。あんたの好きなタイミングで始めて」


 ハンデか。相当手加減をしてくれるようだ。


 先手を打たせてくれる。こちらは好きな攻撃を落ち着いて放てるわけだ。


 まずは、【加速】で魔術の速度を速めよう。全身のあらゆる部分を狙い、また四方に避けたことも考え周囲にも放射状に放つ。


 それも一回では魔術の壁で防がれる可能性が高い。

 最初は風魔術で、即?

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

本作の連載版を書きました!

1話から色々違いますがよろしければ読んでいただけると嬉しいです!

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