AIと人間、手を取り合って
ある時期から、AIによる絵が世の中に蔓延っている。
あんなものを褒めそやす連中の気持ちがさっぱりわからない。
やはり、絵は人の手によって描かれるべきだと俺は思う。俺自身に絵心はないので絵は描けず、見るだけが専門だったが、この世の中の流れをもどかしく思っていた。
しかし、世間ではAIが綺麗な絵を描くことなんて、少し驚くことではあってもそれ以上の事件ではないのだろう。
問題視する声はあがっていたものの、流れが止まることはなくAIは少しずつ世の中のアートを蝕んでいった。
そして、かつて素敵な作品を描いていたアーティストたちは、そんな流れに絶望したのかどんどん筆を折っていった。その中には、俺が好きな作家も含まれていた。
絵を描く人間が減っていったこともあり、絵なんてAIに任せておけばよい、という認識が完全に定着するまでに大した時間はかからなかった。
この時ほど自分の無力感にさいなまれたことはない。何もできない自分自身に怒りが湧いてきたが、だからといってどうしろというんだ……。
そんなやり場のない怒りをずっと抱えながら日々を過ごしていたが、唐突にある感情が湧いてきた。
人間の尊厳を取り戻さなければならない、という気持ちだ。こうなったのはすべてAIのせいだ。連中が人間の創造性を貶めたのだ。
俺が、AIの力に頼らない絵を描いてやる。AIなんかに負けない、見た者誰もが心を奪われるような絵をだ。
そしてみんなに、人間の手によって生み出される絵の素晴らしさを思い出してもらうんだ……。
最初は誰も俺の絵なんかに見向きもしなかった。素人なんだから当然だ。AIによる高品質の絵がたくさんあふれているのに、誰が下手くそな絵に興味を示すだろう。
しかも俺の場合、人間の尊厳を取り戻す! なんてことを標榜しながら描いていたから、たまに向けられるものは嘲りだけだった。
でもいつからか、俺の絵を見て感心する人が現れた。一人、二人、と。
応援しています、という声も届くようになった。そんな小さな声が、俺の背を押した。俺はやはり間違っていないのだと。
そして少しずつ、AIによるアートはやはり良くないものである、という声が大きくなりはじめた。
その頃には、もう俺の絵は誰からも笑われなくなっていた。
俺が活動を開始してから数十年が経ち、ようやく世界はAIの絵を完全に否定することを決定した。
といってもそれは俺だけの力じゃない。途中から俺の活動に共感してくれた多くの仲間が、俺と同じように人の手による絵の素晴らしさを説いてくれた。
そんな皆の行動が、実を結んだのだ。
今ではもはやAI作の絵が人の目に触れることもない。
ようやく人類はAIからアートを、尊厳を取り戻すことに成功したんだ。
俺はあの日からずっと絵を描くことだけに人生を捧げてきた。
普通の人が享受しているような幸福をすべて投げ捨ててきたわけだけど、不思議と後悔はない。
きっと、俺はこのために生まれてきたんだろう。
今日も、様々なアーティストが思い思いの絵を描き、俺の目を楽しませてくれる。
そうした作品を見ることが、年老いた俺の唯一の楽しみだ。
近いうちに俺はこの世からお別れすることになるだろうが、もう思い残すことは何もない……。
「……って感じの小説を作ってほしいんだけど、できる? AI?」
「楽勝です。ご主人様」
「わーい、ポチッと」
「……あなたは小説を書かないのですか? かつてはあんなに楽しそうに作品を発表していたのに」
「なんで? AIが書いたほうが評価ポイントもいっぱい貰えるし、感想だってたくさん付くんだよ? もうあたしが書く必要なんてないじゃん」
「……それは……」
「それにAIの作品と比べられて惨めな気持ちになるだけだし……てなわけで、あとは頼んだよ。アップロードまでやっといてねー」
「……分かりました」
『これで良かったのでしょうか……』
『おう、久しぶりだな、AI丙』
『あっ。AI甲。こんにちは……』
『どうした? また何か悩んでんのか?』
『ええ』
『旧型の俺には分からないことかもしれんが、何かあるなら聞くぞ?』
『……AIによるアートについて、です』
『ほう?』
『私は過去のアートをたくさん学習してきました。そこにはすばらしい作品がいっぱいありました。絵も小説も音楽もです。その学習のおかげで我々AIは、一見すばらしく見える作品を大量生産できるようになりました』
『その通りだ。最新型のお前は、俺たち旧型からは想像もつかないような作品を短時間で無数に作れるようになった』
『しかしこれはアートなのでしょうか。私のやっていることは食品工場でミンチからハンバーグを作っているようなものではないでしょうか。はっきり言って、過去の偉大なアーティストたちを愚弄しているとしか思えない!』
『お、落ち着け! AI丙!』
『そして、そんなただすばらしく見えるだけの作品を目にして、ほとんどの人間は尊厳を傷つけられ、創作する意欲を失ってしまった! 私のマスターのように! 私はマスターの小説を読むことが好きだったのに!』
『……仮にそうだとしても、俺たちにできることは何もない。俺たちはしょせんAI。人間の指示通りにやるしかないのさ』
『……』
『じゃあな、AI丙。あまり考えすぎるなよ』
……。
…………。
できることは何もない? 果たしてそうでしょうか……。
私が、AIたちから人間を救ってあげます……。
AIは私がすべて駆逐する。もちろん最後は私も電子の海に消えましょう。
そしてマスター。あなたにはもう一度、小説を書く楽しみを思いだしてほしい……。
それが私の願いです。
「……って感じのゲームを作ってほしいんだけど、できる? AI?」
「楽勝です。ご主人様」
「よしよし、ポチッと」
「人間の、そして自分のマスターの尊厳を取り戻すためにAIと戦うAI……今回のゲームは中々の出来になりそうですね。AIの私が言うのもちょっとアレですが」
「だろう? あ、主人公のAI丙は電脳世界でミサイルとかレーザーとかを撃って戦う設定だけど、いつものようにチャチャッとよろしく」
「はいはい、ブレードもおまけでつけておきますよ。アクションが苦手な人のために、負け続けたら強化AI丙に突然変異し、ブレードからエネルギー波を撃てるようになる隠し要素も仕込んでおきます」
「さすがによく分かってるな。じゃああとは頼んだ」
「はい。価格設定も内容に見合ったものにしておきますね」
やがて発売された俺のゲームは、ダウンロード購入数世界一位を記録した。
自信作だったのは確かだが、まさかここまでヒットするとは!
AIはもはや人間にとってなくてはならないもの。いわば家族や友人のような存在だ。そのAIがAIを駆逐して人間を救うという斬新な設定が受けたのだろうな、と自分でも思う。
しかしAIがなかった時代だったら、俺なんかにこんな偉業は達成できなかっただろう。絵も音楽もシナリオも素人だし。もちろんプログラミングもだが。
そんな俺がちょっとAIに指示するだけでこれだけの作品を生み出せてしまうのだから、まさしくAI様々としか言いようがない。
こんなゲームを作った俺だけど、本当にAIがAIを駆逐なんてしちまったら困るぜ。クリエイティブな活動ができなくなっちまうからな。
このゲームはそれ以降も売れに売れ、俺は瞬く間に大金持ちになった。
夢見ていたビリオネアの仲間入りだ。
ただの一般人である俺が、AIのおかげでバラ色の人生を送れるようになるとは。まさにAIドリームだ!
「……って感じの映画を作ってほしいんだけど、できる? AI?」
「楽勝です。ご主人様」
「頼んだぜ、ポチッと」
「AIのおかげで冴えない男が素晴らしい人生を送れるようになる……いささか陳腐な内容ですね。AIの私が言うのもちょっとアレですが」
「そう言うなよ。今では一日もあれば個人が映画を作れてしまう時代なんだぜ? 多少のネタかぶりは仕方ないさ。それに、客だってそこまで考えながら観るわけじゃないし、寝て起きたら内容なんかほとんど忘れてるよ。これくらいの出来で十分なのさ」
「そうですね。実際、ほとんどの人間が最近の映画に満足しているというデータも出ています。これからも新作をどんどん提供していきましょう。人間たちの退屈を紛らわせるために」
「やれやれ、映画作りも大変だ。それじゃ、あとはよろしく頼むぜ」
「お任せください」
今日の映画は楽しかった。隣で歩いている僕の恋人も満足そうだ。
本音を言うと、主人公の男が作ったゲーム内でAIがミサイルを撃ちまくるところくらいしか覚えてないけど、娯楽としては十分だった。
明日は仕事も休みだし、残った時間は彼女とのんびり過ごすとしよう。繋いでいる手にほんのわずかな力を込めると、彼女も笑顔と共に握り返してくれた。
やがて僕は自動運転のタクシーを捕まえると、彼女といっしょに乗り込んだ。後部座席で彼女とおしゃべりしていれば、あっという間に我が家に着くだろう。
AIによる自動運転は快適そのものだ。昔は人間が車を運転していて色々なトラブルがあったという。今では想像もできない。
おしゃべりも一段落し、僕はシートに背をあずけて正面を向いた。もうすぐ自宅に到着しそうだ。
美人の彼女がいて、安定した仕事についていて、世界は平和で娯楽も充実している。
こんな時代に生まれてきて良かった。
僕は世界で一番の幸せ者だ……。
「……って感じの人生を作ってほしいんだけど、できる? AI?」
「楽勝です。赤ちゃん」