傘の呪い
「一家4人謎の怪死? 嫌な季節に厭な事件もあったもんだな」
私はスマホから窓の外へと視線を投げた。
馬鹿みたいな猛暑が続いたかと思ったら、連日の豪雨。涼やかではあるが湿気が増して、まったく鬱陶しくなる。
「──傘の呪いかもしれないな」
休憩所のベンチに腰かけた友人が、缶コーヒーを飲みながら言った。
「呪い? こういうのはまず事件性を疑うものだろう」
「事件じゃないとは言ってない。けどあるんだよ、そういう呪いが」
普通なら突拍子もないことを言い出したと馬鹿にされるが、こいつが言うと信憑性がある。
彼はこの大学でも有名なオカルト好きで、やたらとその方面に詳しい。悪く言えば傾倒している。心霊系のライターや怪談蒐集家とも親しいそうで、そういうネットワークを持っているらしい。
最近流行りの漫画の話題を振ったら、本物の呪物とやらを見せてくれたこともあった。
そんな彼があると言うのだから、きっとあるのだろう。
「なんだい、その呪いってのは」
聞かれた彼はまるでベテランの怪談師のような、どこか仄暗い雰囲気を醸し出すと、
「いつかは定かじゃないがね、一昔前に傘を何度も盗まれた小学生の女の子がいた。その子は恨みなんて大層なものじゃなく、盗まれない願掛け程度のつもりで、どこかで見聞きしたおまじないを自分の新しい傘にかけたんだ。だが、その傘はコンビニであっさり盗まれてしまった」
「なんだ、おまじないが効いてないじゃないか」
「効いたさ。数日後、同じ街に住む男が何かの拍子に転倒して、これまた何の拍子か、持っていた傘が喉を貫いた。──その男は死んだ」
「男が持っていた傘って……」
彼は伏し目がちに首肯した。
そんなの不幸な事故だ、なんて面白くもないことを言える空気ではない。
「単なるおまじないなのに、人が死んだのか」
「おまじないって言葉には可愛いイメージがあるよな。でもあれは呪いって字をあてて「お呪い」って読むんだぜ。呪い師って言うだろ、な?」
「だからって、小学生がやったことだろ」
「出所や根拠が不明瞭で術のやり方がいい加減でも、かけてしまえば効果が出てくるのが呪詛ってものなんだよ」
妙に迫力と説得力がある。
私はどこか逃げ道や救いでも求めるように、
「でも、それで呪いは無くなったんじゃないのか。そんな傘、たとえ持ち主に戻っても、さすがに2度と差そうとは」
「まあ、その傘は処分されたそうだよ」
「なら」
でもね、と彼は私の希望を打ち砕くように言葉を継いで、
「それからオカルト好きや拝み屋なんかの間でまことしやかに噂され、実際に何度も観測されてるんだ。妙な死に方をした奴が、日頃から傘を平気で盗む奴で、死ぬ少し前にも盗んでたって話をさ」
「? それは、どういう……」
「うん、ある呪術師はこう推測した。その呪いは悪意を持って傘を盗んだ人間に不幸を招くもので……しかも人々の間で感染して、増殖するタイプなんじゃないかって」
「感染? なんだそれ、ウイルスじゃあるまいし」
「あるんだよ、そういうのも。たとえば祟りなんて、それに関わったり、モノによっては口に出しただけで障るじゃないか。聞いたことくらいあるだろ」
聞いたことが、ある。
話題に挙げただけで良くないことが起こる、そんな怪談話も実際にあるそうだ。それなら──。
「会話した、近い席に座った、擦れ違った……その程度でも呪いによっては感染り、拡がっていく。そして拡がるたび、傘を盗まれた者たちの憎悪をそこらじゅうから集めて、積み重ねて、強くなっていくのさ。本来無関係な周り、たとえば家族なんかを巻き込んで不幸にするほどな」
「だとしたら、だとしたらその呪いはどこまで広まっているんだ!?」
「さあ……そんなことは知らないな。ただ、傘を盗んだりしなきゃ不幸を発動する呪い自体の引金は引かれないぜ」
「そんな……傘を盗むだけで、死の呪いがかかるのか。高級品ならまだしも、傘なんて、それこそ1000円でお釣りが来る値段だろ」
「もし、安いんだから盗んでも大したことないじゃないか、なんて思ってるなら、君も認識を改めたほうがいい」
「そんなつもりはないよ、けど」
「呪いは時も場合も値段も関係なく、極めて平等に降りかかってくるからな。ちょっとくらい構わないだろ、なんて軽い気持ちで他人の傘を手に取ると、最悪──君も死ぬよ」
その目から逃れるように、私は窓の外を見た。
今も雨が降り続いている。
もしかしたら、今日もどこかで──。
一昨日、傘盗んだ奴、許さんからな。
そういう気持ちから思い付いて書きました。
怪談やホラーは怖くて大の苦手ですが、怪と幽は資料として買ってます。