Karte.1-4「《ウィッチクラフト》」
【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属の青年騎士。18歳。
【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1の白魔法師。16歳。
○
「あぅっっ」
「帰ってきただけでコケるなよ……」
すると、そこはもうアトリイエの中だった。
帰還魔法は設定しておいた場所へ瞬時に帰ってこられる。転移魔法と違って『帰る』だけの一方通行だが、それでも中位の魔法には違いない。
ーー 白魔法 レベル1(職人級) ーー
(回復魔法体系と医療魔法体系の複合スキル『白魔法』、か。まあとりあえず、ちゃんとムウ修道会を出た白魔法師みたいだな……)
白魔法師の学院であるムウ修道会では、魔法だけでなく医術や薬術なども教え込むのだという。
後天的にはまずもって上昇しない才能適性……すなわちスキルレベルが最低でも職人級になるまで、苛烈に徹底的に……。
そうして輩出された万能ヒーラーこそ、その白衣を以て白魔法師と敬われるのだ。
「ハルトさん、そこの飴ちゃんを取ってもらえますか……今の《リターン》で魔力を使い果たしてしまいましたたたたたたたたアタマが痛いです痛いです」
「なんでこんなたっかい棚の上に置いてるんだよ……」
しかし白魔法師以前に、この乙女は生物として弱すぎである。
自分たちの注文の材料を自分で集めてしまった形だが、まあ、護衛してやって正解だったのだろう。
(……覚えといてやるか。こんなところに最弱白魔法師がいるってこと)
いや、とりあえずレベル2にはなったので最弱は脱したかもしれないが……、
「ところでハルトさん、さっきのお話の続きなのですが。ゴリゴリ、ガリッ、ゴクン……」
「どの話?」
「ウィッチクラフトは、一回につきレベルを1つ使うのです。せっかくなのでお見せしますね」
「は?」
イエはローブの胸元から、ネックレス型のタリスマンを引き出していた。
それは、闇色のクリスタルだった。
「……ハッ、ちょっっ、よせよせよせッ……!」
「大丈夫です、仕事に役立つものが出ることもあるので……《ウィッチクラフト》」
出ることもある。彼女はたしかにそう言った。
クリスタルが、輝いた。
ーー レベルダウン! ーー
ーー レベル1 イエ ーー
ーー 《ウィッチクラフト》 レベル???? ーー
イエから出でしオドエーテルがタリスマンの前に集束し、
ポンッ、と、形を成した。
それは、ホイッスルだった。
「あっ」
「あっ」
しかし、イエが掴みそこねた。
「むぐっ」
ーーポッピッピッパッポッポップッパッペップッピッ!
ハルトの口にジャストヒットし、一息吹いただけなのに複雑怪奇な音色を奏でた。
直後、
地震。
「「っっ」」
アトリイエ内の品々はもとより、ハルトもイエも跳び上がった。
「ってーー」
そしてハルトは見てしまったのだ。
ーーアートゥゥゥゥ……
アトリイエに影を落とすほど巨大な魔物が、窓の外から二人を覗き込んでいたのを。
ーー レベル99 転巨獣モットスキデス ーー
ハトの翼、アリの体、そしてキリンの首をもった珍妙生物だった。
ーーアートォォォォ……!
「うおおお……!?」「っゃ……!?」
ガボッと。
キリンの首に巻き付かれ、アトリイエが高々と持ち上げられた。
「おおおおーーーーい!? なんだアレなんだコレッ、なんとかしろーーーーッ!」
「あ、わ、わ、わ、あ、わ、わ、わ」
中は地震どころではなく、あらゆる物が滑るわ倒れるわ、元凶の乙女がいちばん転がっているわ。
「落ち着いて。きみがいちばんリラックスできる場所を思い浮かべなさい」
「はあ!?」
「あわあわあわあわ」
イエは転がっている。
(いま、誰かいなかったか!?)
だが、今のハルトには掴みたい藁すら見当たらないのだ。
(……リラックスゥゥ!!)
だから咄嗟に、縋るように思い浮かべた。
ーーアートアート
ヒュッと。
「「!??!?!!」」
わかった、とでもいうように。転巨獣モットスキデスはアトリイエを【ぶん投げた】。
窓越しに遠くなっていった地上で、かのイキモノがエーテルへと霧散した……。
○
グレートベルアーデ城外苑、パラダイスナイトガーデン(正式名)。
広大な敷地のここは、帝国騎士団の本部だ。
第一から第七まで。全ての隊の詰所兼寮舎となる砦が個性豊かに並んでいる。
ただし。一つだけ、中庭や演習場を有する他部隊とは比較にならない小さな砦があった。
城壁沿いの際も際に、ちょこんと……、
『七番館』、と掲げたオンボロ館があった。
ーーチュドォォォォォォンッ!
そのどてっ腹へ、アトリイエがぶっ刺さった。
「うぇっ、ゴホッ、ゴホッ……!」
「けほ……けほ、っ」
ぶち開けたドアで土埃を押し退けながら、ハルトとイエは工房の外へ転がり出た。
「……げっっ」
そうして慌てて振り向けば、やはりハルトは見てしまったのだ。
館に、アトリイエがハマっていた。
あまりの高速と高精度に、まるで最初からそうであったかのような完璧さで合体してしまったのだ。
だが、それは紛れもなく事故である。
「な……七番館が……」
ほぼ無傷のアトリイエに対して、オンボロ七番館はいくつもの柱や外壁が破壊されていたのだから。
ちょうどアトリイエの幅の分だけ城壁にも穴が開き、街並みへと繋がる新たな通用門になっていたのだから。
ポンッ。……ハルトの肩に手が置かれた。
「わかりましたハルトさん、アレはお引っ越し用の召喚獣だったみたいです。この中に人は?」
使命感に満ちた無表情で、ムンッ……と白魔法師は拳を握り締めていたのだ。
「…………いない。間違いない」
「それはよかったです。……あっ、たいへんですハルトさん、手のひらを擦りむいてしまっています。《ヒーリング》」
青年の手を取り、魔法をかけた乙女は。たしかにレベル1の最弱白魔法師に間違いない。
だが。
「イ……イエーーーーーーッ!!」
「……? ……バンザイ、ですか?」
「キレてるんだよ!!」
最強スキルは、最弱白魔法師を守って正しくお使いください……。
続
(1話につき4部分構成の短編連作です)
(毎週月曜日、18時頃に更新中です)
(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)