Karte.1-2「ニフのイエと申します」
【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属の青年騎士。18歳。
【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1の白魔法師。16歳。
○
「……怒らないのですか?」
「開店前に乗り込んだ俺が悪いからな。……ということにしておく」
あの究極棍棒『祕退ヘルクラヴス』が、真白の手元でエーテルへと霧散していった。
座して向き合った青年と乙女を、魔石クレーター越しに野次馬たちが覗き込んでいた。
「なんだこれ……」「何があったらこうなるの?」「キレイですわ」「憲兵呼んでくるか」「そうだな」
「あ、ちょっ、待った待った! 俺は騎士だ、ここはなんとかするからみんなも解散してくれ! ……ご協力どうも!」
青年が胸当てを打って示すと、野次馬たちは三々五々散っていった。フェアリーでさんざっぱら写幻を撮られてしまったが致し方ない。
「お手をどうぞ」
「……どうぞ引き上げてくださいって?」
「……はい」
「ったく」
シャカシャカ……ズザーッ。……クレーターをちっとも登りきれない乙女とともに、アトリエ『アトリイエ』の中へとなんとか戻った。
「いらっしゃいませ。怪我ですか、病気ですか」
「そこからやるのか」
「先ほどは失礼しました。今日、お客さんがいらっしゃるとは思っていなかったので」
「いや、こっちこそわるい。開店は明日だって聞いてたんだけどな、バカな上司がいてさ……」
「なるほど、バカにつけるお薬をご所望ですね。遅効性と速効性のどちらがよろしいでしょう」
「いや毒薬の依頼じゃなくて。うちの隊に回復系のアイテムを卸してほしいって依頼」
「なるほど。ちなみに今の話は冗談です、仕事柄毒物も扱いますが安楽死以外は承らないので」
「……ここ、笑うところか?」
「なにがですか?」
「いや……いい……ーー」(ーー本当に大丈夫か、こいつ)
帳簿を取ってきた乙女に対して、青年は目頭を揉んだ。早くも疲れてきた。
しかし、市井に寄り添う騎士団員として頑張らなければ。
「そうだ、俺は帝国騎士団第七隊のリヒャルトっていうんだ。これが欲しいもののリストでーー」
「リファリュト」
「いやリヒャルトな。大層なものじゃなくていいんだ、ヒールポーションとかダラスケ丸とかーー」
「ウィチャルヒョ」
「だからリヒャルトッ。リヒトでいい……とにかく、そう、俺たちの隊にはヒーラー(癒し手)が一人もいなくてーー」
「リフュィーー……あの、どちらにしても発音しにくいので『ハルト』さんでいいですか」
「わざとやってるのか!?」
若き騎士、リヒトのオトナな対応にも限度があった。だってまだ18歳だし。
「とんでもありません。西方共通語は絶賛勉強中です」
「絶賛はつけなくていい」
「発売日なのに『絶賛発売中』って、誰が絶賛しているのかしら」
「お約束だろ……ーーんんん!? いま、誰かいなかったか!?」
「それよりハルトさん、ダラスケ丸はドウセ商会のお薬なので私では卸せません。他は大丈夫そうですね」
「会話のキャッチボール!!」
「失礼しました。そういえばまだ、ハルトさんと呼んでいいか確認していませんでした……よろしいでしょうか?」
「わかった! 好きに呼んでいい! だから頼むからっ、人の話を聞け……!!」
ハァ、ハァ……。ここまでツッコまされることもそうそうなかった。
「ありがとうございます、ハルトさん。開店マイナス1日目にお得意様ができてしまいました」
「それはよかったな……」
名乗ったばかりなのだが……リヒト改めハルトは、ニフの『お辞儀』をした乙女を無遠慮に見つめるのだった。
「じゃあ、騎士としての仕事は片付いたところで……」
「はい。おつかれさまでーー」
「で、さっきの棍棒はいったいなんなんだ?」
「……。……ふふぃー……ふするるるぃー」
「ごまかすな! あと吹けてないぞ口笛!」
騎士としての仕事は片付いたところで、この天然危険物乙女の追及タイムだ。
「……《ウィッチクラフト》……」
「なに?」
……乙女は、真白の袖を弄んだ。
「と、いうスキルらしいです。私、レベル99のアイテムをクラフトできるようなのです」
「なんでいちいち他人事みたいなんだよ。なんだよその最強スキル、もっと誇れよ」
「うまく説明できないのですが、うまく使えずにいるので……」
「外のクレーターを見れば説明不要だろ……」
なんともはや。街の開業白魔法師にはオーバーすぎるスキルだ。
「……まあ、世の中には不思議なことがたくさんあるしな。街の白魔法師がトンデモスキルを持ってたっておかしくないさ」
「……? 誰に言い訳しているのですか?」
「は、はは、何のことだよ。とにかくそういう力を持ってるなら扱いには気をつけてくれな」
青年は踵を返したーー、
「また近いうちに、あの穴の片付けに何人か連れてくるよ。じゃあよろしく」
「あ、の……ハルトさんは騎士団さんなのですよね?」
ーーのだが、ついと袖口を捕まえられてしまった。
「ああ、騎士団員さんな? もしくは騎士さん」
「ベルアーデの騎士団は、市民の困り事を解決してくれると聞いたのですが……本当ですか」
「そりゃまあ。国立の冒険者ギルドみたいなもんだからな」
「では、これからお薬の素材採取に行くので護衛していただけませんか?」
「はい?」
「ありがとうございます。男の人が一緒なら、カゴは三倍持っていっても大丈夫ですね」
ハルトが呆気に取られている間に、乙女は背負いカゴやバスケットケースを引きずり出してきたのだ。
「申し遅れました」
無表情なままの彼女だったが、間近に迫られてよく見れば……。
黒曜の瞳の深さがごとく、視ようとした者にしか視えない表情がそこにはあったのだ。
「ニフのイエと申します。白魔法師です」
ニッコリと、イエなる乙女は微笑んでいた。
○
帝都ベルロンド近郊、通称『見守りの森』。
防壁から見えるほどの近場にあることから、子供をおつかいに出しても目が届く、という意のフィールドである。
都のそばに強大な魔物は棲みつかないものだ。彼らは己の存在が人間を挑発してしまうことを、そしてそのリスクをよくわかっている。
その一方。人間が歯牙にもかけない弱小魔物こそ、その立場を知ってか知らずか人里近くでひっそり暮らすのだ。
「《必中/すーぱーすとらいく》……!」
「しゃっしゃ、さめー」
エーテルで形作った杖を鈍器に、イエのアーツ(技)が魔物へ必中。
0ダメージ。
「……ビックリするくらい捻りの無いネーミングだな」
「ハァ、ッ、ハァ……説明しましょう、このアーツは相手に必ず命中する技なので、す……」
「だろうな。四回連続で相手は無傷だけどな」
「それは……技の効……果………なく、私が……レベル1……ひふ、ひゅー……ぅぇっ、ぇ、ふうううううう……」
「わかったわかった、あとは任せろ」
レベル1だからというよりも、イエはシンプルに最弱だった。
ーー ATK:G- DEF:G- DEX:G- AGI:G- INT:G RES:G ーー
ーー EP(Ether Point):残り3 ーー
「はぃ、はひ、けほけほ……」
ステータスはほぼ最低値だし、立ち回りもなっていない。簡単なスキル数発でEP(気力)を浪費し、杖に縋りながら後退する始末だった。
「さめめ!」「ふかひれ!」「はでゃー!」
二人が対峙していたのは、たかだか数体の青さめだ。
世界中どこにでもいる『さめ』種。ぬいぐるみサイズの魚が二足歩行し、武器として小石を持っている。
そのキュートな姿に違わず、最弱の一角とされる魔物である。
「よっと」
ーー 《イークイップ》 ーー
装備魔法。フェアリーが開いたごくごく小さな次元の狭間から、ハルトは武器を受け取った。
「さめゃ!?」「きゃびゃ!?」「ざりゃー!?」
鞘に入れたままの双剣でチョップ、チョップ、チョップ。タックルや噛みつきを難無くいなし、ハルトは青さめたちを泣かせたのだった。
「「「しゃーーーーく!」」」
命を奪う必要も無い。イタズラモンスターたちはすたこらと逃げていった。
すると。彼らから発せられたエーテルだけが、この場に残った。
なけなしの輝きが、ハルトとイエへ宿った。
ーー レベルアップ! ーー
ーー レベル2 イエ ーー
(1話につき4部分構成の短編連作です)
(毎週月曜日、18時頃に更新中です)
(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)