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Karte.4-4「遅いです……!」

【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエを見守る青年騎士。18歳。

【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにレベル99のアイテムをクラフトできる白魔法師。16歳。

【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。

【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回す残念系王女。20歳。

【アリステラ】……イエを??する自称『????』にして、自称『??』。自称??歳。


 ○


「ととと……自慢のダシだかなんだか知らないが、こんなに注ぐなよ……」

 ドンブリ二杯を左右の手に乗せたハルトは、家具屋の前までようやく到着した。

 片方にはたぬきそば。モツとセットで調味液に浸っていた『お袋さん』が、味のよく染みた茶色い姿を広げている。

 片方にはコロッケそば。畑から採れたてのコロッケのようだ、衣がサクサクだし茎の切り口も瑞々しい。

 どちらもドス黒いスープに浸かっているが、その色合いに反して甘い香りが立ち込めていた。

「ーーひっ、ひぃぃぃぃぃぃ!」

「うわっっ……!?」

 突然。家具屋の扉が押し開けられ、中から肉の玉が転がり出てきた。

 いや、狩人風の太っちょ男だ。

「アッ、アニ、ッ、アニキがぁぁうあああああ、あ、あぢゃあぁぁぁぁ!?」

「ソバああああぁぁぁぁ!?」

 ハルトの鳩尾に頭突きをかましてしまい、二杯の熱々ソバを頭から被った。

「あばばばばば、あば……あぎゃッッ!? …………」

 ……もんどりうった末にゴミ箱の角へまたぶつかり、気絶してしまったのだった。

 その拍子に、家具屋のマークが刻まれた金貨袋が懐からこぼれ出た。

「な、なんだぁ!? ……とりあえず確保!」

 制服を一張羅にしているとこういう時に役立つ。標準装備の手錠を男の後ろ手へ掛けてやった。

「ーーむぅぅ、むぅぅ」

「ってマジかぁ!?」

 と、珍獣の鳴き声に振り向けば。開け放たれたままの扉の向こうに、ロープの芋虫と化したイエを見つけたのだ。

「イエ! ……と、おばちゃんまで!?」

「ーー………………」

 ハルトは店内に駆け込んだ。壁際に押しやられた革袋かとおもいきや、白目を剥いた店主のおばちゃんまで見つけてしまった。

 怪我らしい怪我はしていないようだが、物凄い形相で気絶している。きっと盗賊を目の当たりにしたのがよほど怖かったのだろう。

(ん……? なんだ、これ)

 と、なぜか悪寒を感じて足元を見れば……、

(シミ……? ……目……みたいな……)

 そこには、いやに存在感を覚える闇色のシミがあった。

 ちょうど……蹲った人間ほどの大きさだろうか……。

(って、それどころじゃない!)

 ハルトは頭を振り、

 ーー 《イークイップ》 ーー

 ーー 双剣銃パラレラム ーー

「動くなよ!」

 次元の狭間から得物を抜き出すと、取り急ぎ、イエとおばちゃんの猿轡を切り落とした。

「ぷぁっ……! ご、盗賊ですハルトさん……! いま逃げていきました……!」

「大丈夫だ、そいつならもう捕まえた! それより怪我は無いか!?」

「……捕まえた……。そう、ですか……」

「お、おい?」

 張り詰めていたイエの体から力が抜けた、

「ふにゅっ……!」

「ごふぅっ……!」

 ……直後、芋虫のジャンピング頭突きがハルトの鳩尾へクリティカル。

「な、なにするんだよッ!?」

「どうして助けに来てくれなかったんですか……!」

「は、ぁ!? 来ただろ、こうやって!」

「遅いです……!」

「遅いことあるか! 俺史上最速の犯人逮捕だったぞ!」

「……ううう……」

 ハルトは。息詰まってしまった。

「……ふあ」

 イエが、

「ふああ……!」

「うああ!? な、泣くなよ!」

 イエが。泣きだしてしまったからだ。

「ふああ……! ああああん……!」

「馬鹿ね。一人ではいられないくせに一人になるからよ」

「うるさいぞアリステラ……!」

 あの闇色タリスマンまでローブから溢れ出た。それでもハルトは飛び出した言葉のままに、気持ちのままに、イエの手足のロープを削っていって……、

 ーー「ーーソバは俺が持っていってやるから先に見に行ってたらどうだ?」

「っ……くそ」

 ……しかし、そう、気持ちのままにあんな言葉をかけたのも他ならないハルトなのだ。

 少しもたついてしまってから、イエの不自由はほどかれた。

「……わるかったよ。放っておいてごめんな、イエ」

「ぐす……」

 芋虫だった彼女は、今度は膝を抱えて蛹のようになってしまった。その背中におっかなびっくり触れてみれば、もう盗賊はいないのにまた張り詰めていた。

 いや。開口一番に盗賊を告発したこの白魔法師は、あの男を捕まえたとハルトが言った時には確かに安心していたではないか。

「……お蕎麦は……?」

「は? あ……それが、その…………あいつにぶちまけられた」

「ふああああん……!」

「わわわわかったわかった! 作り直してもらおう! な!?」

 だから。今ここで拗ねている彼女は、ただ、怖かった思いに震えている乙女なのだ。

(……まいった。今までやってきたなかで一番難しいクエストだ)

 彼女とともに新しく始まったばかりの日常。冒険ともいえない小さな非日常と事件。しかし……こんなのは大失敗だ。

 家族といえる仲間ならマリーやシェリスだってそうだ、が、イエはハルトにとってまったく未知の相手だった。

 『女の子』というものは、青年が考えていたよりもずっと難しいものだった……。


 ○


 七番館はアトリイエの前から、あの魔導馬車が発車する。

「まいどぉ! ドンブリは玄関先に置いといてくんな!」

「ご、ごくろうさんー……」

 蕎麦屋を窓越しに見送ったハルトは、手錠でも付けられているかのようなぎこちなさとともに数歩脇へ移動した。

「ずるずるずる……」

「な、なあ……まだダメなのか?」

「ダメです。いま、離されたら今度こそ立てなくなります。ずるずるずるずる……」

「なのにソバ食うのはやめないんだな……」

 実際、ハルトの左腕にはイエがしがみついていたのだ。

 この世の終わりのように脚が震えっぱなしの彼女が、それでも立ち食いソバを堪能できるように支えてやっていた。

 調合台上の品々を押し退け、わざわざ『立ち食い』スタイルで……。

 アトリイエの中には、もう、真新しいテーブルやベッドが二人暮らし用にセットされてあるというのに。

「ちゅるちゅる。ねえハルトぉ、座って食べさせたったほうがええんじゃあないん?」

「それじゃ立ち食いソバにならないから嫌なんだとさ」

「ずぞぞぞぞっ。ま、腰抜けたままでも帰ってくるんだからよー逆に丈夫なもんだぜぃ」

「ああ、家具屋からずっとこの調子だよ。最高の拷問だった」

 マリーとシェリスも御相伴していて。鉱物オイルたっぷりの油そばと、ホイップマシマシのクリームそばを楽しんでいた。

 この二人とてハルトが受けた苦悶は想像しがたいだろう。

 家具屋のおばちゃんを介抱して、あの盗賊を衛兵へ引き渡して、蕎麦屋に事情を説明して……、

 ……その間、ずーっと、この腰砕け乙女がしがみついてくる様を市中に披露していたのだから。

「ハルトさんも召し上がってください。そうでないと意味がありませんから。はい。どうぞ。『あーん』してあげましょうか」

「……結構デス。いただきます」

「同棲初日から尻に敷かれるたぁ下手こいちまったなぁー兄弟」

「だっっ……からそういうのがイヤなんだよ俺は! なんでみんなしてそうなんだ!?」

「ほははは、そんだけ気に入られてんでぃおまえたちゃ。うら若き騎士さんと白魔法師さんが朝もはよからお出かけなんざ、からかうのは市民の義務なのだわ」

「そうそう。それを笑って流せんのはまだまだ経験不足っちゅうことよ~」

「くっ……」

 一つ二つしか年の違わない二人にババくさいことを言われてしまった。されどこの二人は社交界にも生きる王女とその侍女でもあるのだ。

「どうせ俺はガキだよ。……ずるずるずる」

「わかってんなら上出来でぃ。へいイエ子、こんな兄弟だがよろしくたのむのだわ」

「こちらこそ。ずるずるずる」

 ふと。イエに気づかれないように、ハルトはシェリスに脇をつつかれた。

 麺を啜る音に紛れて、小声で笑いかけられる……。

「なあ、おい。おまえが思ってるよりずっと、世の中にゃいろんな変人がいるもんだろぃ?」

「……わかってるよ。そのうち話すって」

「そう願ってらぁ」

「ずるずるずる。……ソバって美味いなイエ」

「美味しいのですハルトさん。ずるずるずる」

 今はまだ。ただ。二つ屋根どころか本当に一つ屋根の下で暮らしはじめた彼女と、肩を並べ合う。

「イエちゃんイエちゃん、さっき話してくれた守護精霊さんってやっぱり今も寝てるの?」

「そうですね。お二人にも紹介させてください」

「うんっ、楽しみにしちょるわぁ~」

「ずるずるずる《クラフトウィッチ》」

 ーー レベルダウン! ーー

 ーー レベル1 イエ ーー

「あのね。レベルの無駄遣いはやめなさい」

「「「ぶーーーーッ!?」」」

 一人プラス一柱をファミリーに加え、小さな世界が少しずつ廻りだす。


  続



(1話につき4部分構成の短編連作です)

(毎週月曜日、18時頃に更新中です)

(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)


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