Karte.4-3「 お ち な さ い 」
【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエを見守る青年騎士。18歳。
【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにレベル99のアイテムをクラフトできる白魔法師。16歳。
【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。
【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回す残念系王女。20歳。
【アリステラ】……イエを??する自称『????』にして、自称『??』。自称??歳。
○
ベルアーデ帝国は機工技術に長けた国だ。
ライバルのブライティナ連合国が誇るような魔法技術と比べ利便性は劣るし、複雑な機構を用いる……、
が、しかし、
魔法使いたちがエーテル発動所で24時間365日詠唱する必要も無ければ、魔法の才が無い市民たちがマッチより大量に魔法書を買い込む必要も無いのだ。
自動化の効率性と誰でも扱える汎用性こそ、エーテルに依らない機工技術の特長である。
「おい新入りぃ! 炉の動きが鈍ぃぞ、もっと気合い入れてゼンマイ巻いとけやぁ!」
「す、すいやせんー!」
なにせ朝一番にゼンマイを巻いておけば数時間は歯車たちが回り続けるのだから、今後ますますの技術発展に期待できるというものだ。
鉄や石炭よりありふれた鉱物『聖女香』を機構に組み込むことで、時間と浮力を司る光属性の作用が動力を持続させるのである。
「さあいらっしゃいいらっしゃい! 今日はモツシチュー汁とチゲシチュー汁がお買い得だよー、絞りたてだよー!」
「期間限定大復活っ、ニセホンモノジャガイモにぎりと雪玉揚げのお出かけセット! 今日も元気にいってらっしゃーい!」
「そういえば朝ごはんがまだでした。何か食べましょうハルトさん」
「おまえのマイペースは金槌で打たれても変わらなさそうだな」
歯車の壁、煙突の天井、それに軒先で交錯する焼き入れや呼び込みのリズム。ハルトとイエは商店街を歩いていく。
王城目前の繁華街より遠く、されど城壁間近の下町ほどには離れず。
職人中心のせっかちな街路が、国の主要産業たる鍛造業をぶん回していた。
「いいよ。なに食べる?」
「あれが気になります」
「あれって……」
無駄にズビシと勢いよく、袖が翻された。
1ブロック先の宿場街との境目、小さな広場に馬車が停まっていた。
どうやら移動販売車のようだ。
「っしゃぁい、本場ニフのソバだよーぃ。安いよ早いよ美味い人には美味いよー」
ニフのファストフード、ソバのヌードルスープを提供している立ち食い処だった。
「……おい待った、すごい行列だぞ」
「すごいですね。きっと美味しいのです」
問題は、通りを横断するほどの長蛇の列ができていることだ。
「行列ができてるから美味そうに見えるんだろ……。ニフ人は行列に惹かれるって本当だったのか?」
「それは違います。単に私の好物がお蕎麦だからです」
「……解説どうも。食べたいか?」
「ぜひ」
「まあ回転は良さそうだしな……」
言っている間にも人が集まってきていたので、二人は行列に駆け込んだ。
ーーホスホスホス……
(機工車どころか魔導馬車か……無駄に気合というか見栄張ってるなあ)
機工の骨組みに満たされたエーテル製の馬を、しげしげと観察する。各部のクリスタルから魔力のスチームが排気された。
魔導技術。魔法とも機工とも似て非なる第三のテクノロジーだ。
燃費面からついぞ普及しなかった発明『蒸気機関』が基となり、『魔蒸気』として大成された半永久機関である。
魔法の力を機工で御する、あるいは機工の力で魔法を御する。双方の良い所取りと述べて差し支えないそれは、しかしあらゆる面で莫大なコストを必要とする。
国家レベルではともかく、一般の人々にとってはまだまだオーバーテクノロジーである。
大衆向けに安く開かれた魔導技術といえば、聖女教会の援助がかかった擬似精霊フェアリーぐらいのものだ。
……と。そんな過剰技術による魔導剣銃を携えたハルトとしては、モノ好きな視線を魔導馬車へ注いでいたわけで……。
後ろから声を掛けられても、なかなか気づけはしなかったのだ。
「あらら、騎士さんもこゆとこ来るのんね」「ごくろうさまあ」「ひょっとして不純な異性交遊的な?」「わー東方の子じゃなあい」
「……は? は?」
「……?」
肩をつつかれてようやくわかったのは……、
(ってしまった!? よく見たらここ並んでるのって、向こうの夜の街のみなさんじゃないかよ!?)
なんだか場違いな二人は、仕事上がりらしい酒場のママさんや盛り場のオネエさまたちに絡まれてしまっていた。
「白いのちゃんー、おいくつ?」
「16歳です」
「やあん甘酸っぱい年頃ねえ」
「隣の騎士くんは彼氏くん?」
「いいえ、ハルトさんはパートナーさんです」
「おおお」
「バ、バカ! それを言うならバディだろ!」
「どっちにしても好きじゃん」
「なんでそうなる!? こいつはうちの顧問白魔法師なんだよ、あんまり危なっかしいから俺が組んでやってんの!」
「キャーッ、くんづほぐれつ!」
「ガチ騎士様!」
「おそばでソバ食う青春!」
「だああああ! もう!」
ゲラゲラゲラ。大げさすぎてどこまで本気かわからないテンションでイジられる。
(シェリスに呑みに連れてかれた時は、愛と金について夜明けまでトークショウされたっけなあ。悪い人たちじゃないんだがめんどくさいぞこりゃ)
イエは矢継ぎ早な歓談へいちいち首を傾げたり頷いたりしていたが、彼女の対応だって間違ってはいない。単にハルトが人並み以上に悪目立ちを面倒くさがる性分なのだ。
だから……、
「そ、そうだイエ、家具屋はそこの裏路地に入ったところにあるんだよ。ソバは俺が持っていってやるから先に見に行ってたらどうだ?」
「え……? でも……」
「いいからいいから。実は、あー、この姐さんたちと極秘任務の話があるんだ……新入りのおまえがいると警戒するかもしれない……」
「極秘任務……! ……ゴクリ。わかりました、ではたぬきそばをはらわた抜きでお願いします。あとネギ抜きで」
「それ美味いのか……? まあいいや、後でな」
と。使命感に満ちた様子で、イエは裏路地へ先行していったのだった。
「……極秘任務ってなによぅ」「気恥ずかしくなったのですわね」「一歩も動かず逃げる上級ヘタレ」「きっと一緒に食べたかったでしょうにネー」
「余計なお世話だっての……。さっさと飯食って寝ろ」
一人になったところで解放はされなかったが、イエとペアでニヤつかれるよりは格段にマシだ。あの天然乙女が気にしなくてもハルトが気にするのである。
そんなことだからからかわれるのだ、と胸のどこかではわかっていても……。
(あーあ。何をムキになってるんだ、俺……)
○
「ごめんください」
人気の無いほの暗さを潜っていって。イエは、この裏路地のヌシがごとく鎮座していた家具屋へ踏み込んだ。
けっこう広々とした空間に、主に松材で組まれた家具の見本が並んでいる。どうにも陽当たりに乏しい店内だったが、その採光の少なさがむしろ商品の暖かな意匠を際立たせていた。
「あの……?」
店主の姿が見当たらない。近隣の借家案内を記したスタンド看板たちが出迎えてくれただけだ。
こういう大きな家財を扱う店は、店頭の商品を売るというよりは卸売や職人との仲介を主としていることが多い。
奥には生活スペースへ続いているらしい階段が見えたので、普段は店内で過ごしてはいないのだろう。
ベッドとサイドボードのセットモデルへ目移りしながらも、イエは階段のほうへ歩いていって……。
「あ」
「ーーむぅぅ、むぅぅ」
……階段下の小収納に、ロープでエビ反りに縛られたおばさんを発見して。
「ーー《ソイルエッジ》……手ぇ上げな嬢ちゃん」
「…………」
……『土』の刃を帯びた杖を耳元に突きつけられ、イエはバンザイよりも速く高く手を上げた。
「ーーや、やったぁ。さすがアニキだどぉ」
「馬鹿野郎ッ、やりやがったのはテメエだ! ドアに鍵掛けとけって言っただろうが!」
「オ、オデはドア閉めとけって言われただけだよぉ」
「同じことだろ! このグズ!」
魔法使い風の痩せぎす男と、狩人風の太っちょ男がいた。
二人組の強盗がいたのだ……。
「むぅぅ、むぅぅ」
そんなわけで、イエも猿轡付きでふん縛られてしまった。
魔法の行使には声ならざる高次元言語『X言語』の詠唱や身振りが必要なのだが。それを見越してだろう、指先にまで縄を巻かれたまま転がされてしまった。
「おいデブ、今度こそ見張っとけよ。ああくそ無性にイラついてきたぜ」
「ご、ごめんよぉアニキィ」
太っちょ男の強盗Bが玄関の施錠から戻っても、痩せぎす男の強盗Aは見もしなかった。
「けっ、ずらかる前にちょっとリフレッシュだ。気分上げてかねぇとやってらんねぇぜ」
「むゅぅぅ」
なんと店主のおばさんに足を掛け、邪魔な荷物のように押し退けた。
……そして、イエを見下ろすのだ。
「……なあ? べっぴんの嬢ちゃん」
「…………!」
チロチロ。チロチロ。……下卑た眼差しとイヤらしい手つき、そして蠢く舌先とともに。
強張ったイエの…………耳がつままれた。
「へへへ……おれはなあ、カワイ子ちゃんの耳の味が大好物なのよ。さあておまえの耳垢はドライタイプかな、それともウェットタイプかなああ……?」
「す、すげぇだなぁアニキィ、性癖も上級者だぁ」
「うるせぇッ、おまえは黙って見張ってろ!」
「ひぃっ」
「むぅぅぅ、むぅぅぅ……! ふぁがほごふぁがほご」
イエはもがいた。それはもう全身で怖気を表しながらもがいた。
ーー 未知の智慧 獲得 ーー
ーー オドエーテル(経験値) 変換 ーー
ーー レベルアップ! ーー
ーー レベル2 白い嬢ちゃん ーー
あまりの恐怖体験。未知の変態との遭遇に体内魔力オドエーテルが活性化し、レベルアップ通知が強盗Aのフェアリーから発せられたほどだ。
「おお、おお、レベル2だあ? 弱っちいことで……そのワリには暴れやがる暴れやがる、へへ、うへへへへ……」
「ふぁ、ふぁひゅほはあん……!」
「いただきまーー」
ーー レベルダウン! ーー
ーー レベル1 白い嬢ちゃん ーー
「…………は?」
だから。
今まさに乙女の耳元へ顔を近づけていた不埒者は、視たのだ。
「ーーーーーーーーーーーーーーー《クラフトウィッチ》ーーーーーーーーーーーーー」
彼女のローブの胸元……ちょうどタリスマンの辺りから、混沌の闇が起き上がったのを。
ソレは、大きすぎた。
存在が、大きすぎた。
光がまったく無い……あるいは光の影にできた漆黒ではなく。
それはやはり、黄昏か暁のような闇だった。
「 お ち な さ い 」
長すぎる髪の少女が眼を開け、抱擁の腕を広げた……。
ーー レベルアップ! ーー
(1話につき4部分構成の短編連作です)
(毎週月曜日、18時頃に更新中です)
(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)