Karte.4-2「一緒に寝ましょう、ハルトさん」
【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエを見守る青年騎士。18歳。
【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにレベル99のアイテムをクラフトできる白魔法師。16歳。
【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。
【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回す残念系王女。20歳。
【アリステラ】……イエを??する自称『????』にして、自称『??』。自称??歳。
○
落ちる夢というものは、どうして妙にリアルなのだろう。
実際に落下したわけではないのに、足がビクッと震えてしまうほどに。
「ふぐぁっ」
そんなわけで、ハルトはビクッと跳ね起きた。
「あうっっ」「でっっ」
……その拍子に、ハルトを覗き込んでいたイエと頭をぶつけ合ってしまった。
「っ、っ、~~っ、~~~~……!」
「わ、わるい! 大丈夫か!?」
「大丈夫です。白魔法師は忍耐が大事でふ」
「のたうち回りながら言われてもな……」
目も回している真白の芋虫を、ハルトは助け起こしてやった。
ここはグレートベルアーデ城(正式名)外苑、パラダイスナイトガーデン(正式名)の片隅にある七番館。
青年騎士リヒャルトもといハルトと、一応は顧問白魔法師のイエが住まう、帝国騎士団第七隊の小さな拠点だ。
冒険者ギルドのように受付カウンターを据えたロビーは、事務所とは名ばかりのリビングとなっていて。
今の今までハルトが寝ていたソファへ、イエはおデコをモミモミしながら腰掛けた。
悶絶しているうちにローブの内からこぼれ出たタリスマンが、あの闇色の輝きを揺らした。
「おはようございます、ハルトさん。ちなみにお姉さんの夢は本当のことですのでよろしくお願いします」
「ああ、そう……わざわざどうもな」
「これが本当の『正夢』ですね」
「うん違うぞ。なあアリステラ……だっけ、どうせならこいつに西方共通語も教えてやってくれよ」
「………………」
……沈黙。
タリスマンは何も喋らなかった。
まあそれはそれで当然なのだが。
「いや無視かよ。寝てるのか? おーい」
「言い忘れていました。普段のお姉さんは眠っているのです」
「なに?」
「あの大きなクリスタルのままならともかく欠片だけなので、起きていられないのだとか。私が《ウィッチクラフト》を使った時だけ……というより経験値を捧げた時だけ目覚めて、私たちに干渉できるそうです」
「とんだぐうたら精霊だな……」
「あ。夢を通していつも見守っているとも言っていました」
「それを早く言ってくれ」
アリステラ。自己紹介のためだけに人の夢を異空間で繋いでしまうとは、とんだ自称守護精霊だ。
イエが持ち上げてみせたタリスマンから、ハルトはデコピンを引っ込めたのだった。
「……ところで、ハルトさんはいつもここで寝ているのですか?」
「うっ」
しまった。まだ温かみが残っているだろうソファのくぼみに手を添え、イエはハルトを見上げた。
白魔法師らしい、几帳面そうな眼差しである。
「ソファで寝るのは良くありません。寝返りが打てなくて血流が悪くなったり、不自然な姿勢が続いて負荷が大きくなったりして、ぐっすり寝たつもりでも体がダルいはずです。違いますか?」
「あ、あーそうだなあ、言われてみればたしかに……? いや、べつにいつもこうじゃないんだぞ、ほら、昨日はいろいろありすぎたし……」
と、ハルトはソファの脇に置いてあった木箱をイエの死角へと蹴っていって……。
その時、奥の廊下へと続くドアが開かれた。
「ーーあら、二人ともおはよう~。ハルト、新しい部屋はどこにしたんじゃあ?」
「ちょっ、マ、マリー……!」
ラバーメイド服を着た褐色肌の幼女。いや職工種族ドワーフのミニマムレディ、マリーが現れた。
「新しい、部屋……?」
「ハッ。……いけん、ヤブヘビの予感」
イエのきょとん顔とハルトの鬼の形相を見て、七番隊副隊長殿は察したようだった。
「え、えへへへへ。そういえば今日から、朝のフェアリー体操を始めようと思ってたのよお……いけんいけん、また後でねえ!」
退場。退避。横槍を全力投擲するだけしておいて、赤髪のミニ貴婦人はドアの向こうへ消えていった。
「あの。何がどういうことでしょう?」
「はぁ……おまえには黙っておきたかったんだけどな」
ハルトは木箱の蓋を開けながら、ロビーの一所を後ろ手に示した。
そこにはイエの仕事場であるアトリイエがハマっている。
《ウィッチクラフト》の事故により七番館にぶっ刺さり、改装を経て一部となった魔術工房。その裏口が。
「……あの工房がハマった場所に、俺の部屋があったんだよ」
「えっ」
木箱の中には、ハルトの私物が詰まっていた。
木材や石材が刺さったり、割れたり。それでも辛うじて使えそうな品々の寄せ集めだった。
「ご。ごめんなさい……っっ!」
「はぎゅぁ……!?」
ハルトはイエにハグされた。それはもうムギュッと強く。
貧弱すぎる乙女ではあるが、膂力はともかく体つきはそうでもないようだ。か細い腕に引き寄せられれば……慎ましくも整った柔らかさが……、
「ななななんのつもりだよ!?」
「女のハグは最強の謝罪ジェスチャー、と西方作法の本に書いてあったので……」
「捨てろその本! ちょっ、わかったからとりあえず離れろって……!」
恐る恐る、ハルトはイエを引き剥がした。
「いいんだよべつに。あんま気にしないでくれ」
「でも……。だからハルトさんはこんなところで寝ていたのですよね」
「新しい寝床を見つけるまでな。奥にはマリーやシェリスの部屋があるんだが、新入隊員用の空き室もいくつか用意されてるんだ」
「どうしてすぐにそちらへ移らないのですか?」
「んー……」
ハルトは灰髪を掻きながら逡巡していたが。
やがてイエを手招きし、マリーが高速入退場していったあのドアの向こうへ連れていった。
奥の廊下。騎士隊の詰所というより、本当にただの洋館のように個室のドアが並んでいる。
最奥のド真ん中の部屋には金縁のプレートが、その隣の部屋には林檎型のプレートが架かっていて。
しかし、それ以外のドアには入居者を示すプレートは無く。代わりに走り書きのメモが貼っつけられていた。
適当な『空き室』のドアを、ハルトは開けてみせた。
「あぅっ?」
……ドササササッ、と、未加工の鉱石たちが吐き出された。
「……倉庫になってるんだよ。新入隊員がずーーっと来ないから」
空き室の中は、それらの『クエストのついでになんとなく集めたがいつ使うかはわからないアイテム』たちでみっちりだった。
「今さら貸倉庫でも借りる予算は無いし、一室空けるだけでも一朝一夕じゃ済みそうにないし。それでもまあ部屋無しはキツいからな、気長に取り掛かろうと思ってたんだ……よ、っと!」
鉱石たちを押し戻し、ハルトはドアを閉めた。
「わかりました。私にお任せください」
「ん?」
振り向けば。一見無表情ながらも黒曜の瞳に熱意を燃やし、イエはハルトの制服の肘をつまんでいた。
「ああ、まあ、倉庫整理の時は声かけるよ。貧弱印のおまえに手伝ってもらうのもかえって心配だが……」
「私のアトリイエで一緒に寝ましょう、ハルトさん」
「はああああああ!? あッッ、いっだだだだ引っ張るなつまむなそこちょうど痛いとこ、っ、肘、皮っ、だだだだだ……!」
貧弱印の乙女に、ハルトはみっともなく連行されていった。
……。
十数分後。
アトリイエ内にて。
「っぃ、ひぃ……ひふぅ……ふぅぅ……でき、っぇけほけほ、っ、できました……」
「そりゃ急に部屋の掃除とか始めたら意外と汗かくけどな……そこまでなるか?」
玉の汗を垂らしながらへたり込んだイエへ、ハルトはタオルを投げ渡してやった。
一間だけのささやかな魔術工房は、調合台などの仕事場以外にもイエの住まいが兼ねられている。もっとのびのびと設えてもよさそうなものを、ひっそりとベッドやクローゼットが置かれているのだ。
なので……、
「ぱーふぇくとです。綺麗に整いました。ハルトさんはこちらを使ってください」
「っていやいやいや、つい最後まで見守ってしまったぁ……ッ!」
イエの生活圏をもう少しだけ詰めて、ハルトのためのスペースが設えられていた。
木箱から取り出された私物を仮置きされ、予備の椅子やミニテーブルまで設置されていたのだ。
……それはもう、イエのベッドの真横も真横に。
「なに考えてるんだよ!? 一緒に寝……泊まりなんてできるわけないだろ!?」
「嫌ですか?」
「いや嫌とかいう問題じゃなくて……」
「襲いますか?」
「ヤメロ! 襲うかぁ!」
「はい、私もそう信じています。ハルトさんは良い人です。安心してください、私も今はすっぽんぽんで歩き回ったりしません」
「今は!?」
なんだろう。さてはハルトの微妙(で健全)な男心をわかってからかっているのだろうか、いや……わかっていなくてこうだから余計にアブないのだ。
「そうです、それなら衝立を用意すれば解決です。ぱんてぃさん」
「パーティションな」
「ベッドなども私が壊してしまったのですよね? ちょうどこちらも家具がいくつか壊れてしまったので、一緒に買いにいきましょう」
「ちょ、おいおいおい……」
大きな袖を重ね合わせてトテトテと、乙女は室内を横断して。
「シェリスさん。経費で落ちないでしょうか」
「ーーほっはっはっはっはぁぁ……」
「げ」
……玄関ドアの脇の窓向こう。金髪縦ロールな美姫が、新聞片手にニチャァ……と笑っていた。
第七隊長シェリザベート・ハーフェン・ベルアーデ王女である。
「経費じゃ落ちねぇが、入居祝いをくれてやらぁ。ダブルベッドでもなんでも買ってくるのだわ」
「シングルだッ! 買うにしてもシングル!」
「いただきます」
縦ロールの中から顔を出したフェアリーが、シェリスのバトルドレスに入り込むと金貨袋を取り出して。あんまり膨らみはないそこから、大金貨10枚がイエの手へ渡った。
「よぅ兄弟、試しに一緒になってみりゃあいいじゃねぃの。思わぬ組み合わせが万鮫券になることだってあんのだわ」
「おまえが第六隊の新聞からさめダービー面とクーポンだけ抜き取ってるのバラすぞ」
「スラスラスラ……ほいコレ依頼書な。『うちの顧問白魔法師がなんちゃってジェントルクソ野郎の部屋をぶっ潰して泣いてます、女の真心はとりあえず受け取りやがれください』っと」
「チラシの裏ぁぁ……!」
「いきましょういきましょう」
こうして。意気揚々と玄関ドアを開け放ったイエに、ハルトはついていくことしかできないのだった。
「仮住まい! とりあえずっ、新しい部屋が見つかるまでっ、ホントすみっこのほうでちょっと間借りするだけだからな!?」
「はい。ハルトさんがいいと思うまでいてください」
背中からホハハハとバカ笑いを浴びながら、城下町へと通用門をくぐった。
(1話につき4部分構成の短編連作です)
(毎週月曜日、18時頃に更新中です)
(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)