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深淵
「かの有名な哲学者であるニーチェはこう言いました」
『深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ』
僕はその言葉を聞いて、全然意味はわからなかったけれど少しかっこいいと思った。
それに気づいてか気づかずか、伯母さんは一呼吸置いてから言葉を続けた。
「私はこう思うのです」
『猫をのぞく時、猫もまたこちらをのぞいている』
「その答えは否」
「猫は気分でその人間の視線すらなかった事とします。意図的に無視しているのか、はたまた眼中にすらないのか我々にはその推敲な思考を知ることは出来ません」
「ただただ、私達はそれを享受するしかないのです」
「ニーチェの言葉の深淵については、ミイラ取りがミイラになるといった意味での解釈が一般的ですが、こちらはそんな甘い話でありません」
「猫好きが猫になるなんて身の程知らずもいいところ。猫をただ崇めて称えて、その尊さに今日も手を合わせて拝むことが我々にできる最小にして最大のことなのです」
そう言って空き箱に入った白を眺めながら伯母さんはそっと手を合わせた。