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美食倶楽部へようこそ  作者: みお(miobott)
クリスマスミートボールと最後の真実
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4-1

「いっそ、仕掛けてみる、というのはどうでしょうか」

 そう支配人が言い出したのは、そろそろ気の早いクリスマスソングが響き始める、12月初旬のことだった。

 

 

「考えてみてください、膳。相手がわからない以上、僕たちは相手の出方を待つしか無い。しかしこのゲーム、待つ方があまりにも不利です。だからこちらから仕掛けるんですよ」

 今日の美食倶楽部も大入り満員だった。

 外はすっかり冬だ。外を吹き抜ける風は冷たいが、店の中はほんのり温かい。コンロのそばにいる膳子は暑いほどで、ほてる顔に手で風を送った。

「……仕掛ける、とは?」

 支配人はいつものようにキッチンの隠し窓側に背中を預け、鋭い目線で店内を見つめている。

 支配人と不本意ながら夜を明かしたあの日から、すでに数週間が経つ。しかしまだ、事態は何一つ動いていない。

 最後の手紙の一枚は出てこないし、客はいつも通りだ。

 常連はくねくねマダムに、どこかの金持ちのボンボンたち。上品な奥様や、そのお友達。

 琴原も少し前から顔を出すようになった。最初こそ泣きそうな顔をしていたが、最近は笑顔も見える。

 それは彼女の姉が逮捕されたからだろう。一時期は心配になるほどやつれていたが、その体を支える夫の大きな手のらを見て、膳子は安心した。

 この夫婦は、大丈夫だ。

 ……大丈夫でないのは、美食倶楽部である。

「膳、僕はね。チェスであれポーカーであれ、ゲームには負けたことがないんです」

 すっかり会員制レストランとして定着したホールを眺めて、支配人が手袋の端を小さく噛む。

 けして気を抜かない男だが、最近は時々こんなふうに子どもっぽい空気を見せることがあった。

「なんです、いきなり自慢話ですか」

「いえ、常識の話をしてます。ゲームに勝つ方法は簡単ですよ。ゲームに関する情報を集めて、勝てる方向に進めばいい」

 彼は肩をすくめる。

「……が、今回は自分が何のゲームをしているのか、全容が見えてきません。そのせいで、どう勝てば良いかもわからない……」

 琴原がサイレンを鳴らして以降、この屋敷のサイレンは一切音を立てなくなった。

 つまり、不法侵入ゼロ。屋敷に近づくものさえいない。

 いつか支配人が言っていたとおり、誰もあんな手紙を本気になどしていないのだ。泥棒は去ったか、あるいは様子見をしているのか。

 動きがなくなれば差出人もわからない。

「……だから仕掛けます」

 顎を撫でながら、支配人がつぶやく。指に隠れた口元が少し楽しそうに微笑んでいる。

「何をするつもりですか?」

「ちょっと早いクリスマス会ですよ」

 支配人はポケットから一枚の紙を取り出して、さり気なく膳子に受け渡した。

「人を集めます」

 それは案内状のはがきだ。

 くっきりとした墨文字で書かれているのは、美食倶楽部「クリスマス会」のご案内。

 日時は10日後の12月18日。一日限定。

 会員制は解除され、その日は誰でも入ることができる……ドレスコードはあり、仮面も必須。仮装も歓迎。しかしお値段は、格安だ。

 膳子は小窓からだらしなく腕を垂らして、うへえ。と声を漏らす。

「これって経営大丈夫ですか」

「今回は採算度外視でいきます」

 ぴん、と指を伸ばして支配人は意地の悪い笑みを浮かべた。

「この店に、誰でも入れる。スキを作るんです」

「スキ?」

「普段は会員制のこの屋敷を自由に開放する。きっと大勢の人間が来ます。犯人は焦るでしょうね。横取りされてはかなわない……」

 会員制にした理由は、やってくる客を把握しやすいからだ。

 今回はその利点を捨て、客の数を増やして相手の出方を見る。客が増えればスキがでる。スキが出れば必ず動く「バカ」が出る。

 動きを見せた「バカ」から繋がる先に必ず、この手紙をほうぼうに送った差出人……犯人がいるはずだ。

 真っ白で上品なこの葉書は、例の便箋と同じ紙質のようだった。そのざらりとした感触に、膳子は思わず苦笑してしまう。

「……なんとまあ、挑戦的な」 

「膳。兵法いわく、敵を効果的に殲滅するにはガチガチに包囲しすぎてはいけない」

 店内に流れる曲が落ち着いたクラシックに変わるころ、支配人はまた胡散臭い笑顔を浮かべてみせた。常連のおばさまが支配人を見つめてきゃあきゃあ騒いでいるのだ。

 いつもの支配人の仮面を被り直して、彼は姿勢を正す。

「全て囲むように見せて、一箇所、抜ける穴を作っておくんです。スキを作ることで相手はそこを目指す。そうして集まったところを一網打尽にすればいい……さて。おしゃべりは終わりです。膳、デザートの用意を」

 今日の食事はホワイトシチューにコーンのピラフ。

 客はそろそろそれらの料理を食べ終わる。デザートはこれからの用意である。

「膳、デザートは?」

「食パンのアップルパイ、バニラアイス添え」

 砂糖とシナモンでぐつぐつに煮込んで飴色になったリンゴを、バターを塗った薄い食パンに挟んでオーブンでじっくりと焼く。

 サクサクの生地にとろりとにじむバターリンゴの香りと、冷たいバニラアイスはきっと客の笑顔を呼ぶに違いない。

「結構。お客様をおまたせしないように」

 支配人は満足そうにするりと膳子の前をはなれた。日本人らしからぬ足の長さも、年齢を感じさせないスタイルの良さも出会ったときと変わらない。

 変わったのはその表情だけである。

(前はもうちょっと薄暗そうに見えたんだけどなあ)

 呆れて膳子はため息をつく。

 はじめて出会ったのは昨年の今頃だ。

 胡散臭さは今と変わらないが、あの頃はもう少し思いつめたような……そんな顔をしていたはずだ。

(年寄りは趣味をなくすと一気に老けるっていうから、これもいい趣味なのかなあ)



 ……などと呑気に考えながら、アイスクリームを混ぜていたのは12月の初旬の頃。

 それから2週間後。

 クリスマスまで後少しという金曜の夜。

 膳子は絶望の面持ちで金庫室の天井を見上げていた。

 

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