3-7
全く今日は満員御礼だ。
……弟だけならまだしも、招かれざる客が多すぎる。
膳子は椅子に腰掛け、腕を組む。
ここは美食倶楽部、自慢の大ホール。天井にはきらめくシャンデリア、重厚な椅子に机。足音を吸い込む絨毯は厚みのあるシックなもの。
「はい。まずは状況整理からしよっか」
引っ張り込んだ「お客様」を並べて絨毯の上に座らせて膳子はじろり、彼らの顔を一睨み。
「私ね、そこまで気が長くないから、的確にね」
いつもは客の談笑が飛び交うホールが今はまるで裁判所のように静まり返っていた。
「で。君たちは?」
「末晴のダチ……と……友達です」
4人の中でも一番背の高い少年が、膳子の前で小さくなっている。
それは末晴がケンちゃん、と呼んでいた少年だった。弟と同じ制服、同じ学校指定の青いシューズ。
体格はいいが、声も動きもてんで子どもだ。
「俺ら……じゃなくて俺が、他校のやつらと喧嘩して、殴られてたの、末晴が助けてくれて」
ケンちゃんは案外男気がある性格らしい。他の子が口を挟むのを許さず、きっぱりと顔を上げてそう言った。末晴は心配そうに膳子と友人の顔ばかり見つめている。
「なに、決闘とか、そういうやつ?」
「……はい。今日。夕方、河原でって、呼び出されて」
膳子の頭の中に浮かんだのは夕暮れの河原で殴り合う子どもたちの姿だった。
「末晴、喧嘩とか嫌いなのに、でも強いからって俺が、助っ人にって頼んで……でも断られて」
「末晴に行くのやめろって言ってくれたのに」
「俺ら、馬鹿だから、結局行って、喧嘩になって」
「なのに、助けてくれて」
「末晴、ごめん」
「ケンちゃん、俺こそ、止めようと思ったのに……ごめん、止めきれなくて」
いかにもレトロなノスタルジーに膳子は天を仰ぐ。
そこにあるのは、叔母が案じたようなドロドロしたものしたものではない。眩しすぎるほどの青春だ。
あんなに気の弱い末晴が友人の前ではちゃんと大人びた顔をしているのが、意外だった。
(……母も姉もなくても子は育つ、か……)
心地よい寂しさに、膳子は苦笑する。
昔は膳子が守ってやらなければ、前に歩くこともできなかった末晴だ。それがまるで若木のようにまっすぐ育っていることが、嬉しくもあり寂しくもあった。
膳子は首を振り、息を吸い込む。今は、そんな情緒に浸っている場合ではない。
深夜、もう24時半を回っているのだ。
「ところで、君等、なんでここ、分かったの」
「す……末晴がここで姉ちゃんが店してるって自慢してたから」
ケンちゃんが目をくるくるさせながら言う。
「家にいなかったし……だから俺、兄ちゃんに言って、内緒で車で送ってもらって」
「明日謝りに行く場所をこれ以上、増やさないでもらえるかな」
膳子は長い溜息をついて、少年たちの背を叩いた。
「まあ、いいや。こっちの聞き取りは終了ってことで、君たちはあっち向いてて」
縮こまる弟とその友人たちの背中を押して、膳子は彼らを店の隅にたたせる。
……と、途端に彼らは子供らしい歓声を上げる。
「お姉さん! この金庫すげえ」
「本物ですか?」
「この椅子とか、すげえ高そう!」
「はいはい静かにして。ちょっと、今から女同士の話をするから。君たちは全員むこうね。変なもの触らないでね。ここの資産、数億円らしいから」
机や金庫を楽しげに眺めていた彼らだが、膳子の言葉にびくりと肩を震わせた。
そしてまるで廊下に立たされる生徒のごとく、壁を背にしてまっすぐに立つ。さすが弟の友人だ、と膳子は鼻を鳴らす。
「いいって言うまでそのままだかんね」
「お姉ちゃん、また危ないことするの……?」
「しないしない。この手に誓って」
心配そうな弟の声に、膳子は手をひらひらと動かして答える。そして足元で縮こまったままの小さな影を、覗き込んだ。
「さて。お客様。当店の営業時間はすぎておりますが?」
「……わかってるんでしょ」
顔を近づければ、甘くてとろけるようなローズが香る。膳子は鼻が利くほうだ。料理人の素質と言われれば、そうなのだろう。
もともとは母が食材をよく腐らせるので、それで身についた技術である。
香りを嗅ぎ分けることは、誰よりも得意だ。
このローズの香りには覚えがある……銀行頭取の、若奥様。
「匂いって結構足つきやすいんだから、泥棒する時には香水つけちゃ駄目でしょ」
「違う!」
マスクもサングラスも、何もかも取ってしまえば出てきた顔は、こんな薄暗い屋敷に眩しいほどの、美しさ。
少年たちが一斉に小さな声をあげたので、膳子は咳払いをして彼らをもう一度部屋の隅に追いやった。
「……違うの」
彼女は乱れた髪のまま、しおれるように俯いた。
今日はいつもより薄化粧だ。ピンクのリップも柔らかいラメ入りのアイシャドウもつけていない。
しかし、薄化粧で切なげな表情をすると、風に揺れる可憐な花のようだった。まるで自分がいじめっ子になってしまったようで、膳子はため息をつく。
「いじめてるわけじゃないんだけど、一応、ここの警備も任されてるから。店として聞かなきゃ……ここで深夜、何をしてたの?」
少年らの言うことが正しければ、彼女はこんな深夜に窓をこじ開けようとしたのである。
泥棒でないとしても、いいところの奥様がするような冒険ではない。
「違うの……そうじゃ、なくて」
「何が違うの」
「……これを」
彼女が大きなポケットから取り出したものをみて、膳子は思わず目を丸くする。
「返しに来たの」
彼女が持っているのは……それは、白い封筒だ。中を開けてみれば少し良い紙で作られた、綺麗な……便箋。
5枚ほどあるだろうか。手にとって中を開けば、見覚えのある文字。
何度も何度も繰り返しみた、三條から預かったあの手紙である。部屋の見取り図も、文面も全てが同じ。
『うちだけじゃないわ。あちこちに配られてるみたい』と、あの夏の日、三條はそう言っていた。
ただ上の通し番号だけが異なっている。そして左右上下に描かれた謎の線も、少しずつ異なっている。
つまり、コピーではない。本物の5枚。
「盗んだものを……返しに来たの」
盗品という言葉に、膳子はふと、今日見た新聞の一文を思い出す。
盗まれたものが、戻ってきている。そんな奇妙なニュース。
「最近、話題になってる……あのニュースも、あなた?」
「妹と弟と……私と」
力なくうなだれて、彼女はつぶやく。
思えば、最初からどこか影を感じる若奥様だった。膳子は腰を落として、彼女の顔を覗き込む。真っ白い顔が可愛そうなほどに青白くなっている。
「……私、庖川膳子。あなたは?」
「琴原……彩芽」
消え入りそうな声だ。
「きっかけは……姉なの」
やがて彼女は顔を上げた。
その顔はもうしおれていない。春の頃、キッチンでみたあのときと同じ、強い彼女の顔だった。
春の頃、膳子は彼女を見て「庶民の出だ」と、感じた。
この手の直感は外さない。なぜなら膳子は、彼女の調理を見たからだ。料理をする手際は、人となりをあらわす……これは、膳子の人生で学んだことだ。
「もともと私、お金持ちでもなんでもない。あの時、言ったでしょう?」
琴原も元々は庶民の……それも比較的貧しい家で生まれたという。
多くの兄弟の中で育ったが、その中でも姉の手癖が昔から悪かった。
小さな盗みは中くらいの盗みになり、そしてやがて大きな盗みや詐欺まで働くようになる。
家族は止めたが、それで止まる姉ではない。
やがて姉という存在が、災害のように家族を巻き込んでいく。
「結婚したのも?」
「結婚先の家で盗めと言われて。私を……知り合いの養子にして」
琴原は言いにくそうに、つぶやく。
「それで、無理矢理あの人と……お見合いを」
膳子は琴原がこの店に来たときのことを覚えている。慣れない様子で何度もドレスを直しながら、奥の椅子に腰掛けていた。そして青白い顔で固まっていた。彼女を案じるように何度も顔を覗き込んでいた男の目線は優しかった。
ぎこちない夫婦。そう、膳子は見ていた。
膳子は思わずため息をつく。
「あのさあ……なんで断らないの? 警察行くとかお見合いのときに全部暴露するとかさあ」
「だって……私がだめなら妹にするって……」
つん、とローズの香りが強くなる。それは彼女の体温が上がったせいだ。
「それに断られるって、思ってた。あの人、前の奥さん亡くして、ずっと独り身で、浮いた話もなにもないって、なのに、なぜか、受け入れてくれて」
琴原は複雑そうに、眉を寄せる。その顔を見て、膳子は春先に出会った彼女の夫を思い出す。
最初は見合いを断るつもりだった……と、彼は言っていた。その言葉の続きを彼は不自然に飲み込んだ……琴原の事情に気づいたのかもしれない。
彼はもしかすると全てを理解して、彼女を受け入れたのではないか。
膳子は、そんなことをふと思う。
「……でも、私は、盗めなかった。何も、盗めなくて……だってあの人を」
好きになってしまったから。と、琴原は言葉を飲み込む。
「じゃあ、ハッピーエンドじゃない?」
「……でもそれが目的で結婚したことをばらされたくなければ、ここで……一回だけこのお屋敷から盗めって」
泣きそうな顔で琴原は膳子を見上げる。化粧の薄い彼女の顔は、ずっと幼く見えた。もしかすると膳子が想像しているよりも若いのかもしれない。
彼女はじっと、手紙の束を見る。
「……姉から言われたの。一回だけ、この屋敷から手紙を盗めって」
小西が「迷っていた」と言って、琴原をキッチンにつれてきたことがある。なるほどあのときか、と膳子は心中でため息を漏らす。
営業中は、案外監視の目がゆるい。
姉かその仲間の手引があったのだろう。そうでなければ、そんなに簡単に盗み出せるものではない。
「なんで、そんなもの」
「知らない。誰かが高く買ってくれるって……。枚数は多いほうが良いって言われたけど、とりあえずこれだけ……机の上に、あったから……」
琴原の手が震える。小さくて青い手のひらだ。
膳子だったらそんな姉、殴り飛ばして警察につれていくところだが、この手では難しいだろう……などと、そんなことを考える。諦めは害悪だ。諦めを言い訳に、人はそこで立ち止まる。
「でも、やっぱり、だめだって、そう思って……弟たちと話し合って、それで」
「盗品を、返してる?」
彼女は静かに頷いた。
「お姉さんは?」
「気づかないように、こっそり……でも、姉からあの人に、本当のこと知らされるのだけは、嫌だった」
「ばれた?」
「自分から」
自分から、告白した。と、呻くように彼女はいう。しかし顔は晴れやかだ。最初、この店に来たときのあの苦しむ表情はもうない。ずっとその表情の方が彼女らしくて良かった。
「勇気出したじゃない」
「……あなたの、ご飯、食べたから」
「私の?」
「ずっと、お金持ちの家のお嬢さんだって。料理なんてしたこともない、お嬢様だって、そんな嘘をついてたの。もちろん、そんなのとうにばれてたけど」
年老いた金持ちと、若い娘の結婚。
童話なら美談でも現実世界だとちょっときな臭い香りが広がる。
「でもあなたのご飯を食べて、昔みたいにご飯を作りたくなって。作ったら、あのひと、喜んでくれて、だから」
琴原は冷たい床の上で膝を抱える。コツコツと、時計の音だけが妙に響く。
もう、サイレンも子どもたちの声も何も聞こえない。
「全部、言ったの。嘘のまま過ごして……もし、あの人が先に死んじゃったら……」
彼女は小さな拳をきゅっと握りしめた。
「絶対後悔するって」
後悔という言葉で、膳子は三條を思い出す。数十年の後悔を抱えたまま、日本を去った女性のことを。
「……で、なんて言われたの?」
「許してくれた」
どんな言葉で許し、どんな言葉を彼女が返したのか。それは分からない。しかしきっと、彼女たち夫婦は初めて腹を割って話し合ったのだろう。そして、夫は妻を許した。
「ここに返したら、警察に行こうって。だから、ちゃんと、ここにも返さなきゃって」
「堂々と返しに来ればよかったのに」
「だって!」
泣きそうな顔で琴原は膳子を見上げた。
「本当のこと言ったら、もうこのお店、来られなくなっちゃう。わ……私、ここのお料理が好きなの」
素直ではない偽お嬢様の、素直な言葉である。膳子はむずかゆい気持ちを押し隠し、ため息でごまかした。
「お店にきたとき、こっそりおいておこうって思ったけど、これ大事なものなんでしょう? ほかの人に見つかったら良くないし、夜中なら、他のお客さんいないし……窓から投げ込んでおけばいいかなって、それで……」
サイレンが鳴るなんて、思わなくて……と、琴腹はうつむく。サイレンだけではない。まさか屈強で生真面目な少年と遭遇するなど、想定外だろう。
さらに屋敷にシェフが住み込んでいて、目下警戒中などと誰が思うだろう。
彼女にしてみれば、とんだ大誤算である。
「まったく、肝が座ってるのか座ってないのか……」
「それ、お姉さんのお姉さんが悪いと思います!」
「外野うるさいよ!」
「だって」
壁に向かって立つケンちゃんが、大声を上げたので、また屋敷の中は大騒ぎだ。
気がつけば弟も、他の男子も皆が膳子たちを見つめている。
汚れのない真っ直ぐな目線に膳子は思わず立ちくらみを覚えた。
「俺、妹いるけど、そんなの絶対させないし、姉ちゃんがやってたらぶっ飛ばすし!」
「……今、何時だとおもってんの」
紛糾した学級会のように盛り上がりそうな勢いに釘をさし、膳子は思い切り伸びをする。
眠気はすっかり消え去って、目ばかりが冴えている。末晴もやけに楽しそうで、膳子は頭をかきむしる。どうにも昔から、膳子は弟の笑顔には弱いのである。
「君等、親には?」
時刻は深夜25時近く。なんてにぎやかな夜だろう。
「……秘密で……」
「でしょうね。心配してないか、ちゃんと連絡して……で、あなたは?」
「夫は……出張で」
「なるほど……で、提案なんだけど」
膳子はぽん、と手を叩く。広いホールに、その音が呑気に響く。
ドタバタのせいか、妙に小腹が空いてきた。
子どもたちも琴原も、落ち込んで見えるのは腹が減っていいるせいだ。膳子の気持ちが妙にそわそわするのも、腹が空いているからだ。
「今から食事作るから、みんな夜食食べてって」
突然立ち上がった膳子を見て、皆が目を丸くする……弟以外。
「なんで」
「なんでって……おなか空いてない?」
だから食べるのだ。と膳子は言い切った。
昔から、腹が減ると不要なことを考える癖があった。弟も、妹も、母も。
そんなとき、彼女たちは寝ている膳子を揺り起こして、食事をねだった。
寝ぼけ眼で深夜に作る料理ほど、心地よいものはない。
(……だから作る)
膳子はキッチンに駆け込んでコンロに火を付ける。
冷凍庫を開ければ、密かに溜め込んだ膳子の秘密の食材がカチコチに凍っていた。
炒めておいた玉ねぎ、人参、なすにかぼちゃに肉の切れ端。
そして野菜くずをじっくり煮込んだ、とっておきのスープ。
冷凍されてなお、琥珀のように輝く冷凍スープを見て、膳子はため息を漏らす。
(あーあ、私の、月に一度のお楽しみが……)
えいや。と首を振ると膳子は大きな鍋に黄金色の油をたっぷり注ぐ。つややかなそれは、ただの油ではない。豚脂、鶏油。料理の過程で生まれる色々な美味しい油だ。
そこにまずは冷凍野菜を投げ込んだ。雷みたいな音と油が派手に散るが、火が通ればおとなしくなる。冷凍野菜なので火の通りは一瞬だ。
間髪入れずに冷凍のスープの塊を落とすと、激しい音と蒸発音とともにスープがとろとろ液体に戻っていく。
まるで料理は魔法だ。
あんな冷たい塊が、今や美味しい匂いに生まれ変わっている。
「お姉ちゃん、俺も、手伝う」
「じゃあ冷凍してる米、解凍しといて。こっちはすぐできるから。で、他の人は皿を出す、あとテーブルの用意と水の用意」
支配人以上によく働く背中を眺めながら、膳子は戸棚からカレー粉と特製ラー油を取り出した。
時計はもうすっかり深夜を刻んでいるというのに、膳子は鍋にカレー粉をそっと振りかける。
カレーは、ルーや粉を入れる瞬間が、一番好きだ。一瞬で空気が変わる。匂いも、温度も、何もかも。
やがて、鍋の中で渦を巻き、スープがカレーという一つの食事に姿を変えていく。
特製ラー油を落とせば、赤い渦がカレーの中に溶け込んでいく。香ばしい匂いがぷん、と室内に広がる。
秋ナスにかぼちゃ、舞茸、ごぼう。秋野菜がたっぷりの……秋カレー。
「カレーだ」
誰かが歓声をあげる。
「カレーだよ。心して食べな、特製カレーなんだから」
それは膳子のカレーだ。弟妹と母とビジネスマンの腹を満たした、膳子のカレー。
(それも月に一回だけの、特製カレー)
鍋の中で混じり合うのは、膳子が一ヶ月溜め込んだ大事な大事な美味しい食材だ。
ひそかに月に一回だけ、膳子は支配人に秘密でこんなカレーを作っている。
それもまた、シェフの特権である。
「余ってるウインナーと、ゆで卵も刻んで入れちゃえ」
何を入れてもカレーは懐深く受け止めてくれる。そんな気がする。こんな夜にはそんな気持ちが大切だ。
「ま、たまにはこんな夜があってもいいか」
鍋の中、どろりと輝く茶色の渦に、膳子はぼとりとバターの塊を落とし込む。
「よし、よし」
白いバターは、やがてカレーに馴染んで消え、代わりに甘い香りが一瞬だけ鼻をくすぐった。
それを感じて、膳子は力強く頷く。
「ご飯、できたよー」
待ちかねたように響いたのは少年たちの明るい声だ。
賑やかさをました屋敷は喧々囂々とやかましい。普段のお上品な笑い声とは全く異なる、まるで合宿場のような賑やかさ。
支配人が見ればひっくり返るに違いない。
……しかし、もし「伯爵様」が生きていればどうだろうか。
普段の寂しい静けさよりも、賑やかでうるさくて、力強い足音が響くほうが……喜ぶかもしれない。
膳子はカレーを混ぜる手を止めて、ふと呟いた。
「そっか……」
何も答えない壁を、天井を見上げて膳子は思う。
最初この屋敷に入った時、ここは少し冷たくつっけんどんとして見えた。
しかし過ごす内に、段々と明るく暖かなものに変わっていった。
それは琴原の変化と同じ。冷たいものから暖かなものへ。
「寂しかったのか、この屋敷も」
まるで膳子の言葉を肯定するように、どこかで一度だけ家鳴りが響いた。




