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飾り付けられた店内に入ってきたのは、ペアが2組、シングル4名。
ドレスアップした彼らの顔には、目隠し仮面が付けられている。ドミノマスク、と呼ばれる目仮面である。
蝶や天使の羽根をモチーフにしたマスクに、高級スーツ、パーティドレス。まるで中世宮廷の仮面舞踏会だ。
しかし今は現代。ここは日本のど真ん中。
(……さーてと、忙しくなるぞ……っと)
キッチンに付けられた隠し窓より店内を眺めていた膳子は、きしむ脚立から飛び降りてコンロへと急ぐ。
立派なコンロに乗せられているのは、ぴかぴかに磨かれた鍋。表面には、膳子の横顔が映り込んでいる。
男子みたいに短くボサボサの黒い髪、化粧っ気のない顔にはそばかすと団子鼻。やって来た「お客様」とは天と地ほどの違いがある。
膳子は銀のお玉で目元を隠してみるが、ちっとも決まらない。
(どーも、庖川膳子25歳でっす)
名乗ってみても、どうにもパッとしない。こんな格好で店に出ても、ただの滑稽なピエロ役だ。
(……ま、私には私の役目があるわけだし)
彼女は純白のコック帽を被り直し、サイズの大きなコックコートの袖をまくる。
「よっしゃ、今夜もがんばりますか」
膳子の前にあるのは剥き身のエビ。
皮を剥かれたじゃがいも。
そしてボウルの上に山積みの白い卵。
優雅なホールとは打って変わって、キッチンは戦場である。膳子は左手でボウルをつかみ、右手で卵を軽快に割っていく。
空気を含ませるように卵をふんわり泡立てると、続いて鶏肉に小麦粉をまぶし、踊るようにキッチンを右へ左へ。きゅっとシューズの音を立て、膳子は店の隅っこで足を止める。
(えっと、今日のメニューは確か……)
ちょうど膳子の目につく場所に、白い紙がべろんと垂れていた。
そこには膳子が書き殴ったメニューの一覧。
『お子さまランチ風』と書かれたタイトルの下には……。
「オムライス! 唐揚げ! ポテトサラダにエビフライ!」
膳子の背が何か固いものにぶつかる。同時に雷鳴のような声が叩きつけられ、膳子の背が伸びる。
「はいっ」
「食後はミックスジュース、ソフトクリーム! それくらい覚えなさい!」
「りょーかいです!」
背後に立っていたのは支配人だ。先ほど客に見せていたような、色気ある笑顔は微塵もない。
彼は先程まで付けていた白手袋をビニール袋に収めると、新しい手袋を装着する。
お出迎え時と配膳時には違う手袋を使う。それが神経質な彼の流儀だった。
「膳、返事は!?」
「はいっはいっ」
「膳、何度も言いますが」
支配人の拳が、苛立つように扉を叩いた。コン、コココンと軽快に。
「……返事は?」
「はい! はい……じゃなかった、返事は一回です!」
壁にかけられた時計はちょうど6時半を2分過ぎたところ。
今日は忙しくなりそうだった。