5、アルカナ。犬(違う)を飼う
もう午後も過ぎて窓から差し込むお日様が傾いて、カウンターの後ろのステンドグラスからカラフルな光が部屋中を照らし一段と室内が赴きある店内にしていく。
「ジャスミン、大丈夫……だから! 今日だって駄目じゃないからこうやって来れたんだし」
「夜にはトーマスが帰ってくるからそしたら……」
「……そろそろ帰らなきゃだもん」
ジャスミンの好意を遮るとアルカナは店を後にして、家路を急ぐ。
「今夜は色々考えないといけない事が増えた……」
森へ向かう路地をしばらく歩くと何処かで動物の鳴き声が聞こえた。
とても切なくて、弱々しい……叫び?
「誰?……どこ?」
声の主を探して街をうろつく。
街外れの古井戸と辺りに一つの桶が逆さまにされていた。ご丁寧に大きめの石まで上置きされて……。
「……これが怪しいよね?」
子供のイタズラだろうか。無邪気とは、時にとても残酷で恐ろしいから……。
ごくり……
物音はしないけれど怪しさ満載の木桶を一応動かして確認してみた。
『きゅうん……』
中から出てきたのは随分汚れた小さな毛玉……。
「これって……子犬?」
小さく震えて懸命に生きようと足掻いていた。
「なんて……ちいさな」
そっと撫でると掌に小さくすり寄ってなんだか助けを求められている様で、いてもたってもいられなくて気が付いたら拾って帰ってきていた。
「お帰りなさい、アルカナ。 それは……」
アルカナが抱いている小さな毛玉をマナに見せる。毛玉は薄汚れていて所々怪我もしていた。
「古井戸の所で桶の中に入れられて震えてたの……怪我もしてるみたいだから手当したいの……」
心配そうに子犬を抱くアルカナの手を握るとマナは静かに呟いた。
「子犬に手を当てて心を込めてヒールと唱えてみてください……」
それが何になるのか最初はちっとも分からないけれど、何とかなるならそれに一縷の望みにかけたかった。
「ヒール!」
子犬に触れている指先からじわりと何かが響く感覚が広がって子犬を包むと光が霧散していった。
「!」
子犬の呼吸がしっかりとしたモノに変わると静かな寝息に変わってアルカナの腕のなかで眠りに入っていた。
驚いた表情でアルカナがマナを見上げる。
「これって……」
静かにそれを見つめるマナ。
「貴女はこの世界ではとても稀有な魔法使いの一人なのです……」
「魔法使い?」
「おやすみなさい」
マナが電気を消すと寝室のドアを閉めていった。
天窓から星が瞬いて見えた。
色んな事が数日中に起こりすぎた。
新たに分かったのは、自分は少女アルカナだった事。
突然思い出したのは現在を今世と考えるとあれは前世に違いない。
そして魔法使いだと……。
「魔法使いって……リアルにいたんだ……」
きおくに重石が乗り掛かっていたのかあの瞬間まで一切気付く事なく生きてきたのだろう……。
でも今は不思議と鉛の塊みたいだったストレスそのものの重さや存在を感じなくなっていた。……今では羽根が生えたみたいに、軽やかになって……一体何処に行ってしまったのだろうか。
「いつか私も、何処かにいってしまうのかなぁ……」
微睡みのなかに意識を手放そうとしたアルカナの手を誰かがぎゅっと握ってくれていた気がする。
『わぅん!』
朝のお目覚めはご機嫌毛玉のペロペロ攻撃だったという。
「ううぅ、おはよぉ……いっぬ」